【坂本 貴志】80代が新聞配達をする「地方の現実」…新聞が届かなくなる日がやってくるのか
この国にはとにかく人が足りない!個人と企業はどう生きるか?人口減少経済は一体どこへ向かうのか?
なぜ給料は上がり始めたのか、人手不足の最先端をゆく地方の実態、人件費高騰がインフレを引き起こす、「失われた30年」からの大転換、高齢者も女性もみんな働く時代に……
話題書『ほんとうの日本経済 データが示す「これから起こること」』では、豊富なデータと取材から激変する日本経済の「大変化」と「未来」を読み解く――。
(*本記事は坂本貴志『ほんとうの日本経済 データが示す「これから起こること」』から抜粋・再編集したものです)
高齢化する新聞配達員
最後に紹介するのは、新聞配達、新聞の折り込み広告、チラシやDMなどのポスティング、広告の印刷業務などを手掛けている地方の会社だ。主力事業は新聞配達。地元紙をはじめ、朝日新聞、日本経済新聞、日刊スポーツなどさまざまな新聞を取り扱い、新聞社から仕入れた新聞を各戸へと配達する業務を行っている。
「新聞を取る人は時代とともに少しずつ減ってきています。ただ、弊社ではいまでも市内を中心に1万数千部を配達していまして、近年は人手不足で配達がしきれなくなってきています。だいたい毎日1000部ほどは配達担当でない従業員が手分けをして配っています。慢性的な人手不足に悩まされていますが、特にコロナ直前の2010年代後半あたりから、ますます厳しくなっている印象があります。配達スタッフも徐々に高齢になっていて、最近では、朝突然、『体調が悪い』とか、冬には『転んだ』、といった連絡が入ることが頻繁にあり、どんどん配達員が離脱しています」
インターネットの普及などから新聞の購読者は急速に減少しているが、それにもかかわらず従業員の負荷は減っていないという。新聞配達のビジネスは広域での配達エリアが決まっているため、配達の密度が増すほど効率が高まる。つまり、配達員の業務負荷は配達量の減少に比例して減少するわけではないのである。
こうしたなか、年々従業員の採用が難しくなっていることから、従業員の報酬水準を引き上げている。同社では配達員の給与は出来高で支払っている。1部当たりの報酬額は、3年前に3割超引き上げた。新聞の価格改定に合わせて販売店の1部当たりの利益も幾分増えているが、従業員への支払いが増えるなかで十分な利益を確保することは難しい。
「配達スタッフの平均年齢は60代半ばです。最年長は86歳、80代前半の配達員も何人かいます。多くの配達員は20年選手、30年選手です。昔は多数の若い学生さんがお小遣いを稼ぐためにアルバイトとして配達を手掛けていましたが、近年では若い方が減っているのに加え、新聞配達のような大変な仕事をやりたくないという人も増えていて、採用が非常に難しくなっています。
健康で元気な高齢者が多くなっているのは頼もしい限りです。ただ、現役世代が働くのとは違う配慮が必要ですし、いずれ働けなくなる日が必ず来ます。そうなれば事業の継続自体が難しくなるでしょう」
進行する人口減少と外国人労働者の活用
従業員の年齢構成の高齢化が進み、人材獲得のためには報酬水準も引き上げざるを得ないが、経営としては利益の確保も考えなければならないなか、同社はぎりぎりの選択を迫られている状況にある。
ここからは、全地域にユニバーサルにサービスを提供していくというこれまで新聞配達という事業が地域に果たしていた役割を諦め、利益が出るところに集中してサービスを提供することも考えざるを得ないという。
「弊社の配達エリアは広域で、市の中心部はまだまだ人が多いので配達効率は良いですが、区部に一戸一戸配達するのは、ビジネスとして限界が来ていると思います。このため、ここ数年で、区部については、毎朝区長さんにまとめて配達をする形に変更をしました。それでもなんとか損益分岐点を少し割るくらいのレベルに抑えられているというくらいです。
私は市のインフラを検討する委員もやっているのですが、区部なんかはたとえば昔は200人いた地域が、いまはもう5人になってしまっているところなどがかなり出てきています。こういった地域に水道なんかのインフラを維持・修繕、または新調したりすべきかという議論をしています。
市役所は議員の票の問題もあるからか無理だとは言わないのですが、誰かがもうできないんだと言わないといけないと私は思っています。ビジョンを持ったリーダーがコンパクトシティを目指すんだと、思い切ってやらないと地域全体が共倒れになってしまいますよ」
これから人口減少が進んでいく中で、すべての地域が横並びで発展していくという未来は実現することができない。企業も同様である。労働力人口が減少していく中で、すべての企業が痛みなくこれまでと同じように存続していくことは不可能だろう。
人口が減少して人材の獲得がますます難しくなる未来を避けることができないなか、多くの経営者の視線の先には、海外の安くて豊富な労働力がある。
「私たちの事業の人手不足も深刻で、このままでは事業を営むことができなくなります。そこで、最近では海外からのインターン生の受け入れを始めました。もちろん来てもらう以上は、海外の人に満足して仕事をしてもらえるようにしっかりとした環境を整えています。
渡航費用やブローカーへの費用の一部負担、仕事をしているときの部屋の用意までしています。それでも海外の人はやる気をもって一生懸命に働いてくれますから。地方では若い人がどんどん減っているので、元気な人に働いてもらいたいと思えば、もうこういった人材に頼らざるを得ないのです」