通常、国の経済水準と国民の厚生水準(保健医療、栄養など)はリンクする。日本はかつて人口1人当たりGDPが事実上1位になったが、現在は60年前と同水準に落ちた。一方、寿命はほぼ40年間ずっと世界トップ級を維持。統計データ分析家の本川裕さんは米国は「日本と全く逆の構図だった」という。果たして人生は「太く短い」が幸せなのか「細く長い」が幸せなのか――。

■日米で真逆の経済と寿命のナンバーワン

まず、1人当たりのGDP平均寿命の世界ランキングの推移を日本とアメリカを中心に見ていただこう(図表1)。

筆者作成

かつて日本経済は高度成長の成果として人口1人当たりのGDPも世界トップへ向かって邁進し、バブル期に入って、ドイツや米国を抜き去りついに事実上ナンバーワンの地位に就いた。だが、21世紀に入ると一気に低落。最近は1960年代の高度成長期初期の水準にまで落ち込んでいる。

一般的に経済成長とともに厚生水準(保健医療、栄養など)は上昇する。厚生水準の代表的な指標は平均寿命である。日本のそれは1980年代には世界ナンバーワンに躍り出た。

驚異的なのは、経済のランキングがどんどん落ちても平均寿命がほぼ世界ナンバーワンを維持し続けている点である。

一方、図表1で、米国の動きを見ると世界の中で長年「てっぺんの経済の国」を維持している。ところが平均寿命は、主要な先進国の中で最低の地位(すなわち最も寿命の短い国)が定位置だ。経済でトップの国が厚生水準で最下位。日本と米国は真逆なのである。

こうした平均寿命水準の皮肉な状況をもたらしている生命に関するリスク要因の各国の差について次に見ていこう。

■種々の生命リスクを極力回避している日本

死亡診断書にはその人の死因が記載される。そして、その前段階には死因につながる何らかの要因があったはずだ。それらは「リスク要因」と呼ばれる。

例えば、「喫煙」。これは肺がんにつながるリスク要因である。「運動不足」はさまざまな病気や不具合のリスク要因である。「大気汚染」は呼吸器疾患のリスク要因である。

※特定のリスク要因による死亡数を推計するには「疫学的研究」(リスクのある人とそうでない人との死亡差の研究〜例えば喫煙者と非喫煙者の肺がん死亡差)による場合が一般的である。ただしひとつの要因が複数の死因につながる場合がある点に留意が必要である。喫煙は肺がんだけでなくCOPDや脳卒中、心筋梗塞による死亡も増やすのである。また、疫学的な研究が難しい新規感染症、熱波や自然災害といったリスク要因の場合は、そうしたリスクが襲ったときに通常と比較してどれだけ死亡が増えたかという「超過死亡」の統計的な推計がリスク要因による死亡推計に使用される。

こうしたリスク要因の死亡推計に当たっては、因果関係が成立しているかに注意しなければならない。喫煙だけでなくコーヒー摂取も肺がん死を増す要因として相関が認められることがある。この場合、コーヒー摂取が直接の原因ではなく、コーヒーを飲む人は喫煙量も多いという疑似相関から生じている関連性に過ぎない。

世界各国のリスク要因別死亡数推計に基づき、各国の死亡総数に占める割合を算出し、死亡リスクとしてあらわしたグラフを図表2に掲げた。

※ここで推計されている以外のリスク要因、例えば、猛暑や自然災害や過密都市、社会的ストレス、戦争などの要因も当然存在する。また、脳卒中死をもたらすのは「喫煙」だけでなく、「高血圧」や「高コレステロール」も要因である。それぞれのリスクが排他的に推計されているわけではないため、それぞれのリスク要因の死亡リスクは重複しており、各リスク要因の値を合計して100とはならない。

筆者作成

日本におけるリスク要因の推計としては、「高血圧」が死亡総数の12.1%ともっとも大きく、「喫煙」「高血糖」がそれぞれ8.9%、8.6%で続いている。さらに「大気汚染」「肥満」「塩分過多」などとなっている。

世界全体のリスク要因についても掲げているが、日本と比較して、総じてさまざまなリスク要因が日本以上に大きなリスクとなっている。言い換えれば、日本は全体的に低リスクを実現している。

特に「大気汚染」や「粒子状物質(PM)汚染」「安全でないセックス」「安全でない水」などの環境リスクが世界では日本より大きくなっているのが目立つ。

世界では「屋内空気汚染」が「肥満」並みのリスク要因となっている。これは、開発途上国では、煙突のない状態で薪炭・わらなど固形燃料を使う調理で屋内に煙が充満し、女性に呼吸器疾患を生じさせている場合が多いからだと考えられる。日本も江戸時代まではそうだった。

生活習慣病にむすびつくリスク要因としては、「喫煙」や「高血糖」は日本と世界は同等だが、「高血圧」や「高コレステロール」「肥満」などは日本の場合、世界ほど高くない点にも気づかされる。

■低い日本の肥満・栄養リスク、高い米国の肥満・高血糖・薬物リスク

中国やインドなどの途上国を含む世界と比べたこうした日本の特徴は、欧米先進国と共通する特徴である側面が大きいが、日本ならでは特徴もある。

この点を確認するとともに米国の特殊な状況を見るため、図表3には、日本、米国、米国以外のG7諸国の要因別の死亡リスクを比較した。先進国の中でも米国は特殊なので、グラフでは、米国と米国以外のG7諸国を別個に示した。

筆者作成

米国以外のG7諸国と日本はかなりリスク要因別の死亡リスクの高低が類似している。ただし、「肥満」と「アルコール」「野菜食不足」については日本の死亡リスクのほうが格別に低くなっている。食生活と関連するリスクの小ささは日本ならではの特徴と言えよう(ただし、「塩分過多」は先進国と比較してもややリスクが大きくなっている)。

米国のリスク要因はかなり特異であることが図からうかがわれる。「高血糖」「肥満」でのリスクの高さや「薬物乱用」のリスクの高さが先進国一般と比較して非常に大きい点が目立っているのである。その一方で、大陸国であり、都市配置が分散型であるせいか「大気汚染」や「粒子状物質(PM)汚染」のリスクは小さい。

このデータによれば米国では毎年、死亡者数の3.2%に当たる11万人が「薬物乱用」で亡くなっている(日本は0.5%、米国以外のG7諸国は0.7%)。

このように、日本は「塩分摂取」など一部を除いて、食生活関連リスク(肥満リスクを含め)や環境面を含むその他のリスクを注意深く回避しているため、世界一の平均寿命を維持し続けている一方、米国は、食生活、アルコール、薬物などでリスクを回避できず、あるいはリスク回避より経済を優先しているため、平均寿命最下位の地位に甘んじざるを得ない状況になっているのである。言い換えれば、日本人のモットーは「細く長く生きる」であり、米国人のモットーは「太く短く生きる」であると捉えられよう。

■深刻な米国の薬物乱用リスク

最後に、参考資料として、喫煙、肥満、薬物乱用という外的な個別3リスクについて死亡数・死亡率のデータをOECD30カ国について示した(図表4参照)。図ではそれぞれのリスクについて、死亡率の高い順に国を並べた。

筆者作成

途上国については、リスク評価のもととなるデータが不足していて評価精度が低いと考えられる点、また途上国では乳幼児死亡率が高く、それにともなって先進国とは異なるバックグラウンドのリスク評価となる点などから比較対象から除外している。

喫煙に関しては、リスクの高いトップ3はデンマーク、ギリシャ、韓国であり、日本は22位と低いほうである。主要先進国であるG7諸国の中では英国、カナダが高く、日本、イタリア、フランスが低いほうであり、ドイツ、米国はその中間である。

肥満リスクのトップ3は、トルコ、メキシコ、米国であり、日本は30カ国中最下位である。隣国韓国は下から2番目である。G7諸国の中で米国がトップでイタリア、ドイツがこれに次ぎ、英国、フランスは比較的低く、日本は一番低い。

薬物乱用のリスクについては米国では11万人以上が死亡しており、死亡率3.2%とともにOECD諸国中、断然トップである点が目立っている。日本は死亡率20位と比較的低い。

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本川 裕(ほんかわ・ゆたか)
統計探偵/統計データ分析家
東京大学農学部卒。国民経済研究協会研究部長、常務理事を経て現在、アルファ社会科学主席研究員。暮らしから国際問題まで幅広いデータ満載のサイト「社会実情データ図録」を運営しながらネット連載や書籍を執筆。近著は『なぜ、男子は突然、草食化したのか』(日本経済新聞出版社)。
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(統計探偵/統計データ分析家 本川 裕)