巨人・阿部監督が「管理職のお手本」と言える理由
阿部采配の特徴だったポイントを、マネジメントの観点から振り返っていこう(写真:時事)
「名選手、名監督にあらず」という言葉もあるほど、選手と監督は違うもの。しかし、今季の読売ジャイアンツは名選手が名監督となり、4年ぶりにペナントレースを制した。
厳しさと優しさという視点で、阿部慎之助監督の采配を振り返ってきた前編ー1年で優勝、巨人・阿部監督の「若手を律する」凄み その手腕を、マネジメントの観点から考えるーに続き、後編では、それ以外の点で阿部采配の特徴だったポイントを、マネジメントの観点から振り返っていこう。
名選手が名監督になるためのポイント
阿部監督は、昨シーズンで退任した原辰徳前監督からバトンを引き継ぎ、一軍ヘッドコーチ・バッテリーコーチから昇格する形で就任。阪神タイガース、横浜DeNAベイスターズ、広島東洋カープとのし烈な優勝争いを制し、2年連続でBクラスに沈んだチームを頂点へと導いた。
1リーグ制だった時代を含め、就任1年目での優勝は阿部監督が22人目。過去を振り返ると、古くはジャイアンツをV9に導いた川上哲治氏に「赤ヘル旋風」を巻き起こした古葉竹識氏、2000年以降は原辰徳氏に落合博満氏、栗山英樹氏や中嶋聡氏など、錚々たる顔ぶれである。
名選手から名監督になった阿部監督だが、ビジネスの世界に目を向けると、現場で圧倒的なパフォーマンスを見せていても、マネジャーになるととたんに活躍できなくなるケースも多い。こうした事態はなぜ起こるのか。
組織に詳しい経営コンサルタントの横山信弘氏は、そもそも現場のトップである「リーダー」と「マネジャー」の違いについて、次のように話す。
「現場でトップを走るリーダーに求められるのは『情緒』。情緒的な周囲とのコミュニケーションが、組織に熱気を呼び込み、結果へと結び付く。
しかし、それだけでは継続性や再現性につながらない。そこで必要なのが、マネジャーだ。リーダーに求められるものが情緒とすれば、マネジャーに求められるのが『言語化』。『何を』『どれくらい』『どのタイミングで』『どんな方法で』と、細かい戦術と戦略を描くことが、マネジャーの役割といえる。そのため、ビジネスの世界で名選手から名監督になるための条件は、いかに言語化が得意か、である。
反対に、言語化が苦手な、いわゆる天才肌の人は『何となくやっていたら、成果が出た』というパターンが多い。これでは、いざ人を率いる立場になったとき、再現性を持って成果を生みだせない」
マネジャーに必要な「3つの要素」
前編でも触れたように、引退後就任した二軍監督時代は「昭和」な指導が話題を呼ぶこともあった阿部監督だが、今季はその厳しさだけでなく、優しさも随所で見られ「変化」が感じられた。
一部報道によると、春季キャンプ前にはマネジメントの方針をまとめた小冊子をスタッフに配布。そこには「選手を絶対に萎縮させない」といった内容も盛り込まれていたという。
スター選手から二軍監督、そして一軍のコーチ、一軍監督へと立場を変えていくうちに、こうした変化・成長を見せた阿部監督。昨今のビジネスでは「リスキリング」も大きなテーマとなっており、タイミングやキャリアに応じて成長することは、ビジネスパーソンにも求められ、マネジャーも例外ではない。
横山氏は、マネジャーとして成長するための3つの特徴として「信念」「柔軟性」「勤勉」を挙げる。
これは木に例えると、わかりやすいかもしれない。信念は、木でいえば幹。「今期は売り上げよりも利益重視」「営業利益率を2ポイント上げる」など、戦略の基本となる部分をいかにブレずに保てるかが重要だと横山氏は話す。
この点、阿部監督はシーズン前に前述した小冊子でいくつかの方針を示し、またチーム方針として掲げた「守り勝つ野球」に向けて中継ぎ陣の整備も行ってきた。
2点目の柔軟性は、木でいえば枝や葉。幹をどう伸ばすかに正解はなく「大目的である『幹』がブレないのであれば、手段は臨機応変に変えるべき」と横山氏。正捕手だった大城卓三ではなく、気心の知れた小林誠司とバッテリーを組ませた菅野智之が、15勝3敗、防御率も1点台とまさに「エース」として復活した点などは、阿部監督の柔軟性の結果といえるだろう。
柔軟性に必要なのが、時代の変化に敏感になり、学び続ける勤勉さだ。かつては罰走などの昭和的なマネジメントをしていたものの、厳しさ一辺倒ではなく優しさも交えて時代に即したマネジメントへと変節を見せたことを考えると、まさに阿部監督は、成長するマネジャーに必要な3要素を兼ね備えているといえるだろう。
他に阿部監督の手腕でユニークだったのが「阿部ノート」。阿部監督は“メモ魔”として知られ、試合中の疑問や怒りなどをノートに書き留めているという。中には「『待て』のサインで打ちやがった」「こんなこともできないのか」といった内容もあるとか。
組織を率いる立場として、一時の感情で行動せず、常に冷静にマネジメントをするのは重要なこと。阿部監督のこうしたやり方は「アンガーマネジメント」として有効だと横山氏は話す。
「自分の感情をコントロールするうえで、自分の感情を客観的に見るのは非常に重要だ。人は主観的になるほど感情をコントロールできなくなる。そのため、すぐに感情を外に出さずに文字に書いて客観視するのは、アンガーマネジメントの基本といえる。
もし阿部監督のように、ノートでアンガーマネジメントをする場合は、感情だけを書くのではなく出来事も詳しく書くといいだろう。そうすることで、どんな原因によって感情が乱されたのか、パターンを分析できる」
卓越した選手時代を過ごし、二軍監督時代は昭和なマネジメントスタイルが物議を醸すこともあった阿部監督。しかし、マネジャーとして成長していこうという姿勢は、ビジネスパーソンにとっても参考になるはずだ。
ベテランと若手をバランスよく起用
ここまで触れた時代に即した変化、そしてアンガーマネジメント以外にも、阿部監督のさまざまな采配が光った1年だった。
ついつい頼ってしまいがちなベテラン起用では、絶不調に陥った坂本勇人の二軍調整を臆さず断行。坂本は再昇格後、シーズン最終盤の阪神タイガースとの“天王山”で殊勲打を放つなど大一番で活躍を見せた。
若手起用では、14年ぶりとなるルーキー3人の開幕一軍入りとともに、同じく開幕一軍を勝ち取った高卒2年目の浅野翔吾を粘り強く起用。一昔前のジャイアンツ像とは異なる、フレッシュな面も見せながら1年を戦い抜いた。
今季、ジャイアンツは春季キャンプのキャッチフレーズとして「笑うアベには福来たる〜新風の先に笑顔のSeptember〜」を掲げた。見事に笑顔の9月を過ごした阿部ジャイアンツだが、10月も「最高です」と監督の笑顔が見られるのか。
クライマックスシリーズのファイナルステージでは、横浜DeNAベイスターズにまさかの2連敗となっているが……注目したい。
前回の記事はこちら:1年で優勝、巨人・阿部監督の「若手を律する」凄み その手腕を、マネジメントの観点から考える
(鬼頭 勇大 : フリーライター・編集者)