当事者だけでなくJリーグ全体にとって、大きな転換点となるかもしれない。

 オーストリアに本社を置くレッドブル・ゲーエムベーハー(以下レッドブル)とNTT東日本は、J3リーグの大宮アルディージャとWEリーグの大宮アルディージャVENTUSを運営するエヌ・ティ・ティ・スポーツコミュニティ株式会社が発行する株式の100パーセントを譲渡する契約を締結した。

 エヌ・ティ・ティ・スポーツコミュニティ株式会社はNTT東日本の100パーセント子会社で、9月に予定される株式譲渡とともにレッドブルへ経営権が移る、ということである。NTT東日本はスポンサー企業のひとつとして、今後もクラブをバックアップしていく。


大宮アルディージャはどのように生まれ変わるのか? photo by AFLO

 Jリーグは参加するクラブの資格要件として、外資によるクラブの保有を長く制限してきた。クラブが商品のように売買されたり、オーナーの意向でチーム編成が変わったり、ホームタウンが置き去りにされるような事態を、予防するためだったのだろう。

 しかし、30年以上の歴史の積み重ねを経て、各クラブが地域に根ざし、クラブごとの「色」も見えている。外国資本が参入しても好き勝手なことはできない、そんなことをしたら受け入れられない、という空気感が根づいてきた。さらには、国際的な競争力を高めるための資本の増強という意味合いも含めて、数年前から外国資本のクラブ保有が認められるようになっている。

 大宮は1999年のJ2創設に合わせてJリーグに加盟し、2005年からJ1へ戦いの場を移した。2014年まで10シーズンにわたってJ1で戦い続け、2015年にJ2へ降格するものの1年でJ1へ復帰する。翌2016年は家長昭博(川崎フロンターレ)、江坂任(蔚山HD FC)、元セルビア代表FWドラガン・ムルジャらを擁し、クラブ史上最高位の5位に食い込んだ。

 しかし、家長が移籍した翌2017年は最下位に終わり、2018年からJ2で戦うこととなる。クラブのOBで鹿島アントラーズをJ1制覇へ導いた石井正忠、横浜FCとV・ファーレン長崎をJ1昇格へ導いた高木琢也らが監督を務めたが、J1昇格に届かない。2020年以降はふたケタ順位が定位置となり、2023年は22チーム中21位でJ3へ降格してしまった。

レッドブルが評価した大宮のポテンシャル】

 2024年7月に開示されたクラブ経営情報によると、大宮の2023年度の売上げは27億8800万円となっている。リーグ全体では21番目になるが、2018年の39億7千万円強からは大幅に減少している。

 熱血漢の長澤徹監督に指揮権を委ねた今シーズンは、「J3優勝でのJ2復帰」を目標に掲げた。23節終了現在16勝5分2敗の勝ち点53で首位を快走しているが、現在の経営規模ではJ2昇格やJ1復帰を果たせたとしても、J1定着やタイトル獲得には疑問符がつく。

 2023年度の売上高の上位を見ると、浦和レッズは103億8400万円、川崎フロンターレは79億6300万円、ヴィッセル神戸は65億7400万円を弾き出す。売上高と順位は必ずしも比例しないが、それなりの資金を投じなければJ1で上位に食い込むのは難しい。

 大宮は地域の企業や学校、パートナーと連携し、人や組織の成長を循環させ、持続的なものとしていく『成長循環型クラブ』を標榜している。現在の経営規模でも、クラブが目指す未来図を実現することは可能かもしれない。さらに言えば、トップチームが戦うカテゴリーは、必ずしもJ1でなくてもいいのかもしれない。

 ここで、レッドブルが登場してくる。

 世界的な飲料メーカーにしてサッカーネットワークを構築している彼らは、ドイツ・ブンデスリーガのRBライプツィヒ、オーストリア・ブンデスリーガのレッドブル・ザルツブルク、メジャーリーグサッカー(MLS)のニューヨーク・レッドブルズ、ブラジルのレッドブル・ブラガンチーノに続いて、未踏のエリアとしてアジアでクラブを保有したいとの意向を持っていた。韓国やシンガポールなども候補に上がるなかで、2022年春から円安が続いていることもあり、日本のJリーグに、大宮に絞り込まれたのである。

 レッドブルは株式譲渡に関する共同声明で、Jリーグと大宮のポテンシャルをこう評価している。

Jリーグは非常に競争力のあるサッカーリーグであり、年々国際的な認知度を高めているなかで、26年の歴史を積み重ねてきた大宮アルディージャの存在感は特別なものであり、また多くの育成出身選手をトップリーグに輩出してきた実績は、レッドブルサッカーネットワークの一員となるのにふさわしいクラブであると判断しました。WEリーグに参戦している女子チームについても、世界で活躍できる能力をもった選手たちが多く在籍しており、大きな可能性を感じています」

【原博実フットボール本部長の説明によると...】

 レッドブルは、大宮をどのように成長させていくのか。そのモデルケースとなるのが、ドイツのRBライプツィヒだ。

 2009年の買収時点は国内5部だったクラブを、8シーズンでブンデスリーガまでステップアップさせた。しかも、昇格1シーズン目から2位に食い込み、2017-18シーズンの6位を除いて毎シーズン5位以内でフィニッシュしている。

 レッドブルのオリバー・ミンツラフ代表は、「将来的には大宮を、日本サッカー界において名門クラブのひとつにするために貢献したい」と話す。J3からJ2、J2からJ1という階段に止まらず、ACL制覇からクラブワールドカップ出場まで見据えているのかもしれない。そのために、投資をしていくのだろう。

 8月6日14時発表の共同声明リリースに先立って、レッドブルはトップチームとVENTUSの選手・スタッフをはじめとする全スタッフを対象に説明会を開いた。アルディージャの原博実フットボール本部長が言う。

「今回のプロジェクトに関わったレッドブル側の方々が、現場のスタッフと選手たちに直接挨拶をしたい、そのあとにリリースを出したい、ということでした。6日はVENTUSがオフで、育成のスタッフは夏休みでいろいろなところへ行っているので、クラブハウスに来られる人は来て、来られない人はオンラインで参加してもらいました。トップチームはJ3のシーズン中ですけれど、いきなり違う監督が来るとかいうことは当然なくて、現体制のままやってもらいます、という話がまずありました」

 レッドブルという企業についての説明や、「なぜ大宮を選んだのか」についての説明もあった。原本部長が続ける。

「大宮というクラブの地域性とか、クラブハウスやグラウンドなどの施設の価値とか、育成から多くの選手をトップチームに輩出しているとか、女子チームを持っているとか、いろいろな点を評価して選びました、という話がありました。これから一緒にやっていきましょうと、ポジティブな内容でしたね」

レッドブルの傘下となる最大のメリット】

 説明会では、質問を受けつける時間もあったという。スマートフォンでQRコードを読み込み、質問を書き込む方式で、トップチームやVENTUSの選手からも多くの質問が飛んだ。

 クラブの名称やロゴ、エンブレムなどのプロパティをどうするのかは、「これから詰めていくことになる」(原本部長)と言う。大宮のチームカラーは「オレンジ」で、レッドブルはその名とおり「赤」の印象が強いが、レッドブル側は「これまでクラブがステークホルダーと育んできたチーム名やクラブカラーなどをリスペクトする」と明言している。

 ニューヨーク・レッドブルズやレッドブル・ブラガンチーノでは、買収後のリブランディングを地元主導で進めていったとの情報もある。レッドブル側の意向を一方的に押しつけられる、ということはなさそうだ。

 レッドブルのサッカーネットワークに加わる大きなメリットは、国際的な人的交流だろう。ヨーロッパとブラジル、それにアメリカとのパイプが生まれるのは、クラブはもちろん所属選手の可能性を拡げることになる。

 原本部長も期待を口にする。

「選手からも質問が出ていましたけれど、いろいろなことが考えられます。トップだけでなくアカデミーのチームも行き来をして試合をする。トップチームやVENTUSの選手の移籍先になる。ライプツィヒが関係を持つクラブを、移籍先として紹介してもらう。アカデミーの選手の留学先になる、といったことです。レッドブルは育成にも力を入れていて、ブラガンチーノにはものすごい施設を造っています。それも見せてもらいました」

 人的交流は双方向で進められていくだろう。日本人選手が移籍するだけでなく、ライプツィヒなどでプレーする選手を補強する、ということも可能なはずだ。レッドブル側が持つネットワークやデータベースを活用し、グローバルなつながりを深めていくことが期待される。

【黒船の来襲はどんな影響を及ぼすのか?】

 大宮のトップチームには、アカデミー出身の選手が多い。しかも、有望株が揃っている。昨シーズン途中に高校3年生でトップチームデビューを飾ったDFの市原吏音(りおん)は、1月のアジアカップでトレーニングパートナーに選ばれた。U-19日本代表にも選出されている。

 また、来シーズンのトップチーム昇格が決まっている磯粼麻玖(まーく)は、192cmセンチのサイズを持つ大型ストライカーだ。彼だけでなくU-15やU-16などの代表チームに、大宮はかねてから選手を送り込んでいる。

 一方で、五輪代表や日本代表までステップアップしていったアカデミー出身の選手は、これまでのところ少数派となっている。ユースからトップチームへ昇格した奥抜侃志(かんじ)が、ドイツのクラブへ移籍後に日本代表へ選出されたのが唯一のケースだ。18歳から20歳の選手の成長速度を上げていくことは、クラブが長く直面してきた課題と言っていい。

 トップチーム昇格後の選手たちがレッドブルのネットワークを活用して経験を積み、国際舞台で戦える選手になっていけば──クラブはひとつ上のレベルへ到達することができるだろう。

 外資の経営参画は、大宮に限ったことではない。株式譲渡の比率はさまざまだが、複数のクラブが検討していると言われている。

 いずれにせよ、レッドブルという"黒船"の来襲は、Jリーグに、日本のサッカーに、特大のインパクトを与えていくだろう。クラブ経営の新たなモデルケースとして、大宮アルディージャはピッチの内外で注目を集めていく。