日本人も多く出場した韓国の歌合戦番組『日韓歌王戦』。日本語の歌に涙する観客も

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『日韓歌王戦』はケーブルテレビにもかかわらず平均視聴率10.1%、最高視聴率11%を記録した(画像:『日韓歌王戦』より)

「お願いしまーす!」

旅行会社のテレビCMに違和感なく日本語が入る。こんなことがかつてあっただろうか。最近の韓国には公然と「日本」があふれている。

画期的だったのはこの4月から5週間にわたりケーブルテレビMBNで放映された『日韓歌王戦』(韓国では韓日歌王戦。日本ではWOWWOWで放映)だ。オーディションを勝ち抜いた韓国と日本の歌手7人が歌で競い合う日韓戦で、名の知られた韓国歌手に対し、日本側はほとんどが無名。

「日本の歌は歌詞を韓国語に直して歌うのだろうし、不利だなあ」。そう思って観ると、日本の歌が日本語のままで流れて面食らった。日本の歌には韓国語の字幕がついていた。

2018年時点でも日本語歌詞の歌は放送NG

日本の大衆文化が禁止されていた韓国では1998年から段階を経て、2004年に完全に開放されたものの、自主規制と称して地上波などで日本の歌が日本語で流れることはなかった。2018年にも宮脇さくらなど日本人メンバーがいたK-POPガールズグループ「IZ*ONE」の『好きになっちゃうだろう?』も日本語の歌詞が入っているという理由から地上波での放映は見送られた。

ところが、『日韓歌王戦』では、「ギンギラギンにさりげなく」(近藤真彦)、「雪の華」(中島美嘉)、「道化師のソネット」(さだまさし)など往年の日本のヒット曲や名曲が次々と日本語のまま歌われて、大反響を呼んだ。

広島のローカルアイドルユニット「SPL∞ASH」に所属する住田愛子さんが歌った『ギンギラギンにさりげなく』は番組公式YouTubeで550万回を突破し、音楽ユニット「Letit go」でデビューし、解散後は、ライブ活動などを続けてきたという歌心りえさんの「雪の華」は560万回を超え現在も記録更新中だ。

歌心りえさんが歌った曲は他にも100万回を超えて視聴されたものが多く、書き込みも1万以上ついている。最終回に歌った「道化師のソネット」では、対戦相手の韓国の歌手や観客が涙ぐむなど、会場を感動で埋め尽くした。

「日本語とはこんなにも美しいものですか」

同曲のYouTubeの書き込み欄には、韓国の視聴者から「人生で初めて慰められた曲」「日本語とはこんなにも美しいものですか。涙がでてくる」「70歳になろうとしている私が心から拍手を送ります。歌が上手な歌手はたくさんいますが、歌に響きを込めて伝えてくれる歌手はめったにいません。歌心りえさんはこのふたつを持っておられる。もう何度も聴いています。日本の人が歌う歌を聴いても聴いても涙がでます」などのコメントが書きつづられている。


「道化師のソネット」を歌う歌心さん(日韓歌合戦のYouTubeより)

『日韓歌王戦』はケーブルテレビにもかかわらず平均視聴率10.1%、最高視聴率11%を記録する大ヒット番組となり、「MBN」開局以来初の2桁台をたたき出した。現在は後続番組『日韓トップテンショー』が放映中で、審査員として出演した松崎しげるの「愛のメモリー」も人気となり、公式YouTubeでの再生回数は100万回を超えた。

日本では無名だった日本人歌手7人は韓国の芸能事務所と契約を交わし、住田愛子さんは、韓国の人気歌手キム・ダヒョンと「Lucky パンパン」で韓国デビューも飾っている。

実は、『日韓歌王戦』の放映が始まった時、業界では視聴者の反応を心配する声もあがっていたという。ベテランの芸能担当記者の話。

「Z世代では『YOASOBI』などのJ-POPに人気が集まっていますが、それをお茶の間に放映するというのはかなり冒険だなあと思っていました。視聴率も低調におわるだろうとこの実験を見守っていたのですが、いざ放映されたら想像を超える人気に驚きました。

これは、日本の歌手たちが、歌がうまいのはいうまでもありませんが、韓国の歌手のようなテクニックで歌うのではなく、純粋に歌が好きで、歌に真摯な姿に韓国の視聴者が感動を覚えたのだと思います。そして、中高年層が若い頃に聞いていた80年代の日本の曲が多かったのも視聴者の思い出をくすぐったのではないでしょうか」

「スラダン」から日本コンテンツ人気続く

日本のエンタメ人気が韓国で目に見えて急浮上したのは昨年からだ。映画『THE FIRST SLAM DUNK』が空前の大ヒットとなり、その人気は同時代に漫画のファンだった中高年世代からZ世代へと広まった。主題歌を歌った「10-FEET」の人気も上昇し、韓国でコンサートも開くまでに。

映画が大ヒットしていた2月には、TikTokなどのショート動画から人気が上がっていたシンガーソングライターの「imase」の「NIGHT DANCER」が韓国最大のサブスクリプションサービスチャート「Melon」でトップ20入りした。

そして、圧倒的な人気となったのは、2人組のユニット「YOASOBI」だ。アニメ『推しの子』の主題歌「アイドル」をK-POPスターがショート動画で紹介すると、ファン層はコアから一般へと一気に広がった。昨年12月に行われた「YOASOBI」のコンサートは発売後1分で完売している。

ただ、このあたりまではSNSに慣れ親しんでいるZ世代限定の話とされてきた。それが、ケーブルテレビとはいえ、日本の歌が日本語のままお茶の間に披露されて人気になったことは、韓国では「驚きの出来事」だった。

韓国日報は「韓国では日本の80年代の歌を聞き、日本では韓国ファッションに熱狂。韓日文化のボーダレス時代へ」で「国内のテレビで日本語の歌が放送されること自体がまれなことで日本の歌手がテレビで日本語で歌う歌が話題を集めたことも初めてのことだった」(8月5日)と書き、朝鮮日報は「かつては“倭色”と指さされ…今は日常になった日本の歌」(8月2日)というタイトル記事でその背景を大衆文化専門家の言葉を引いてこう見立てた。

韓国のコンテンツの競争力が強くなり、日本の大衆文化へ抵抗感を覚えることもなくなった。韓国の1人あたりの国民所得が史上初めて日本を抜くなど経済的な自信感がその背景にある」

1990年代後半、韓国では日本の大衆文化を開放しようという動きに、「文化で優位な日本の大衆文化に韓国の文化が呑み込まれてしまう」と憂慮する声が噴き出した。しかし、それから30年近く、韓国エンタメのグローバル化は、日本のアニメーションなどの実力は認めつつも、日本以上のコンテンツ力を持っているという自負心につながっている。その現れが「日本の大衆文化」をタブー視しなくなった現象へとなった。

そして、なにより社会の雰囲気ががらりと変わったことも大きいだろう。政権が交代し、日韓の間で話し合いの場が持たれるようになり、友好ムードが先立っている。こうした変化も日本の歌が日本語のまま一般の人々にすんなり受け入れられるようになった背景にある。

SNS上では日本人と韓国人がやりとり

歌心りえさんが披露した『道化師のソネット』の公式YouTubeには、ある日本人が書き込んだ曲が作られた背景について、韓国の人からは「歌の由来を知りもっと深い感情を持ちました。ありがとうございます」などのコメントが続々と返された。

先日、日本と韓国で大反響を呼んだ「NewJeans」のメンバー、ハニが松田聖子の「青い珊瑚礁」を歌った公式YouTubeチャンネルでは、ある日本人が、「61歳の癌闘病中です。毎日が輝いていた44年前を思い出しました。感動と勇気をありがとう。頑張って癌に勝つぞ」と書き込むと、「最近の60は青年です。頑張って。克服できます」「必ずや勝ちます」「快癒を祈ります」「どうぞ1日も早いご快癒を。祈っています」という韓国からの応援メッセージがずらりと並んだ。

SNS時代の交流の流儀。時代が変わったのだということを韓国にいながらしみじみと実感している。

(菅野 朋子 : ノンフィクションライター)