カスハラ対策を発表する大手企業が相次いでいる(撮影:今井康一)

ニトリしまむらをはじめとして小売りサービス業界でのカスタマ―ハラスメント(以下、カスハラ)対策が続々と発表され、カスハラ客に対しては毅然とした対応をすべき、という接客方針は徐々に広がってきています。

2024年10月には東京都の「カスハラ防止条例」が成立し、2025年には施行されます。このように、世の中はカスハラとの対決姿勢を強めていくものと見られます。

しかし、企業・組織が立ち止まって考えるべきことがあります。それは、正当なクレームまで「カスハラである」と判断されてしまうかもしれないという問題です。

『カスハラ、悪意クレームなど ハードクレームから従業員・組織を守る本』の著者である津田卓也氏が、区別するのが難しいクレームの見極め方をご紹介します。

カスハラは発生クレーム全体でみると2〜3割だが…

私が研修先できくところでは、多くの企業で従業員のクレーム対応時間の約8割はカスハラ客への対応のために割かれています。その分、正当なクレームに割くべき時間がとられてしまっているのです。

正当なクレームは、企業の提供する商品やサービスに問題があった場合や従業員側の接客に至らない点があったときにそれらを改善するための重要な情報となります。これは企業と顧客との重要な接点となり、クレームに真摯に対応したことで企業のイメージアップにもつながることもあり得ます。

しかし現在、この正当なクレームはカスハラ対策の報道が盛り上がる中で、陰にかくれて重要視されなくなってしまっているのではないでしょうか。

研修先での調査では、クレーム発生件数のうち7割以上が正当なクレームであることがわかりました。残り2〜3割のカスハラ案件に対応時間の約8割がとられている現状は、企業・組織にとっての有益な情報をみすみす取りこぼしているともいえるのです。

また、発生クレーム全体の7割以上を占める正当なクレームを「きつい言い方をされたのでカスハラである」と断定してしまう危険性もあります。

このような課題を見据えて、企業・組織がカスハラに適切に対処するにはどのような点に注意すればいいのでしょうか?

まずは「顧客」と「非顧客」の定義づけをすることで、正当なクレームを取りこぼさないようにする方法を見ていきましょう。

そのお客様は「顧客」か「非顧客」か

顧客とは、「その組織が求めるお客様としての、正しい行動をしてくださる方」のことです。「提供している商品やサービスを適正に利用してくれる人」と定義していいでしょう。

しかし、一般に「顧客」と考えられているなかには「非顧客」が隠れています。「非顧客」とは、「提供している商品やサービスを絶対に利用してほしくない相手」です。

例えば次のような利用者について、皆さんはどう感じますか?

・スタッフを捕まえて、業務に関係がない話を延々と聞かせる
・釣り銭を1円間違えるなどのささいなミスに対して、過度な謝罪を要求する
・スタッフにセクハラをする

このような来店客に「またぜひ利用してほしい」と思う人はいないでしょう。そのような相手はもはや顧客ではありません。また、「非顧客」であると定義することは、「その客が行っている行為はカスハラである」と認定することだともいえます。

以上のように、企業が「求めるお客様像」をもとに「顧客」と「非顧客」を定義していくことで、「何がカスハラにあたるのか」を見分けることができます。

ただし、利用者を定義づけする難しさも知っておかなければなりません。

転売ヤーは「非顧客」か?

ここ数年、限定商品を転売目的で大量購入する人たちの様子がニュースなどでよく取りあげられており、議論を巻き起こしています。

たしかに一見、迷惑行為に見えます。でもこの事例だけでは、「非顧客」とは言い切れません。

「せどり」という言葉を聞いたことはありませんか? 購入した金額より、付加価値をつけて高く売る商売のことで、古本屋や古物商はこれに当たります。つまり、転売目的での商品購入自体は、法律に違反しているわけではないのです。店の方針によっては「大量購入してくださる良いお客様」と捉える場合もあるでしょう。

このように、業界・業種・業態によって、「非顧客」の定義は異なるはずです。

また、「無理難題を押し付けてくるお客様」も、一概に「非顧客」と決めつけるのは危険です。なぜなら、文句を言う権利は誰にでもあるからです。

もちろん「できない」と断っても、繰り返し要求をしてくる場合や、脅迫的な言動やスタッフが身の危険を感じるような言葉を伴う場合は別ですが、対応者が一目で判断することは厳しいのです。

組織の数だけ「非顧客」あり

「非顧客」と判断するべきか否かは、組織があらゆるリスクを考えて決定します。

今までのクレーム対応は「お客様をファンに変える」という観点で行ってきました。この原則は、どんな時代が来ようと揺るぎません。しかし、「非顧客」であるにもかかわらず「お客様対応モード」で対応してしまえば、相手は増長し、無理な要求に拍車が掛かり、扱いに困るような厄介なクレーマーに変貌するでしょう。

逆に一般クレームの範囲なのに、判断を誤り「非顧客」として対応をしたら「何の改善もされないどころか、迷惑クレーマー扱いされた」と、利用者は憤慨してしまいます。

「顧客」「非顧客」の判断を、現場で対応しているスタッフ個人の感覚に委ねるのはとても危険です。対応者のスキル不足や個人のその時々の感情によってお客様を選別してしまうことは避けなければなりません。

また、同じようなクレームなのに対応に差が出て整合性がとれなくなってしまえば、組織としての在り方を問われる事態が生じます。その判断は現場スタッフに任せるべきものではないのです。

正当なクレームを取りこぼさない


このように、顧客の定義づけは必ず現場ではなく、組織がルールを整備して一定の基準で行えるようにしなければなりません。

組織として、「非顧客」の定義づけさえしてしまえば、現場のスタッフは、「非顧客」に無駄な時間を使う必要がなくなり、業務効率が上がり、働きやすくなります。

これからの組織に求められるのは、カスハラ対策により従業員の心身の安全を守り、働きやすい環境をつくると同時に、何がカスハラにあたるのかを見極めて正当なクレームを取りこぼさないようにすることなのです。

(津田 卓也 : クレーム研修担当講師/Cube Roots代表)