闇バイトの連絡手段「テレグラム」はなぜ規制できないのか。日本政府が禁止の「考慮」すらできない理由
最近、闇バイトが深刻な社会問題になっている。闇バイトで行われる強盗事件や、犯人逮捕のニュースなどをよく耳にするようになった。闇バイトでは、インターネットなどで仕事の内容を明らかにしないまま高額な報酬をちらつかせて実行者を募集し、強盗や詐欺に協力させる。
【写真を見る】「テレグラム」「シグナル」とはどんなアプリ?
言うまでもなく、青少年が闇バイトに応募して犯罪に加担しないよう教育したり、啓蒙したりすることは不可欠だが、若者がアルバイト感覚でこうした行為に手を出してしまうのを制限するのは簡単ではない。事実、闇バイトについて少し前からメディアなどで取り上げられていても、闇バイトに巻き込まれる若者が後を絶たない。
ならば、その犯罪の温床となっている「テレグラム」「シグナル」などを禁止にするといった手だては打てないのだろうか。つまり、こうしたアプリを制限して、犯罪を「生み出さない」仕組みを作れないのか。
まず結論から言うと、この答えはノーだ。
兄弟は結局ドバイに移り住み、そこを拠点として現在テレグラムを運営している。世界で9億人が利用しており、多くの犯罪者に使われているアプリだ。
犯罪者がテレグラムを使う理由には、まず匿名性が挙げられる。テレグラムではチャットの内容が暗号化され、他人に読まれることはない。さらに、足のつかない匿名アカウントを簡単に作れ、操作性が優れており使いやすく、世界中の「被害者」とも瞬時につながることができる。不特定多数とやりとりできるブログのような「チャンネル」や、暗号化されたチャットができる「ルーム」をすぐに作成できるのだ。
筆者の取材でも、テレグラムでは今も、違法薬物の個人取引、クレジットカード詐欺情報、企業から漏えいした個人データの拡散などで使われているのを確認している。最近も、ダーク(闇)ウェブの掲示板で募集していた「ほぼホワイト案件。単発4万円の仕事です」「その他、高額案件もあります」というメッセージにあったテレグラムのアカウントに、取材で接触を試みたこともある(アカウントはすぐに削除された)。テレグラム同様に、「シグナル」も秘匿性の高い通信アプリだ。アメリカのNPOによって運営されており、強い暗号でユーザーのメッセージなどは守られている。シグナルは、チャットの暗号化に加えて、メタデータ(通信記録など)も暗号化されるために、誰と誰が接触したのかも秘匿できる。世界でも当局者たちの多くがシグナルでやりとりしている。
テレグラムやシグナルを登録するには電話番号が必要だが、地下サイトでSIMを購入するなどして“捨て携帯番号”を入手しアカウントを作れば、捜査機関でもその持ち主に行き着くのは至難の業だ。世界中の犯罪者が好んで使うのも当然だろう。
だが現実には、日本政府が頼んでもそれらを実現するのは難しい。なぜなら、まずテレグラムやシグナルは、運営サイドのアプリ提供の理念として、「表現の自由を守り、安全な通信を確保する」というのを掲げているからだ。もともと、これらのアプリが暗号化によって匿名性を高めている理由には、国家や権力者による通信傍受や検閲など「個人の権利を侵害する行為を避けるため」という側面が強い。
特に、チャットなどでも自由な発言が監視されやすい独裁国家や強権的な国では、こうしたアプリが個人の安全を守るのに役立つ。例えば、2019年から行われた香港の民主化デモでは、デモ参加者らは当局の監視を避けるために、テレグラムを使った。
それでも、テレグラムは中国、イラン、タイ、キューバ、インドなどで利用が制限されている。また中国やイラン、ロシア、ベネズエラ、インドなどでは、政府の方針でシグナルなどがアクセスできないようになっているとの分析もある。こうした国々がアプリの利用を制限する行為は、国民の権利を蹂躙(じゅうりん)していると世界的に糾弾されているのだ。
犯罪対策という理由でアプリを禁止にするという行為は、アプリの本来の目的と存在意義を制限することになる。また表現や通信の自由なども侵害することになるため、アップル社やグーグル社がアプリのダウンロード制限をできない理由も同じだ。日本政府は禁止を考慮することすらできないだろう。
さらに言えば、別の暗号化されたアプリも存在するし、1つのアプリがなくなっても、また別のアプリが台頭するだけなので、モグラたたき状態になるだけだ。いちいち摘発することはできなくなるために、フランスのようなやり方は、暗号アプリを使う犯罪行為に対する根本的な解決にはならない。
日本の警察も、テレグラムやシグナルに対して直接できることは少ない。犯罪者の情報をテレグラムやシグナルの運営側に照会したり、アカウント情報を入手したりしようとしても運営側はいちいち協力してくれない。また先に述べた通り、国家の一大事となるような重大事件が起きても、運営側自体が、ユーザーの暗号化されたチャット内容を解読できないため、提供できる情報は限定的だ。
当局ができることは、闇バイトで捕まった犯罪者のスマートフォンを目の前で解除させて、テレグラムまたはシグナルのアプリを起動させ、そこでメッセージのやりとりを読んだり、相手のアカウント情報を集めて捜査に生かしたりすることしかできない。もちろん、そこから相手の素性をつかむことは難しいだろう。
一方で、アメリカや欧州など日本と親しい国なら、犯罪の深刻さを考慮した上で、日本の当局の要請に応じてくれる可能性はある。それには手間も時間もかかるし、先にアプリでも指摘した通り、一つの掲示板をつぶしても、また別の掲示板が登場するので効果的な対策とは言い難い。
サイバー攻撃でも企業などが被害に遭うのは、人災の場合が少なくない。サイバー攻撃は、怪しいメールで添付ファイルを実行してしまったり、メール内のリンクにアクセスしたりすることでウィルスに感染する。つまりメールを受けた人のミスである。最近では、怪しくないメールを装ってメールによる攻撃をする場合も多いので、さらにだまされやすい。
デジタルネイティブの時代になった今、教育機関などもオンライン上の活動についての啓蒙活動を強化したほうがいいかもしれない。それがわれわれのできる最も現実的な対策だと言える。
この記事の筆者:山田 敏弘
ジャーナリスト、研究者。講談社、ロイター通信社、ニューズウィーク日本版に勤務後、米マサチューセッツ工科大学(MIT)でフェローを経てフリーに。 国際情勢や社会問題、サイバー安全保障を中心に国内外で取材・執筆を行い、訳書に『黒いワールドカップ』(講談社)など、著書に『ゼロデイ 米中露サイバー戦争が世界を破壊する』(文藝春秋)、『モンスター 暗躍する次のアルカイダ』(中央公論新社)、『ハリウッド検視ファイル トーマス野口の遺言』(新潮社)、『CIAスパイ養成官 キヨ・ヤマダの対日工作』(新潮社)、『サイバー戦争の今』(KKベストセラーズ)、『世界のスパイから喰いモノにされる日本 MI6、CIAの厳秘インテリジェンス』(講談社+α新書)。近著に『プーチンと習近平 独裁者のサイバー戦争』(文春新書)がある。
X(旧Twitter): @yamadajour、公式YouTube「スパイチャンネル」
(文:山田 敏弘)
【写真を見る】「テレグラム」「シグナル」とはどんなアプリ?
アプリ規制によって、犯罪を「生み出さない」仕組みを作れないのか
闇バイトの事件が話題でよく取り沙汰されるのは、犯行グループが連絡を取り合う際に使っている無料通信アプリ、「Telegram(テレグラム)」や「Signal(シグナル)」だ。ならば、その犯罪の温床となっている「テレグラム」「シグナル」などを禁止にするといった手だては打てないのだろうか。つまり、こうしたアプリを制限して、犯罪を「生み出さない」仕組みを作れないのか。
まず結論から言うと、この答えはノーだ。
そもそも、「テレグラム」「シグナル」とは?
理由を説明するには、まず「テレグラム」や「シグナル」について知る必要がある。「テレグラム」は、もともとロシアでFacebookに似たSNSを開発して運営していたロシア人兄弟が、ロシア政府からのユーザー情報開示の要請を拒否し、ロシアを逃れたことが始まりだ。ロシアを去った兄弟は、2013年からテレグラムの開発・提供を行うようになった。兄弟は結局ドバイに移り住み、そこを拠点として現在テレグラムを運営している。世界で9億人が利用しており、多くの犯罪者に使われているアプリだ。
犯罪者がテレグラムを使う理由には、まず匿名性が挙げられる。テレグラムではチャットの内容が暗号化され、他人に読まれることはない。さらに、足のつかない匿名アカウントを簡単に作れ、操作性が優れており使いやすく、世界中の「被害者」とも瞬時につながることができる。不特定多数とやりとりできるブログのような「チャンネル」や、暗号化されたチャットができる「ルーム」をすぐに作成できるのだ。
筆者の取材でも、テレグラムでは今も、違法薬物の個人取引、クレジットカード詐欺情報、企業から漏えいした個人データの拡散などで使われているのを確認している。最近も、ダーク(闇)ウェブの掲示板で募集していた「ほぼホワイト案件。単発4万円の仕事です」「その他、高額案件もあります」というメッセージにあったテレグラムのアカウントに、取材で接触を試みたこともある(アカウントはすぐに削除された)。テレグラム同様に、「シグナル」も秘匿性の高い通信アプリだ。アメリカのNPOによって運営されており、強い暗号でユーザーのメッセージなどは守られている。シグナルは、チャットの暗号化に加えて、メタデータ(通信記録など)も暗号化されるために、誰と誰が接触したのかも秘匿できる。世界でも当局者たちの多くがシグナルでやりとりしている。
テレグラムやシグナルを登録するには電話番号が必要だが、地下サイトでSIMを購入するなどして“捨て携帯番号”を入手しアカウントを作れば、捜査機関でもその持ち主に行き着くのは至難の業だ。世界中の犯罪者が好んで使うのも当然だろう。
日本政府が「禁止を考慮する」ことすらできない理由
しかも、こうした匿名性を提供するアプリが闇バイトなどの犯罪で使われているからといって、国が利用を制限したり、ダウンロードを禁止にすることはできない。例えば、アプリを入手できないようにするには、テレグラムやシグナルの運営元に、日本で使えないよう要請する必要がある。またアプリのダウンロードを禁止するには、iPhoneを販売するアップル社や、Androidを提供するグーグル社に禁止の要請をする必要がある。だが現実には、日本政府が頼んでもそれらを実現するのは難しい。なぜなら、まずテレグラムやシグナルは、運営サイドのアプリ提供の理念として、「表現の自由を守り、安全な通信を確保する」というのを掲げているからだ。もともと、これらのアプリが暗号化によって匿名性を高めている理由には、国家や権力者による通信傍受や検閲など「個人の権利を侵害する行為を避けるため」という側面が強い。
特に、チャットなどでも自由な発言が監視されやすい独裁国家や強権的な国では、こうしたアプリが個人の安全を守るのに役立つ。例えば、2019年から行われた香港の民主化デモでは、デモ参加者らは当局の監視を避けるために、テレグラムを使った。
それでも、テレグラムは中国、イラン、タイ、キューバ、インドなどで利用が制限されている。また中国やイラン、ロシア、ベネズエラ、インドなどでは、政府の方針でシグナルなどがアクセスできないようになっているとの分析もある。こうした国々がアプリの利用を制限する行為は、国民の権利を蹂躙(じゅうりん)していると世界的に糾弾されているのだ。
犯罪対策という理由でアプリを禁止にするという行為は、アプリの本来の目的と存在意義を制限することになる。また表現や通信の自由なども侵害することになるため、アップル社やグーグル社がアプリのダウンロード制限をできない理由も同じだ。日本政府は禁止を考慮することすらできないだろう。
1つのアプリがなくなっても、結局は“モグラたたき状態”に
こんなケースもある。フランス政府は2024年8月、テレグラムが犯罪のプラットフォームを提供しているとしてCEOのパベル・ドゥロフ氏をパリ北部の空港で逮捕した。ドゥロフ氏は500万ユーロの保釈金で釈放されたが、今もフランス国内で監視下に置かれている。ただ、ドゥロフ氏を逮捕しても、投獄しても、フランス当局がドバイに拠点を置くテレグラムを国内で禁止にすることは難しいし、テレグラムを廃業させることもできない。さらに言えば、別の暗号化されたアプリも存在するし、1つのアプリがなくなっても、また別のアプリが台頭するだけなので、モグラたたき状態になるだけだ。いちいち摘発することはできなくなるために、フランスのようなやり方は、暗号アプリを使う犯罪行為に対する根本的な解決にはならない。
日本の警察も、テレグラムやシグナルに対して直接できることは少ない。犯罪者の情報をテレグラムやシグナルの運営側に照会したり、アカウント情報を入手したりしようとしても運営側はいちいち協力してくれない。また先に述べた通り、国家の一大事となるような重大事件が起きても、運営側自体が、ユーザーの暗号化されたチャット内容を解読できないため、提供できる情報は限定的だ。
当局ができることは、闇バイトで捕まった犯罪者のスマートフォンを目の前で解除させて、テレグラムまたはシグナルのアプリを起動させ、そこでメッセージのやりとりを読んだり、相手のアカウント情報を集めて捜査に生かしたりすることしかできない。もちろん、そこから相手の素性をつかむことは難しいだろう。
闇バイトの掲示板規制も、国外運営であれば難しい
闇バイトの場合、闇バイトを募集している掲示板などを摘発できる可能性はあるが、これには基本的にその掲示板サイトが日本国内で運営されている必要がある。もし国外で運営されているとして、日本と関係性のよくない国だった場合は、掲示板などを封鎖させたり、アクセスを禁止にしたりすることは難しい。一方で、アメリカや欧州など日本と親しい国なら、犯罪の深刻さを考慮した上で、日本の当局の要請に応じてくれる可能性はある。それには手間も時間もかかるし、先にアプリでも指摘した通り、一つの掲示板をつぶしても、また別の掲示板が登場するので効果的な対策とは言い難い。
取れる対策は「啓蒙活動」のみ
こう見ていくと、やはり現実的な対策は啓蒙活動しかない。気楽にSNSでバイトに応募するような危険な行為はやめるべきで、さらにSNSで見知らぬ人に個人情報や家族の情報、身分証の画像などを送ってはいけない。これは怪しいSNSに限った話ではなく、基本的に知らない人から個人情報を要求されても決して応じてはいけないということは、義務教育などでもしつこく教えるべきだろう。サイバー攻撃でも企業などが被害に遭うのは、人災の場合が少なくない。サイバー攻撃は、怪しいメールで添付ファイルを実行してしまったり、メール内のリンクにアクセスしたりすることでウィルスに感染する。つまりメールを受けた人のミスである。最近では、怪しくないメールを装ってメールによる攻撃をする場合も多いので、さらにだまされやすい。
デジタルネイティブの時代になった今、教育機関などもオンライン上の活動についての啓蒙活動を強化したほうがいいかもしれない。それがわれわれのできる最も現実的な対策だと言える。
この記事の筆者:山田 敏弘
ジャーナリスト、研究者。講談社、ロイター通信社、ニューズウィーク日本版に勤務後、米マサチューセッツ工科大学(MIT)でフェローを経てフリーに。 国際情勢や社会問題、サイバー安全保障を中心に国内外で取材・執筆を行い、訳書に『黒いワールドカップ』(講談社)など、著書に『ゼロデイ 米中露サイバー戦争が世界を破壊する』(文藝春秋)、『モンスター 暗躍する次のアルカイダ』(中央公論新社)、『ハリウッド検視ファイル トーマス野口の遺言』(新潮社)、『CIAスパイ養成官 キヨ・ヤマダの対日工作』(新潮社)、『サイバー戦争の今』(KKベストセラーズ)、『世界のスパイから喰いモノにされる日本 MI6、CIAの厳秘インテリジェンス』(講談社+α新書)。近著に『プーチンと習近平 独裁者のサイバー戦争』(文春新書)がある。
X(旧Twitter): @yamadajour、公式YouTube「スパイチャンネル」
(文:山田 敏弘)