スマートフォンやPCなど、現代のほぼすべてのデバイスではデータを処理する演算装置とデータを保存する記憶装置がわかれており、装置の間でデータをやりとりする速度がシステム全体の性能を制限します。フォン・ノイマン・ボトルネックと呼ばれるこの課題を抱えた従来型デバイスとは異なり、デオキシリボ核酸(DNA)を用いることで爪の先ほどのスペースにPC1000台分のデータを保存しつつ、簡単な問題を解くこともできる初期の「DNAコンピューティング」に関する論文が発表されました。

A primordial DNA store and compute engine | Nature Nanotechnology

https://www.nature.com/articles/s41565-024-01771-6

For First Time, DNA Tech Offers Both Data Storage and Computing Functions | NC State News

https://news.ncsu.edu/2024/08/functional-dna-computing/

Unprecedented DNA computer solves Sudoku and mini-Chess, potentially stores an ungodly amount of data

https://www.zmescience.com/future/unprecedented-dna-computer-solves-sudoku-and-mini-chess-potentially-stores-an-ungodly-amount-of-data/

生命の設計図とも呼ばれるDNA配列は、生命が何十億年もの間コードベースとして使用してきた記憶装置であり、生物学的な構造やプロセスの分子テンプレートを提供する機能を持ちます。また、理論的には化学的な文字列であらゆる情報シーケンスを表記することもできます。この仕組みを計算技術に利用すべく、科学者たちはDNA鎖に直接データを詰め込む方法を長年研究してきました。

今回、ノースカロライナ州立大学とジョンズ・ホプキンス大学の研究者らが開発したシステムでは、「デンドリコロイド」と呼ばれる柔軟なポリマー構造を用いてDNAデータを扱います。

発表によると、デンドリコロイドは小さな木のような構造を持っており、DNAの足場として繊細な分子構造を安全に保持しつつ、その広大な表面積に大量のデータを保存できるとのこと。



論文の共同責任著者でプロジェクトリーダーでもあるノースカロライナ州立大学のAlbert Keung氏は「鉛筆についている消しゴムと同じサイズしかないDNAベースのストレージに、ノートPC1000台分のデータを保存できます」と話しました。

デンドリコロイドは容量だけでなくデータの保存性にも優れており、4℃の環境下でデンドリコロイドに保存されたコードの半減期は6000年にも及ぶことが、加速老化分析で明らかとなっています。また、マイナス18℃というより低温の環境であれば、保存期間は200万年にも達すると推測されています。

研究チームはさらに、DNA情報とそれが保存されているデンドリコロイドのナノファイバーを区別する技術を開発することで、元となる記憶媒体や「DNAファイル」を損傷させることなく、データをリボ核酸(RNA)に転写して処理したり、DNAを編集して特定の領域のデータを書き換えたりすることを可能としました。

実験では、3マス×3マスのチェスや数独のパズルといった基本的な計算処理ができることも確かめられてます。



by Nature Nanotechnology

これまでのところ、DNAコンピューターは速度や計算力の面では最新鋭のスーパーコンピューターに及ぶべくもありませんが、文明の興亡を越えて人類の知識を保存するDNAベースのアーカイブとしては魅力的な技術です。また、生物学的データをリアルタイムで処理できる性質から、医療などの分野での応用も見込める可能性があると研究者らは考えています。

Keung氏は「これまで、DNAデータストレージはデータの長期保存には使えるかもしれないものの、データの保存や移動、特定のデータファイルの読み取り、消去、書き換え、再読み込み、計算といった従来の電子機器の機能を持たせることは不可能だと考えられてきました。しかし、私たちはDNAベースの技術がそれらを実現できることを実証しました。というのも、実際にそれを作ったからです」と話しました。