脚本家・中園ミホが『あんぱん』に込めた“やなせたかしの精神” 戦争を正面から描く決意も
NHK連続テレビ小説『あんぱん』の脚本を手がける中園ミホは、小学4年生の時にやなせたかしと文通を始めたという。「アンパンマンのマーチ」の〈なんのために生まれてなにをして生きるのか〉という問いかけや、戦争で弟を失った経験から生まれた『アンパンマン』の深い精神性。やなせの詩集を「ボロボロになるまで」読み込み、自身の人生にも大きな影響を受けてきた中園が、「やなせたかしワールド」を描く意義とは。主人公・のぶ(今田美桜)と嵩(北村匠海)に込めた思いをじっくりと語ってもらった。(編集部)
参考:『あんぱん』に宿る『アンパンマン』やなせたかしの哲学 第1~7週のサブタイトルから考察
●中園ミホを“作った”やなせたかし
――中園さんが『あんぱん』の脚本を書く上で、やなせたかしさんの詩はどのような影響を与えていますか?
中園ミホ(以下、中園):私は小学校4年生の時にやなせさんの詩集『愛する歌』を読んでファンレターを送り、そこから文通が始まりました。この間、開いてみたら、ボロボロなんですけど、まだほとんど覚えてるんですよ。それくらい繰り返し読んでいましたし、できるだけ“やなせたかしワールド”をみなさんに知っていただきたいと思って、取り組んでいます。草吉(阿部サダヲ)が幼少期の嵩(木村優来)に言った「たった1人で生まれてたった1人で死んでいく。人間ってそういうもんだ。人間なんておかしいな」というセリフは、詩集『人間なんてさびしいね』の一節をアレンジしたもので、まさに私はあの詩を読んでやなせさんにお手紙を書きました。索漠とした詩なんですけど、私が10歳で父親を亡くした時にその詩を読んで、悲しみから救われたんです。この詩を最初から台詞に使おうとは思っていた訳ではないのですが、自然と降りてきた感じですね。
――生前のやなせさんとの交流の中で、どういった印象を受けましたか?
中園:やなせさんはまだ代表作がないことを気にしていて、お手紙を読んでも小学生の私に「またお金にならない仕事を引き受けてしまいました」とか「お金にならないのに、なぜこんなに忙しくしてるんだろう」とか、愚痴が書いてあるんです。とても正直でまっすぐな方という印象でした。当時、テレビにも出ていらして、有名人だったんですが、手紙を出すとすごい早さで返事をくださったことを覚えています。それなのに、失礼な話なんですが、私は思春期になると、自分からやなせさんとの文通をやめてしまったんです。母に「やなせさんにお返事書いた?」と何回も怒られました。また、これも不思議なご縁なんですけど、19歳の時に道を歩いていたら向こうからやなせさんが歩いていらしたんです。「今から僕の出版パーティーがあるから来ませんか?」と誘ってくださって、ご一緒させていただきました。ただ、その時、母が重い病気を患っていて、パーティーの途中でそのことを伝えて帰ろうとしたら、「早く言いなさい!」と言って会場から母に電話をして直接励ましくださって……。その後も、やなせさんは音楽会に私を何度か招いてくださったんですけど、そこでいつも「お腹空いてませんか? 元気ですか?」と優しく声をかけてくださったことも印象に残っています。もっと大切にお手紙を書いたりすればいいのに、その後も子育てや仕事が忙しくて全然してこなかったことを悔やんでいます。そして、もし、やなせさんが生きていらしたら、今の世の中を見て何とおっしゃるのだろうとこの数年で考えるようになっていました。私は子供の頃に毎日、詩を書いていたんです。それもやなせさんの影響で、やなせさんと出会ったからこそ物を書くことが好きになり、脚本家になったと思うので、改めて、私を作ってくださった方だと感謝しています。
――朝ドラでやなせ夫妻の物語を書ける喜びというのは感じていますか?
中園:毎日やなせさんと暢さんのことを考えていると、今まで覚えるほど読んでいた詩ももっと深く味わえるので、そこも楽しいですね。やなせさんをすごく身近に感じる時があります。包まれているような……。気がついたらシーンを書き終わっていて、あまり記憶がないことがときどき起こるので、それはこの怠け者の私にやなせさんが書かせてくださっているんじゃないかなと思うことがあります。
●北村匠海はやなせたかしそのまま
――出来上がった映像を観て、脚本に何か影響はありましたか?
中園:私は頭の中に小さなテレビモニターがあって、そこで登場人物が動いたり喋ったりしているのを書き取るような執筆の仕方なんです。映像が上がってくる度に、のぶと崇がイキイキと動いてくれるので、私の脚本はどんどん豊かになっていく感じです。朝田家の3姉妹も素晴らしいですし、江口のりこさん演じる羽多子さんも、千尋役の中沢元紀さんもすてき。青春期をたっぷり描くので、ずっと観ていたいと思ってしまいます(笑)。
――今田美桜さん、北村匠海さんの芝居をご覧になっていかがですか?
中園:今田さんとは『ドクターX~外科医・大門未知子~』(テレビ朝日系)でも一緒で、本当に素敵な方なんです。のぶは気の強い役で、演じる女優さんによっては少しうっとうしい役になりそうなところがありますが、今田さんだから、そこは信頼を置いて書いています。北村さんは、第1回冒頭のシーンを観たら、「え? これ、やなせさんじゃない?」と思って、鳥肌が立ちました。北村さんがどうやって役作りをしているのか、どのように乗り移ったみたいに演じられるのか、ちょっと分からないですが、ひょっとしたら現場にもやなせさんが降りて来てるのかなと思ったくらい、私がお会いしたやなせさんそのままでした。
――以前、中園さんは「ドキンちゃんは暢さんをモデルにしているんじゃないか」と話されていましたが、登美子(松嶋菜々子)にもドキンちゃんの要素が入っているように感じます。
中園:ドキンちゃんのモデルはやなせさんのお母さんと暢さんだということを、やなせさん自身がおっしゃっています。つまりその2人は似ていたんだと思うんです。バタコさんのモデルが暢さんだということも、おっしゃっているらしいんですよ。女の人はいろんな顔がありますよね。ドキンちゃんのような好奇心が強くてわがままな面と、バタコさんのように優しくていつもニコニコしているような面……暢さんはどちらの要素もある方だったのかなと思います。
――『アンパンマン』に登場するキャラクターが、『あんぱん』の中で人物に反映されているということがこの先もあると考えていいのでしょうか?
中園:公開はしてないのですが、実は私の初稿にはどんなに小さな役でも、その役に当てはめた『アンパンマン』のキャラクター名が書いてあるんですよ。それは私の趣味の世界でして。たとえば、釜次(吉田鋼太郎)と天宝和尚(斉藤暁)、桂万平(小倉蒼蛙)はそれぞれ、かまめしどん、てんどんまん、カツドンマンで、この3人がいつも一緒にいることから当てはめました。私にとって朝ドラの執筆はとてもきついので、そんなふうに密かな楽しみを持ちながら、一生懸命に書いています。
――中園さんは『アンパンマン』ではどのキャラクターが好きですか?
中園:私は、ドキンちゃんが好きです。いつも「お腹空いた」と言っていて、私もしょっちゅうお腹を空かせているので、欲望に正直なところに共感します。もちろんアンパンマンも、ばいきんまんも、ロールパンナも、メロンパンナもみんな好きです。勝手にキャラクターに当てはめて書いているので、どんどん気持ちが入ってしまって、最近はロールパンナを見るだけで涙腺が緩んでしまうぐらいに、『アンパンマン』のキャラクターに気持ちが入ってしまっています(笑)。
●のぶの信じる正義はおもいっきり逆転する
――やなせさんと暢さんが出会ったのは大人になってからですが、ドラマの嵩とのぶは小学校の同級生で幼なじみです。
中園:やなせさんに「子供の時、どんな子でしたか?」と聞いたことがあるのですが、「気が弱くて、あまり男の子っぽい遊びはせずに、女の子の友達がいた」とおっしゃっていたんです。お世辞だとは思いますが、「ミホちゃんみたいに、元気のいい女の子だった」ともおっしゃっていて…。後の暢さんがもし近所に住んでいて、やなせさんと幼馴染だったらこういった会話をしていたんじゃないかというのを想像しながら、オリジナルで作らせてもらいました。やなせさんは複雑な生い立ちなので、センチメンタルな詩もいっぱい残していて、寂しかったんじゃないのかなとも思うんです。『やなせたかしおとうとものがたり』を読むとそう感じますし、元気のいい明るい女の子がそばにいてくれたらいいなという私の願望も入っています。
――のぶはどのようなイメージで描いていますか?
中園:当時の真面目で純粋な女の子は、私の知る限り、ほぼみんな軍国少女になっていくんです。いい教育を受けた人ほどそうなので、おそらく暢さんもそうだっただろうとイメージして書きました。『あんぱん』は、ドラマの冒頭に出てきた「逆転しない正義は一切れのパンを困っている人に届けることだ」という答えに行き着く夫婦の話なので、特にのぶの信じる正義はおもいっきり逆転する、そういうイメージで書いています。
――暢さんに関する資料はほとんど残ってないそうですね。
中園:そうですね。お仕事でもほとんど会った方がいなくて、当時の秘書だった越尾(正子)さんにはたくさんお話を伺えたんですけど、資料が残ってないので、こういう人だったんじゃないのかなという、私の想像を膨らませて役柄を作っています。貴重な数少ない資料の中で、高知新聞社に勤めていた時には編集後記を書かれているので、それを読むとイメージが膨らみました。少ないですが、その他の残っているエピソードはどれもすごく素敵なんです。それはたっぷりドラマにも使わせていただいています。取材をして思ったのは、暢さんは“ハチキンお暢”と言われたパワフルな女性なんですが、妻としてやなせさんを引っ張り上げ、背中を押していたんだと感じます。上京する時のエピソードもそうですが、暢さんがいなければ、やなせさんはずっと愚痴ってるおじさんだったかもしれないなと思いました(笑)。
――のぶと嵩は高知新聞社がモデルとなる高知新報社に携わることになります。
中園:高知新聞社で2人が出会う頃からは、史実に忠実に描いています。貴重な資料もお借りしたので、やなせさんと暢さんが編集に携わった雑誌『月刊高知』の辺りはかなり史実通りになっていると思います。高知新聞社にいた時期は、お2人ともとても短くて、暢さんに関しては1年もいなかったんですけど、あそこで2人が出会ったということ、特に戦争直後に2人が出会ったということは、その後の2人の人生に大きな意味があると思うので、とても大切に描きました。
●人生はつらいことがあるからこそ、楽しい物語や音楽が必要
――やなせさんと暢さんが結婚するのは高知新聞社を退職してからです。のぶと嵩の恋愛を描く上で大切にしたことはありますか?
中園:この2人のキャラクターが出会ったら、こういう会話をしてこういうことが起きるんじゃないのかなとイメージして作っていったら、自然と恋に落ちていきました。最近はお仕事ものの作品を書くことが多かったのですが、この作品は久々に大恋愛をたっぷりと書いているので、それも楽しいですね。
――史実では暢さんの方が先に亡くなることになりますが、現段階で中園さんが思い描いている最終回の構想はありますか?
中園:それはまだ話せません! ここでお話ししても、書いてるうちに変わっていってしまうことがあるので、嘘をつくわけにはいきませんし……。ありありと一つのシーンが浮かんではいるんですけど、やっぱりそれは話せません(笑)。前半はオリジナルのファンタジーな部分もあるんですけど、だんだんと史実通りになっていくので、どのように『アンパンマン』が生まれるのか、そこも楽しんでいただきたいなと思います。
――中園さんが『あんぱん』を通して、伝えたいメッセージを教えてください。
中園:〈なんのために生まれてなにをして生きるのか〉という「アンパンマンのマーチ」の歌詞のメッセージも伝えたいですし、戦争によって一番大切な弟を亡くし、その果てに『アンパンマン』が生まれたというのを、今回ドラマの構成をしていく中で改めて強く感じたので、その尊さも伝えたい……。やなせさんが残したメッセージをできるだけたくさん書きたいですし、言ってしまえば伝えたいのは、やなせさんのその精神全てです。
――戦後80年を迎える年に放送される朝ドラでもあります。
中園:そこはすごく意識していますし、みなさんが驚くぐらいしっかり戦争を描いています。私はやなせさんを描くということは、戦争を描くということだと思っていて、時間をかけてしっかり描きました。飢えることがどんなにつらいかということをやなせさんはいろんな本にも残していますし、だからお会いすると私にも「お腹空いてない?」と言ってくださったんだと思います。やなせさんは激しい戦闘には巻き込まれてはいないんですが、それでも戦争は大嫌いだと言い続けた方。なので、戦争のパートは気合いを入れて書きました。戦争当時のことは、まるで知らない国の言葉みたいに難しくて、他の話の4倍ぐらい時間はかかってしまったのですが、それでもそこから逃げてはいけない、と思って書いています。
――第1週の「人間なんてさみしいね」、第2週の「フシアワセさん今日は」というタイトルやこれから描かれる戦争描写もそうですが、生きることの厳しさや寂しさを描くんだということを強く感じます。あえてそういったテーマを書こうとする決意と、それをエンターテインメントとして朝の時間に届ける上でどのように工夫をしていますか?
中園:実はそこに一番力を入れています。何も失わない人生はないですよね。みなさんもいつか経験することで、やなせさんには若い時にいろんな別れがあったんです。その深い悲しみを何度も乗り越えてきたから『アンパンマン』が生まれた。私がお会いした頃、やなせさんは愚痴っぽかったけれど、すごく明るい方で、冗談がお好きだったんですよね。人生はつらいことがあるからこそ、楽しい物語や音楽が必要だということをいつも考えていた方なんだと思います。私もその精神を受け継ぎ、物語の前半はつらいことが続くけれど、それをどうやって楽しく面白くみなさんに届けられるかなと試行錯誤しながら書いています。キャストの方々との最初の顔合わせでも、「つらいことが続きますけど、それでも毎日、毎朝観て元気になれるドラマにしたいので、とにかく楽しく明るくやってください。」とお願いしました。みなさん、それにちゃんと応えてくださって素晴らしい演技をしていますし、私自身も「深い悲しみを味わわなければ、喜びも幸せも分からない」という気持ちを忘れずに書いています。それこそが、やなせさんの作風であり、人生だと思います。
(文=渡辺彰浩)
