マレー半島、ジャングル縦走「夜行急行列車」の旅
トゥンパに到着したジョホールバールからの夜行列車(筆者撮影)
メインの路線は直通列車が減少
マレー鉄道の旅は古くから日本人にも人気であった。熱帯の車窓を眺めながら、半島を縦断する旅は、日本では体験できない「アジアならではの国際列車の旅」でもあった。
しかし、現在のマレー鉄道はインターシティに力を注ぎ、長距離列車は衰退傾向、いっぽうで、タイとは線路がつながっていない東部ルートは、知名度は低いが客車夜行が健在で、こちらはかつて日本の国鉄を走った客車夜行をも彷彿とさせた。路線網が充実してきた首都クアラルンプールの都市交通も併せて紹介したい。
マレー鉄道のメインになる路線はバンコクから線路がつながっているパダンブサールの国境駅から、ペナン島へのフェリーが出るバターワース、マレーシア第2の都市イポー、首都クアラルンプール、半島の先端になるジョホールバールを経てシンガポールに至るルートである。一般に「マレー鉄道の旅」というとこのルートを指し、以前からアジアで「国際列車の旅」ができると人気だった路線である。ディーゼル電気機関車の引く客車列車が、熱帯の景色のなかを長い客車を従えて運行、夜行列車には寝台車を多く連結した列車も行き交ったのである。
【写真】日本では体験できない「ジャングル縦走」マレー鉄道の旅はどんな様子?発展のテンポが速い首都クアラルンプールの都市交通も(38枚)
しかし、現在のこの路線は、大部分の区間が電化され近代化が果たされたものの、格安航空会社や高速バスの発達で、鉄道の役割は低下、国際列車を楽しむようなダイヤではなくなった。おもに力を入れているのは首都クアラルンプールからイポーへのインターシティとなった。
車両は、かつて日本製を含むディーゼル電気機関車が客車を牽引、食堂車を連結するなど汽車旅旅情あふれるもので、古くは冷房のない普通車では窓全開で旅を楽しむことができた。しかし、現在の車両は、一部非電化区間で機関車の引く客車列車が残っているものの、中国製や韓国製の電車が主役で、食堂車は売店となり、窓の開かない車両ばかり、近代化されたものの、旅情は希薄に感じる。冷房も日本人にはかなり強めである。マレー半島の旅のスタイルはすっかり変わってしまった。
東のルートには長編成の客車夜行が健在
いっぽう、マレー半島中東部を縦貫する路線では、昔ながらのマレー鉄道の旅情が味わえる。シンガポールの対岸となるマレーシア最南端のジョホールバールから、半島を北上し、タイとの国境近くのトゥンパに至る742kmである。昼間の列車に加えて長距離夜行列車が1日1往復あり、上りも下りもほぼ同時間帯、夜に出発し、終着には昼過ぎに到着、所要時間は16時間程となる。
この夜行列車は、カナダ製ディーゼル電気機関車が普通車5両、1等車1両、寝台車6両、食堂車1両、電源荷物車1両の14両編成を引くという堂々としたものだ。日本では客車夜行は絶滅してしまったが、かつての寝台特急ブルートレイン、あるいは夜行急行客車を思い起こさせる列車で、日本の鉄道ファンにもおすすめである。
しかし、筆者はこの列車に始発から終着まで乗り通したわけではない。ジョホールバールからトゥンパまでの742kmを途中のクアラリピスという小さな町で1泊し、2日をかけ、この夜行列車を含め3つの列車でたどった。理由は、夜行列車だけで通り過ぎてしまうと車窓が楽しめないからで、昼間に走る列車ばかりを選んだのである。このルートは熱帯ジャングルを行く車窓が魅力である。
前夜はジョホールバールに宿泊し、まずは朝のグマス行きのディーゼル電気機関車牽引の客車列車で北上した。この区間はクアラルンプールへ向かうのと同じルートで、現在は非電化区間であるが、電化工事中である。終着のグマスではクアラルンプール方面のバターワース行き電車と、クアラリピス行きディーゼルカーが接続する。バターワース行きは中国製電車、クアラリピス行きディーゼルカーも中国製で、エンジン発電モーター駆動の最新式である。
クアラリピスはマレー半島の中心よりやや北に位置する小さな街、ここで宿泊し、翌早朝、ジョホールバールからやってきた夜行列車に乗車した。
単線区間を、夜を徹してやってきた列車ではあるが、定刻に到着、多くの乗客があり、夜行列車としてだけでなく、昼間の利用も多かった。東の空が白みはじめ、車窓には熱帯のジャングルが広がり、列車は何度も小さな川を渡った。利用者は思いのほか多く、12両の客車はざっと70%程の乗車率で、小さな町々で客を降ろしては北へ向かった。
外国人観光客はわずかで、ほとんどが地元客である。単線なので反対方向の列車とは駅で行き違いになるが、昼間の列車はすべて中国製のエンジン発電モーター駆動の車両であった。終着駅トゥンパはコタバルという大きな街の郊外にある。実質的にはコタバルがマレーシア東海岸最北のタイと接する街となる。終着近くの沿線風景もどことなくタイに似ていた。
格安な運賃も嬉しい
ここのところ円安などから日本人の海外旅行熱が冷めているが、マレーシアは物価が安く旅行しやすかった。鉄道運賃はとくに安く、ジョホールバール―グマス間21リンギット、グマス―クアラリピス間9リンギット、そしてクアラリピス―トゥンパ間24リンギット、マレーシア最南端からタイとの国境近くの街までの運賃は合計54リンギット、日本円で約1800円である。この間の距離は742kmあるので、東京からだと岡山くらいまでの距離となり、いかに運賃が安いかがわかるだろう。マレーシアでは鉄道が上下分離方式となったものの、実質国鉄であるので、一般物価以上に安価である。
現在の日本では、円安などから「海外はどこへ行っても割高」というような風潮になっているが、それは誤りで、現在でもお得な国は数多くある。
クアラルンプールの都市交通にも触れておこう。東南アジア諸都市はバンコクといい、シンガポールといい、都市内交通がかなり充実してきたが、クアラルンプールも例外ではない。
現在は都市内鉄道が4路線、モノレールが1路線、高架を行くバス(BRT)が1路線となった。鉄道4路線のうち1路線は全線地上の有人運転ながら、他の3路線は無人運転で、中心部は地下区間である。4路線がクアラルンプール都市圏を縦横に行き交うようになり、都市内の観光も鉄道とモノレールだけで事足りるようになった。鉄道路線はさらに1路線が建設中で2025年に開業予定である。車両は中国、ドイツ、韓国製で、近年は中国製車両の比率が高くなった。モノレール建設は日本技術であったが、車両は自国生産で、全般的に日本の影は薄いといわざるを得ない。
クアラルンプール都市交通の進化は路線数の増加だけではない。実は当初は長きにわたって2路線のみの運行で、スターLRTとプトラLRTの2社が運行、2社の運賃体系は別で、接続駅のマスジットジャメ駅では改札口も異なり、地上にあるスターLRTの駅から、地下駅のプトラLRTへ、一旦地上を歩いての接続で、切符も別であった。
アジアの鉄道は発展のテンポが速い
しかし、都市鉄道だけで4路線となった現在は、全路線がラピドKLという組織の一括運営となり、BRTを含めて通し運賃となったのである。前述の接続駅は、地上ホームから地下ホームへ、改札内で乗り換えができる連絡通路が設けられた。
開業時2両編成だったモノレールは、中間車2両を組み込んで4両編成になって混雑解消傾向となった。ただしモノレールだけは改札などが別で、運賃も別のままである。
日本とマレーシアを直接比較してもあまり意味はないであろう。しかし、日本では都市交通のワンマン運転はなかなか進まず、近年に開通した鉄道路線でも、ゆりかもめのようなゴムタイヤ駆動の交通機関以外に無人運転はない。東京地下鉄と都営地下鉄の経営統合もできないままである。その点、アジア諸都市は、発展のテンポが速いと感じる。
【写真】日本では体験できない「ジャングル縦走」マレー鉄道の旅はどんな様子?発展のテンポが速い首都クアラルンプールの都市交通も(38枚)
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(谷川 一巳 : 交通ライター)