(写真:フェラーリ)

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ルクセンブルクで開催された国際試乗会で、初めて12チリンドリのステアリングを握ることができた(写真:フェラーリ)

創始者エンツォ・フェラーリが、自らの名を冠した最初のモデルとして1947年に送り出したフェラーリ「125S」が搭載していたエンジンは、V型12気筒1.5L自然吸気ユニットだった。車名の125が示しているのは1気筒当たりの排気量。125cc×12=1500ccである。

当初、レーシングカーメーカーとしてスタートしたフェラーリは、レース資金の確保のためにロードカーも手掛けるようになるが、それらもエンジンは常にV12だった。エンツォが「12気筒以外のロードカーはフェラーリとは呼ばない」と公言していたことは、よく知られるところで、実際に最初のV6エンジン搭載モデルはフェラーリではなく「ディーノ」を名乗っていたほど。非12気筒モデルにもフェラーリの名が与えられるのは、1975年に登場したV8ミッドシップのフェラーリ「308」からのことだ。

そんなフェラーリだけに、V12エンジンは今もブランドの絶対的な象徴と言える。しかしながら、言わずもがなの電動化の流れ、そして厳しさを増す環境規制、騒音規制により、目下その将来が見通しにくくなっていることも事実である。果たして、いつまでV12エンジンのフェラーリは、存在し続けられるのだろうか?

12気筒を意味するストレートな車名

実質的な先代モデルである「812スーパーファスト」が登場したときにも、すでにこれが最後のV12フェラーリになるのではないかと囁かれていた。しかしながらフェラーリは、その歴史に新たな1ページを加えた。新たなフラッグシップとして、フェラーリ「12チリンドリ」を発表したのである。

イタリア語ではドーディチ チリンドリと読むこの車名は、英語に直せばトゥエルブ シリンダー。要するに「12気筒」である。こんなストレートな車名は、歴史が示す通りV12にこだわり続けてきたフェラーリだからこそ許されるものだと言えるだろう。

【写真で見る】フェラーリの象徴、12気筒エンジンを積む最新モデル「12チリンドリ」の優雅なスタイル

この12チリンドリについてフェラーリは「変わることのないフェラーリのDNAについて極めて明確なビジョンを持つ“通”のために設計された、まさにひと握りの人のために作られたモデル」と表現する。V6+PHEVのミッドシップである「296」シリーズ、V8フロントエンジンの「ローマ」が今のフェラーリの主流。フロントエンジンV12モデルのターゲットは、その経緯や歴史的背景への造詣が深い、まさに選ばれし人たちというわけだ。

あるいは、こうも言えるだろう。ひたすらに性能を追い求めるモデルとして、今では別に最高出力1000PS級の「SF90」シリーズが存在する。おかげでV12モデルはそのくびきから解き放たれ、まさしく通好みの、味わいを重視したモデルに再定義され得たとも。

この手のイベントとしては珍しいルクセンブルクで開催された国際試乗会で、初めて12チリンドリのステアリングを握ることができた。その走りの印象は、まさにオーセンティックなV12フェラーリというものだった。

6.5Lという大排気量の自然吸気V12ユニットは、実に9500rpmという高回転まで回り、最高出力は830CVにも達する珠玉のエンジン。そのフィーリングは至極滑らかで、アクセルペダルを深く踏み込めば、管楽器かのようにそれこそ100rpmごとに音色を変化させながら、淀みなくトップエンドまで回り切る。これは、仮にV12であってもターボチャージャーなどの過給器付きにはない世界と言える。

ただし、そのときのサウンドは一般にイメージされるような爆音が炸裂するという感じではない。もちろん、それは騒音規制への対処によるところもあるが、それだけでなくグランツーリスモという性格付けからあえてそうしたのだという。


6.5L、自然吸気V12ユニットは9500rpmという高回転まで回り、最高出力は830CVにも達する(写真:フェラーリ)

V12を堪能できる無類の安定感

思えば、私が知る限りでも往年のV12フェラーリの多くは、そうした要素を色濃く持っていた。結果として、迫力に気圧されるばかりでなく、音色そのものを堪能できることに繋がっていて、個人的にはこの味付け、とても好印象だったと言っていい。

シャシー性能も秀逸だった。ねじり剛性を812スーパーファスト比で15%向上させたというアルミスペースフレームを用いたボディは剛性感に富み、乗り心地は上質。俊敏性を高めるためホイールベースを20mm短縮するも、後輪を左右独立して操舵する機構の巧みな制御もあり、コーナリングではシャープに反応する一方で、高速域ではむしろ無類の安定感が醸し出される絶妙な味付けとされている。

前作812スーパーファストや、あるいはさらにその前のモデルになる「F12ベルリネッタ」の鋭すぎるほどの切れ味に比べれば、やはりだいぶ落ち着いた感じ。しかし、そのほうがかえって思い切りアクセルを踏み込んで、V12を堪能できるというものだ。


アルミスペースフレームを用いたボディは剛性感に富み、乗り心地は上質(写真:フェラーリ)


クローズドコースでフルパフォーマンスを引き出す。非常に高いコントロール性能にはうならされる(写真:フェラーリ)

試乗ルートにはクローズドコースも含まれていた。実はそれこそがルクセンブルクが選ばれた理由で、彼の地にはこの12チリンドリのタイヤサプライヤーのひとつ、グッドイヤーのテストコースがあり、そこでフルパフォーマンスを引き出す機会が用意されていたのである。

曲がりくねったセクションと長い直線が組み合わされたコースで、12チリンドリの非常に高いコントロール性にうならせられた。後輪操舵が利き過ぎという感もなきにしもあらずだったが、とにかくよく曲がり、しかも安定している。挙動が落ち着いているから、テールが滑り出しても余裕で対処できる。

そして直線でアクセルペダルを床まで踏みつけたら、すんなり300km/hの大台を突破してみせた。しかも、ドライバーに緊張を強いることなく、クルマとしてはまだまだ余裕と言わんばかりに、である。

極上レベルまで研ぎ澄ませたフェラーリの歓び

オーセンティックとは書いたが、単に古典的というわけではなく、最新の技術とノウハウによって、フェラーリの普遍的な歓びを、極上のレベルまで研ぎ澄ませた。12チリンドリは、そんなふうに評するのがしっくりくる。

研ぎ澄まさせたが故に、あるいは脳天を直撃するような刺激を求める人にとっては物足りなくも感じられるかもしれない。しかし、そんなことはフェラーリとしては百も承知のはず。おそらくターゲットとする、フェラーリの何たるかを知り、日本では5674万円というお金を投じることができる人は、ガレージに他に刺激的な跳ね馬を1台か2台か、あるいはもっと並べてある。12チリンドリは、そんな人が日常の中で、あるいはスピードを求めない週末に楽しむためのフェラーリなのだろう。


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ここに来てヨーロッパでは電動化への動きに揺り戻しが起きており、クルマの動力源の将来を見通すのは、それこそ3年後のことであっても難しくなっている。そんな中で、フェラーリは象徴であり魂であるV12の自然吸気エンジンを今後も可能な限り維持したいと公言している。

ある意味で解脱したかのような世界観を表現した12チリンドリに乗ったあとでは、これが最後でもおかしくないと感じる一方、いや、だからこそ次を見てみたいという気にもさせられた。さて未来はどうなるだろうか。

(島下 泰久 : モータージャーナリスト)