台湾民衆党の党首・柯文哲氏。党内での相次ぐスキャンダルにまみれ、自身の不正疑惑で逮捕された(現在は釈放されている、写真・Sawayasu Tsuji/GettyImages)

2024年8月31日夜、台湾政治を揺るがす大事件が発生した。首都台北の前市長で、第3党の台湾民衆党(以下、民衆党)主席の柯文哲氏が汚職容疑で逮捕されたのだ。

さらに、台湾検察は証拠隠滅のおそれがあるとして勾留を裁判所に申請するが、これは却下された。もっともまだ捜査段階であり、柯氏の犯罪が確定したわけではない。現時点ではあくまでも無罪である。しかし、今後の裁判によっては、柯氏は重罪に問われる可能性も否定できないと言われているのだ。

「第三極」の主役の逮捕劇

8月30日午前、台北地検と汚職を取り締まる法務部(法務省に相当)廉政署は、柯氏の自宅や事務所、民衆党本部などへ家宅捜索に入った。そして、柯氏を任意で取り調べたが、当初は協力的だったという。

ところが、取り調べが夜間に及ぶことがわかり、柯氏はそれまでの協力姿勢を一転。取り調べ継続を拒否し帰宅しようとした。重大事件と捉えている当局は、引き続き柯氏の取り調べを継続するため、その場で逮捕と勾留申請に踏み切ったのだった。

柯氏の弁護士は、逮捕手続きに問題がないか、裁判所に審査を申し立てる準備を進めているという。

柯氏逮捕のニュースが伝えられる少し前の8月26日、『美麗島電子報』が公表した世論調査によれば、民衆党に「反感」を抱く人の割合は65.3%を記録、柯氏に不信任を突きつけた人の割合は69.1%と、信任の23.4%を大きく引き離した。

民衆党と柯氏が捜査されるに至った理由はなんだったのか。そして2024年1月の立法委員(国会議員)選挙では「台湾政治のキャスティングボードを握った」とまで言われた民衆党は現在、台湾社会でどのような存在になっているのか。選挙後に発覚した事件も合わせてひもといていきたい。

1月の選挙戦で民衆党と党首の柯氏は、既存政党からの脱却を掲げ、とくに政治とカネの問題と住宅問題などに焦点を当てて支持を集めていた。

また、中国と一定の距離を置く民主進歩党(以下、民進党)を横目に、中国との関係性が問われている若者に人気のSNSアプリなどで積極的に情報を発信。取り組みが功を奏し、主要3党の中で若者への訴求が最も成功したと言われ、立法院(国会に相当)7議席を獲得した。

2014年に発生した、当時の馬英九政権の過度な親中姿勢に「ノー」を突きつけた「ひまわり学生運動」から10年が経ち、現在の台湾の若者にとって、中国とは初めから外国のような存在である。

とはいえ、対抗意識を丸出しにすべき存在でもなく、それよりも面白いことやビジネスにつながりそうなことは積極的に吸収したい、そんな若者世代を多く引き付けたと言われる。一部では中国国民党(以下、国民党)よりも中国寄りとさえ言われていた。

最大野党との共闘ばかりが目立った

中国との統一や独立ではなく、第3の道を模索し、是々非々で政策に向き合うと支持者が信じた民衆党。しかし、フタを開けてみると野党第1党の国民党との共闘・協力ばかりが目立っていた。このような状況に、民進党支持者らの間では「第2国民党」と揶揄する声まで聞かれたのだった。

しかし、現有政党に不満を持つ支持者らには、長く続いた民進党と政権への牽制として、当初の想定とは多少違っても耐え忍んできただろう。

しかし、そもそも政治とカネの問題とは無縁を掲げ、政党カラーも清廉潔白を表す「白」を政党カラーとして掲げ、多くの支持者を獲得した政党だ。根本的な部分で支持者らの信頼を裏切ってしまった状況に陥ってしまう。

民衆党のイメージが一気に悪化したと考えられる最初の事件が、台湾中部・新竹市の市長の高虹安氏の汚職事件だった。40歳の彼女は、2020年の立法委員選挙で当選、2022年の統一地方選で新竹市長に立候補し、当選した。

高氏には当初から汚職などのスキャンダル疑惑がくすぶっていた。しかし、2024年7月、汚職防止条例違反で有罪判決を受けたことで、民衆党支持者の間でも動揺が走った。

起訴内容によれば、立法委員在任中だった2020年2月から同年11月まで、公設秘書の給与や残業代を虚偽報告するよう秘書に指示。私的に流用していたという。これにより高氏を最後までかばい続けた柯氏と民衆党もイメージは大きく傷ついたのである。

民衆党の「いやしい」市長

さらに判決が出るまでにさまざまな情報がメディアにリークされ、高氏の発言も切り取られて繰り返し報じられた。それによって高氏は「いやしい汚職市長」のイメージが定着してしまう。

ちなみに立法院からだまし取った金額は46万3000台湾ドル(約215万円)としている。たったの9カ月の在職期間とはいえ、相当な額を搾取したことが明らかになった。

高氏は判決が出ると、控訴する考えを表明。同時に、民衆党を離党することを発表した。現在、法律により高氏は職務停止、副市長が代理市長として市政を担っている。仮に二審で逆転無罪となった場合は復職できるが、引き続き有罪となった場合は、市長職を完全に失うことになる。

しかし、民衆党のショックはこれでは終わらなかった。いわゆる政治献金問題が次に世間を揺るがしたのだ。

民衆党の支持者らが柯氏や同党を温かく見守っていたのは、大義ともいうべき「旧来型政治からの脱却」、そして「政治腐敗との決別」があったことは先に触れた。

また、二大政党に対する歯に衣着せぬスタンス、明瞭なワンフレーズによる主張は若者を中心とする支持拡大に寄与した。しかし、他者に対して高い道徳レベルを要求する政治姿勢が、ブーメランのように自分たちに跳ね返ってくる。

2024年8月12日、台湾の監察機関を司る監察院は、2024年1月の総統選について柯陣営が提出した政治献金の会計報告に虚偽記載の疑いがあると指摘。捜査員を柯陣営に派遣して調査を開始したと発表した。

これを受けて柯陣営側も調査を開始した。会計士が選挙中の広報などを担当した3つの会社に、約1817万台湾ドル(約8300万円)を分配。さらに申告漏れや誤記が17件あったと発表した。

「白い」政党から「どす黒い」政党へ

しかしその後、さまざまな点で記載が不自然なこと、また責任が会計士1人にあるかのように発表したことに疑問が出される。さらに会見を開くたびにぼろが出たことで、社会から集中砲火を浴びる状況が続いたのである。

そして8月29日、民衆党は記者会見を開き、総額1937万台湾ドル(約8800万円)分の申告漏れや誤りがあったと発表し、柯氏は頭を下げて陳謝。「小規模政党では1人の党員が複数の職務を兼ねる必要があり、チェックが行き届かなかった」と述べ、調査に協力するため3カ月間の離職を発表した。

ところが、総統選の得票に応じて支給される交付金で不動産を購入していたことが判明。支持者からは「自分たちの貴重な1票が搾取された」と思われた。クリーンがウリの白い政党はすっかりどす黒くなってしまったのである。

そして歴代の台北市長も慎重に対応していた土地開発問題に、柯氏が関わったのではと疑われているのが京華城事件である。

台北市の東部に、2019年頃まで球体の建築物がシンボリックな京華城ショッピングセンターが開業していた。

ここは日本統治時代に台湾人が創業した大手鉄鋼メーカーの工業用地で、場所が市内にあっては広大なことから、さまざまな用途が模索された土地だった。

1987年に、威京グループが13億台湾ドルで購入すると、工業利用ではなく多目的用途に変更しようと計画する。この頃の台湾は経済成長の真っただ中にあり、人々の購買力が大きく上昇していた。今日、台北百貨店のモデルともいわれる日系の「そごう」が進出した時期とも近い。

1989年、現在の国民党の長老の1人である吳伯雄氏が台北市長だった頃、台北市は威京グループに同地の3割を公共施設として市に寄付するように要求する。さらに土地は周辺の開発に合わせ商業利用のみとし、住宅には使用できないことを求めた。

不可解な「容積率引き上げ」

当初、威京グループは市の3割寄付の要求に強く反対していたが、後に総統となった陳水扁氏が市長になる頃には、3割の土地を「台北偶戲館」という公共施設として市に還元することを進める。

ちなみに偶戲とは人形劇のことであり、台湾の伝統的な人形劇を世界に紹介する施設だ。そして、京華城ショッピングセンターも建設され、台北市で初めて工業用地が商業用地に変更、さらに商業施設が建設された例となった。

一方、2011年になると、威京グループは京華城に高級住宅地の建設を計画する。臆測だが、台湾の住宅価格が高騰していた経済情勢と関係していると考えられる。そして威京側は土地利用区分を住宅用地に変更するよう市側に申請する。

台北市側は専門の調査チームを組織して土地利用変更について各種調査を開始した後、住宅地への変更は可能だが土地の3割に限ると結論付ける。

実のところ商業用地から住宅用地への変更も台湾史上初の例だったが、威京グループは市に容積率を560%に引き上げるようにも要求したのだった。しかし、当時の郝龍斌市長ら市側は威京グループの要求を拒否。監察院も加わって調査や意見する状況に陥ったのだった。

柯氏が市長になると、監察院は住宅用地としての容積率560%を認める。それを受け市側も威京側の要求を受け入れることとなった。

ところが2021年、市は容積率560%どころか840%への引き上げを認めたのだった。

2023年、現在の蒋万安市長が市議会で議員からの引き上げ疑惑の指摘に応え、専門調査チームを結成し調査を始める。翌年には台北地検が汚職などの容疑で捜査を開始し、柯氏も取り調べ対象者としてリストアップしたと伝えられた。

8月28日、地検は威京グループ主席の沈慶京氏と国民党籍の台北市議員である応暁薇氏を呼び出して取り調べ、翌29日に勾留を申し立てて面会を禁じると発表。そして31日、柯氏も逮捕、勾留申請が出されたが、9月1日深夜に申請は却下された。

幻だった「第3勢力」民衆党

8月29日の記者会見での柯氏の謝罪を受け、社会民主党所属で台北市議員の苗博雅氏は「『第3勢力』という看板は柯市の隠れ蓑ではない」とメディアで喝破した。

苗博雅氏は「ひまわり学生運動以降、二大政党とは一線を画した勢力として第3勢力という言葉が台湾政治に定着した。しかし、柯氏はその言葉を巧みに利用し、国民党も民進党もできないようなこと職をやってのけたのだ。もうたくさんだ」。

ちなみに逮捕前、一部メディアでは柯氏は台中市長選に打って出る可能性があると伝えられていた。現職の盧秀燕市長は、国民党にとって次期総統選での最有力候補と言われており、仮に打撃を与えられたら民進党に恩を売ることができる。

また、台中市は比較的若年層が多いとされる新しい都市であり、若年層に人気がある柯氏にとっては選挙を戦いやすいと考えられていたからだ。

一方で、民進党が徹底して非難しているのに比べ、国民党は党としては目立った動きを示していない。民衆党勢力の取り込みを狙っているのではないかとの分析もある。

しかし当局の捜査が複数の事件に及んでおり、イメージは最悪の状況にある。ここから挽回するのは至難の業というほかないだろう。

また、今後の展開によっては台湾政治史上、1、2を争うほどの汚職事件になる可能性もある。

(高橋 正成 : ジャーナリスト)