ウーバーイーツの配達とスキマバイトで暮らしているシンゴさん。スキマバイトを増やしたいが、現在はアカウントの利用停止中だという。配達の仕事に比重を置かざるを得ないため、すっかり日焼けしてしまった(筆者撮影)

現代の日本は、非正規雇用の拡大により、所得格差が急速に広がっている。そこにあるのは、いったん貧困のワナに陥ると抜け出すことが困難な「貧困強制社会」である。本連載では「ボクらの貧困」、つまり男性の貧困の個別ケースにフォーカスしてリポートしていく。

ウーバーの配達とスキマバイトで生計を立てる

シンゴさん(仮名、52歳)と出会ったのは、日中の気温が35度に達しようとするある夏の日。市民団体が生活困窮者に食料を無料で配布している公園だった。ウーバーイーツの配達とスキマバイトで生計を立てているというシンゴさんはおにぎりやクラッカー、バナナなどのセットを受け取ると、自転車で公園を出ていった。

ウーバーの配達に出かけたのだ。小一時間ほどで戻ってくると、カーキ色のTシャツが大量の汗で色合いが変わっていた。面倒見のよいシンゴさんはその後は公園にとどまると、来場者の生活相談にのっている。真夏の配達は熱中症が心配ですねと話しかけると、シンゴさんはこう答えた。

「本当はもっとスキマバイトを増やしたいんです。でも、今、仕事をキャンセルしたペナルティでアプリのアカウントが利用できないんですよ」

シンゴさんはもともとはウーバーの配達だけをしていた。しかし、報酬体系の変更のせいで収入が減る一方だったのでスキマバイトとの掛け持ちを始めた。ところが、半年ほど前、配達からの帰り道に自転車が転倒して鎖骨を骨折。その後、肩の痛みからいったんマッチングしたスキマバイトの仕事をキャンセルすることが続いてしまったのだという。

シンゴさんが利用しているスキマバイトのアプリは「タイミー」。ここでは働き手が仕事を直前にキャンセルすると、原則理由に関係なくポイントが課される。ポイントは「24時間前4ポイント」「4時間前7ポイント」など始業時刻に近いキャンセルほど高く、8ポイントに達するとペナルティとして2週間アプリを使うことができなくなる。

「引っ越しとか、荷物搬入とか体を使う仕事に応募することが多いんですが、前日になって痛みがぶり返してしまって……。それ以外に風邪で休んだこともあったので」

ちなみにウーバーイーツ配達員の業務中の事故について説明すると、サービス開始当初は個人事業主だという理由で基本的に補償はなかった。しかし、歩行者にけがを負わせたり、配達員が死亡したりといった事故が続発。労働組合である「ウーバーイーツユニオン」が声を上げたこともあり、現在は一定の傷害補償制度などが提供されている。

タイミーの仕組みへの「不満」

ただシンゴさんは「自分は帰宅途中の事故で(対象となるか)微妙だったので、問い合わせはしませんでした」。結局医療費はすべて自費で賄った。

約4万円の家賃を含めると毎月11万円は必要だというシンゴさん。タイミーの利用停止中はたとえ猛暑日続きでも配達に精を出すしかないというわけだ。


ウーバーの配達で使っている自転車。夜間の配達からの帰り道、縁石に乗り上げて転倒したときの治療費や修理代はすべて自費で賄ったという(筆者撮影)

一方でシンゴさんは、タイミーの仕組みには不満もあるという。というのは、企業側からの一方的なドタキャンも少なくないからだ。この1年で10回ほど、前日になって「企業都合のキャンセルです」という内容のメールを受け取り、予定していた仕事がなくなった。

シンゴさんは自分の推測なのですがと断りつつ、次のように語る。「募集要項によく『学生さん、女性歓迎』って書いてあるんです。会社は自分らのような中年をとりあえずキープ。若者や女性が集まったら、切り捨てているんじゃないでしょうか」。

突然キャンセルされて困るのは企業側だけではない。シンゴさんは「こっちも予定を空けていますし、収入も当てにしています。企業都合ならせめて賃金の半分は補償してほしい。自分らだけがぺナルティを課されるのは不公平です」と訴える。

また、約束の勤務時間に応じた賃金が払われないこともあったという。

荷物搬入の仕事で、勤務は午前9時〜午後7時だった。しかし、実際には作業は午後4時に終了。いわゆる「早上がり」である。支払われた賃金は実働分のみで、金額は当初見込みの6割にとどまったという。このような場合、法律は原則平均賃金の60%以上を休業手当として支払うよう定めている。手当の未払いは法令違反の可能性があるが、私がさらに驚いたのは、このときの雇用関係の複雑さだ。

シンゴさんによると、この日はある運送会社の指示のもとで働いたが、雇用主は別の派遣会社。運送会社が派遣会社に労働者の派遣を依頼、派遣会社がタイミー経由でシンゴさんを雇ったのだ。シンゴさんが運送会社の社員に給料について尋ねたところ「派遣会社には人件費は満額払ってるから、もらえるんじゃない?」と返されたという。

派遣会社が賃金の一部をピンハネしたのだろうか。そうでなくとも雇用関係が複雑になると、責任の所在はあいまいになりがちだ。タイミーに確認したのかと尋ねると、シンゴさんはこう言って首を横に振った。「タイミーの怒りを買いたくないので聞いてません」。

私は最近、スキマバイトの問題を取材する機会が増えている。企業側のドタキャンや休業手当の未払いという事例はほかの利用者からも聞いた。ある人は「タイミーに訴えたら休業手当は払われました。でも、その後、その会社からの募集はピタリとなくなりました」と話していたので、シンゴさんの懸念は杞憂とはいえない。

シンゴさんは自身の家族について多くを語らなかった。ただ体罰が当たり前の家庭で、高校卒業後は家出同然に実家を離れた。一時は正社員として働くも、法律が規制緩和されて派遣で働ける職種が増えた後は派遣労働に就くように。

「最低賃金同然の時給が多くて、深夜割増が払われなかったこともありました。派遣のリーダーも任されましたが、手当をもらったことはないですね」とシンゴさん。寮付き派遣では雇い止めと同時に住まいを追い出され、ネットカフェ暮らしを余儀なくされた。

この間、2度ほど生活保護を利用して生活を立て直した。しかし、申請のたびに自治体はシンゴさんの意思に反し、親族に支援ができないかを確認する「扶養照会」を強行。そのせいで長年絶縁していた兄弟が突然自宅に現れた。シンゴさんは生活保護は二度と利用しないと決めたという。

最後のセーフティネットを奪われ、シンゴさんは次第に追いつめられる。まずガス料金が払えず、利用をやめた。食事は1日1食にしたが、水だけでしのぐこともあり、1カ月で体重が7キロ減った。治療費を工面できないので前歯は欠けたままだ。

派遣を含めた非正規労働の給料の支払いは翌月以降であることが多い。その日の食費にも事欠いていたシンゴさんがウーバーの配達を始めたのは、報酬が週払いだったからでもある。さらに食料配布の会場で同じく貧困状態にある人と話をする中で「スキマバイトはその日にお金をもらえる」と知り、飛びついた。給料の即日払いはスキマバイトの売りのひとつだ。

「一度始めちゃうとやめられない地獄」

スキマバイトで生計を立て始めると元には戻れない。その仕組みに不信感を抱きながらも従わざるを得ない日々を、シンゴさんは自嘲気味にこう表現した。「一度始めちゃうとやめられない地獄。まあ自己責任だといわれるでしょうが」。


市民団体が無料で配った食料の一部。こうした現場で生活困窮状態にある人たち同士が、給料が即日払いのスキマバイトについて情報をやりとりしているのだという(筆者撮影)

話は変わるが、国会中継を見るのが趣味だというシンゴさんとの話は楽しく、興味深かった。ただ一つだけ、聞き流せないことがあった。どのような公助が必要かと尋ねたとき、シンゴさんが「外人に10万円を渡す前にまず日本人を助けてほしい」と言ったのだ。

ちなみに「外人」には「仲間以外の人」などの意味もあるので、私たち記者は「外国人」という言葉を使う。そのうえで外人とは?と問うと、「埼玉のクルド人」だという。シンゴさんは「クルド人はみんな国から毎月1人10万円をもらってるんですよね。『4人家族で40万円』だと、ネットで何人もの人が言っています」と訴えた。

結論から言おう。これらは悪質なデマである。たしかに日本には、クルド人に限らず生活に困窮した難民申請者に対し、国が「保護費」を支給する制度がある。金額は、生活費が単身者で1日2400円、住居費は上限4万円。「1人10万円」の根拠はおそらくこのあたりにあるのだろう。

しかし、保護費を受給できるのは原則初回の難民申請者のみ。予算規模も諸外国に比べて乏しく、受給者数は難民申請者の1割に満たないとされる。また、家族で受給したとしても、2人目以降は1日1600円(12歳未満は同1200円)なので、「4人家族で40万円」はありえない。

しかし、SNSなどに目を転じると、シンゴさんが言う通りの言説があふれかえっている。デマを真に受けた「困窮している日本人が哀れ」「クルド人は公金チューチュー」といった書き込みも目に付く。1923年の関東大震災の直後、根拠のないデマに踊らされた日本人がすさまじい数の朝鮮人や中国人を虐殺した惨事から、日本の社会は何も変わっていないのだと思うと、ぞっとした。

認定NPO法人難民支援協会広報部は「日本は難民条約に加盟しています。難民申請者の生活保障含めて、難民の保護と受け入れは国の義務であり責務でもあります」と説明。保護費受給者に批判の矛先を向けること自体が筋違いなのだ。

スキマバイトがなかったら路上生活になる

再び話をスキマバイトに戻したい。


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企業によるドタキャンなど働き手ばかりがしわ寄せを食う仕組みは早急に改善すべきだが、私自身は、学生や安定した本業のある人などはスキマバイトのアプリを利用すればいいと思っている。ただ生活に困窮した人がこのような不安定雇用に頼らざるを得ない環境は望ましいとはいいがたい。原則禁止されている日雇い派遣と同程度の規制は必要だろう。私がそう伝えると、シンゴさんから食い気味にこう返された。

「スキマバイトができなくなるのは困ります。間違いなく路上生活になります」

ウーバーイーツの配達のように短時間の単発の仕事を請け負うことを「ギグワーク」という。スキマバイトは同じく単発、短時間契約が前提である「オンコール労働」といえるだろう。社会保障の適用除外となりがちなこうした働かせ方に対して、アメリカやEU諸国では労働者の権利を守る方向での規制が進む。労働者自身による組織化も活発だ。

シンゴさんの切実な反論に、私は返す言葉がなかった。一方でギグワークやオンコール労働を「好きな時間に好きなだけ働ける」と無批判に受け入れるだけの周回遅れの社会に未来はないとも思う。

本連載「ボクらは『貧困強制社会』を生きている」では生活苦でお悩みの男性の方からの情報・相談をお待ちしております(詳細は個別に取材させていただきます)。こちらのフォームにご記入ください。

(藤田 和恵 : ジャーナリスト)