クルマ界の"カルトイベント"が公式化の意味
フォルクスワーゲンの聖地、ウォルフスブルグに欧州全土から700台のGTIが集結(写真:Volkswagen)
クルマの世界で“カルトイベント”と呼ばれるGTI Fanfest (GTIファンフェスト)が、2024年7月最後の週末にドイツで開催された。
今回のイベントで注目すべきは、1982年の初回以来、フォルクスワーゲン「ゴルフGTI」オーナーの有志によって開かれていたイベントが、今回メーカーの主催となったこと。
フォルクスワーゲンは、なぜ”メーカー公式“としたのだろうか。実は、同社にとって重要な意味があるようだ。
ゴルフGTIは、日本でも多くのファンを持つ。以前の記事でも触れたように、ノーマルと見かけはほぼ同じながら、パワフルなエンジンを搭載するゴルフで、1976年に初代モデルを発売している。
聖地・ウォルフスブルグにて
初代ゴルフGTIの開発時、当時の経営陣は、特殊なコンセプトゆえ「たいして売れないだろう」と考えていたようだが、アウトバーンでは、大排気量のメルセデス・ベンツやBMW、さらにポルシェに匹敵する性能ぶりから発売と同時にアイコン的な存在となり、ドイツのみならず世界中で記録的なセールスを達成した。
会場でもオリジナルの状態を保った初代ゴルフGTIの姿を多数、見かけた(写真:Volkswagen)
しかしながら、日本に初代ゴルフGTIは正規輸入されなかった。当時はまだ輸入車自体が高価だったから、「価格が高くなりすぎる」といった理由があったのではないかと推測する。それゆえ、日本のクルマ好きにとって、初代GTIは強い憧れの対象だった。
2024年のGTIファンフェストは、ハノーファーから90kmほどの場所にある、ウォルフスブルグで開催された。フォルクスワーゲン「ビートル」に詳しい人ならわかると思うが、ボンネットオープナーにそなわっていた川と城壁、その上に狼が載ったエンブレムは、同市の紋章だ。
【写真】総勢700台!歴代GTIで埋め尽くされた現地の熱気(97枚)
村落が発展したのでなく、フォルクスワーゲンが工場を設立するため1938年に作られた、人工的な工業都市である。工場だけでなく、フォルクスワーゲン本社もここに置かれ、大きく発展してきた。
今回のGTIファンフェストは、その隣にあるフォルクスワーゲン・アレーナ(アリーナ)を取り囲むように大きな規模で開催された。
「GとTとIという3つのアルファベットは、自動車界では伝説的ともいえる組み合わせです」と、談話を発表しているのは、フォルクスワーゲンのトマス・シェファーCEO。
GTIの3文字を強調した新型車の展示コーナー(写真:Volkswagen)
「50年前に最初のゴルフが、ここウォルフスブルグの工場でラインオフしたこともあり、GTIのコミュニティ、ウォルフスブルグ、ゴルフの3つの組み合わせは、完璧といえるものではないでしょうか」
「愛されるブランドに戻りたい」
実際に会場を訪れてみると、人、人、人……それに、ゴルフ、ゴルフ、ゴルフ……といった具合。
初代から最新の第8世代(ゴルフ8)までのゴルフGTIを中心に、4輪駆動の高性能モデルである「ゴルフR」や、モータースポーツ関係車両、ショップやオーナーの手になる改造車、そこに「ポロ」や「シロッコ」や「ルポ」などのスポーティなフォルクスワーゲンのハッチバックが混じる。
主催したフォルクスワーゲン本社によると、来場登録をした車両は700台。実際は2500台が訪れたそうで、会場とその周辺の道はGTIで埋め尽くされていた。
一部「ゴルフR」などもいるが、ほとんどが「GTI」のエンブレムのついたフォルクスワーゲン車(写真:Volkswagen)
日本なら700万円を超える個体があるミントコンディションの初代や2代目のゴルフGTIも、数えきれないほどである。
「GTIがこれだけ人気を集めたのは、“パーフェクトなクルマ”だったからだと思っています。パーフェクトとは、たとえば学生が乗っても、ビジネスマンが乗っても、お金持ちが乗っても似合う。誰にでも似合うし、好きになってもらえるという意味です」
会場で話を聞いた際、シェファーCEOはそう語った。いまフォルクスワーゲンは、シェファーCEO指揮の下「LOVE BRAND」なるスローガンを掲げ、ブランドイメージの刷新を図っている。「愛されるブランドに戻りたい」と、私は説明を受けたことがある。
実際、会場の一画には「ID.GTI」も飾られていた。2023年9月にミュンヘンで開催された自動車ショー、「IAA MOBILITY 2023」でお披露目された、電動化時代のGTIという触れ込みのコンセプトモデルだ。こういうモデルが展示されるところが、メーカー主催イベントならでは。
コンセプトカーが展示される一方で、こうした改造車がフィーチャーされるのがおもしろい(写真:Volkswagen)
「会場設定や予算を含めて、今回は私たちが主催しているため、よりたくさんのクルマを見せることができました」
フォルクスワーゲン取締役会メンバーで、乗用車部門のセールス・マーケティングとアフターセールスを担当するマルティン・ザンダース氏は、開催の背景について聞いたとき、上記のように答えた。
加えて、2025年に発表を計画しているコンパクトなBEV(バッテリー駆動EV)のコンセプトモデル「ID.2 all(アイディーツーオール)」や、6月の「ゴルフ50周年」記念イベントでも公開した、よりスポーティな「ゴルフGTI クラブスポーツ」や、パワーの上がった「ゴルフR」も、来場者の注目を集めていた。
300馬力に出力を高めたゴルフGTIクラブスポーツ(写真:Volkswagen)
「私たちのこれからについても理解を深めていただける点が、ファン主催からメーカー主催へと変わった、最大の特徴ではないでしょうか」。ザンダース氏はそう付け加えた。
とはいっても、GTIファンフェストの主役は来場者自身。駐車場を歴代ゴルフGTIとフォルクスワーゲンのスポーツモデルが埋め尽くした光景は、圧巻だ。
イギリスやベラルーシから自走でくるファンも
来場者に話を聞くと、ドイツからが圧倒的に多かったが、イギリス(次に多かった)、スウェーデン、スペイン、さらにベラルーシから自走で参加したファンもいた。共通していたのは、「長い間、乗っている」という、ドライバーとクルマとの歴史の長さ。
前回までGTIトレッフェン(ミーティングの意)と呼ばれたファンミーティングは、オーストリアの保養地、ベルターゼーで開催されていた。そこに人が集まりすぎて近隣から苦情が出るようになっていたと、聞いたことがある。
「なにが楽しいって、同好の士による情報交換です」。GTIトレッフェンの時代から参加しているドイツ人のGTIオーナーは、イベントに参加する理由を教えてくれた。
おもしろいのは、オリジナルの状態を保っていたGTIはごく限られていて、だいたい少しずつ手が入っていたこと。そこが日本と違う。モータースポーツ用にバリバリに改造したモデルも少なくないし、中にはピックアップボディや6ドアのリムジンに改造したクルマもあった。
6ドアリムジン化にあわせてナンバーを「GOOOLF」と「O」を増やす小ワザも(写真:Volkswagen)
「おもしろいイベントで、私は大好きですよ」。フォルクスワーゲン乗用車部門のヘッドオブデザインを務めているアンドレアス・ミント氏は、今年の会場でそう感想を述べていた。
「デザイナーとして興味を引かれるのは、改造ゴルフです。クリエイティブじゃないですか。私は会場を観て回るのが大好きですよ」。先述のID.GTIを準備しているミント氏は語る。
「公式」として続くことを願う
2025年も同様のイベントを同じ場所で開催するのだろうか。そのことを前出のザンダース氏に確認すると、「まだ決まっていない」との返事だった。
「評判を聞いて、収支をチェックして、内容的に次も同じようにやる価値があるか、これから考えていきます」と言う。メーカーとしては正しい見解であるが、イベントがマーケティングのツールになってしまっては、長年のファンが落胆するだろう。
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少なくとも2024年は、メーカーの宣伝色が強かったとはいえ「初めて見るクルマが多い」(参加者)と評判も悪くなく、成功だったのではないかと私は感じた。
ただ、来年も同じクルマが並ぶようでは芸がなく、メーカーとしての展示に工夫が必要になってくる。何よりも、ファンが楽しめる場でなければならない。大変だろうけれど、ひとりのGTIファンとして、期待して待っていたい。
【写真】改造車も多数!GTIファンフェストのディープな世界(97枚)
(小川 フミオ : モータージャーナリスト)