きっかけはニトロプラス側からの打診だったという今回のM&A。サイバーエージェントの藤田社長の”ある作戦”が功を奏した形となった(左画像:サイバーエージェント公式サイトより、右写真:記者撮影)

藤田晋社長の悲願成就へ、大きな一歩を踏み出した。

サイバーエージェントは7月、ゲームやアニメなどのエンタメコンテンツを手がけるニトロプラス(東京都中央区)を買収した。

個人株主から、議決権ベースで72.5%の株式を約167億円で取得。サイバーエージェントにとっては過去最大規模のM&Aとなる。ここ数年の国内エンタメ業界におけるM&Aでは、2023年の日本テレビ放送網によるスタジオジブリ買収(同42.3%の株式を155億円で取得)を超える規模となった。

ニトロ側からグループ入りを打診

ニトロプラスは2000年設立。代表作には、名刀を擬人化した『刀剣乱舞』シリーズなどの有力IP(知的財産)を抱える。『Fate/Zero』や『魔法少女まどか☆マギカ』『PSYCHO-PASS』といった人気作のシナリオを手がけた虚淵玄(うろぶち・げん)副社長は、業界で一目置かれる存在だ。

こうしたIPのメディアミックスによるライセンス料のほか、製作委員会への出資に伴う分配金などを主な収益源とする。2023年8月期の売上高は40億円、営業利益は12億円だった。

これまでニトロプラスには多くのM&Aの話が持ち込まれたが、独自の風土を守るべく、すべて断りを入れてきたという。しかし、今回は一転して、2024年1月にニトロプラス側からサイバーエージェントにグループ入りを打診したという。

今後も外部パートナーとのコンテンツビジネスは継続し、経営幹部も続投する。そのうえで、まずはサイバーエージェントグループから支援を受け、育成・評価制度などの整備に取り掛かる。

なぜニトロプラスは、サイバーエージェントの傘下入りという道を選んだのか。

サイバーエージェントはもともとM&Aに対してさほど前のめりではなかったが、ここ数年はIP関連企業の買収を積極化してきた。2022年には日本アカデミー賞受賞監督の藤井道人氏を擁する映画・ドラマ制作会社のBABEL LABELを、2023年には『テニスの王子様』などの2次元コンテンツを原作とした「2.5次元舞台」の有力制作会社・ネルケプランニングを矢継ぎ早に買収している。

背景にあるのが、創業者である藤田社長のIPビジネスに対する関心の高まりだ。

サイバーエージェントは祖業の広告代理や動画配信サービス「ABEMA」など多岐にわたる事業を展開する一方、海外への本格進出が積年の課題だった。海外売上比率は現状1割に満たず、藤田社長自身「海外はつねに狙っているが、明確に売れるものがずっとない状態だった」と振り返る。

そんな中、海外市場の成長が著しいアニメなどの領域においてIPビジネスで成功することができれば、おのずと「世界のサイバー」への道が拓けてくる。そうした狙いから、自社のノウハウでは心もとないIPビジネスを、M&Aもフル活用しながら強化してきたのだ。

功を奏した藤田社長の"作戦”

もっとも、IPビジネスに関心を示すのはサイバーエージェントだけではない。4月に実施した東洋経済のインタビューで藤田社長は、「世界的にヒットするようなIPを保有している状態になりたい。売っているなら、本当は買ってもいいぐらい。ただ、みんな(価値に)気付いてしまったので売っていない」と漏らしていた。

そこで藤田社長が採ってきたのが、「日頃の行いをよくする作戦」だ。

スマホゲーム『ウマ娘 プリティーダービー』を生み出した有力子会社のサイゲームスをはじめ、エンタメ子会社に過度な干渉をせず、自由な環境を与えてきた。こうした姿勢が業界内で評判となり、BABEL LABELとネルケプランニングの買収では、ともに先方から提携話が持ち込まれることとなった。

今回のニトロプラス買収も、まさに藤田社長の「日頃の行い」が実を結んだ案件だった。

実はニトロプラスの小坂崇氣(こさか・たかき)代表は、ネルケプランニングの社外取締役を兼ねている。サイバーエージェントによるM&Aが決まった当初、小坂氏はネルケプランニングのよさが失われることを危惧していたという。


サイバーエージェントの公式オウンドメディアに掲載された、同社の藤田社長(左)とニトロプラスの小坂崇氣代表の対談の様子(写真:サイバーエージェント公式サイトより)

しかし、サイバーエージェントが6月下旬に公開したオウンドメディア記事で小坂氏は「まったくの杞憂でした。サイバーエージェントの方々はネルケの方針や文化を尊重している印象を持ちました」と明かしている。これが契機となり、ニトロプラスの社内制度設計に課題感を抱いていた小坂氏自身から、藤田社長に接触。藤田社長の作戦勝ちとなった。

今後の注目は、サイバーエージェントが立ち上げを進める「IP創出特命部隊」との連携による新規IP創出だ。

同部隊は、次期社長候補の筆頭と目される山内隆裕専務の下、クリエーターとのコミュニケーション、テクノロジーによる制作・マーケティング支援などを担うことを想定しており、ニトロプラス側がクリエーティブに専念できる環境づくりが期待される。

海外強化で期待に応えられるか

一方で気がかりな点もある。

ニトロプラスの小坂氏は前出のオウンドメディア記事において、「ニトロプラスの唯一無二の個性を持った作品をサイバーエージェントとともに質を高めて世界に送り出していきたい」と展望を語っていた。しかしサイバーエージェントはむしろ、海外進出で後れを取っている状況だ。ニトロプラスの期待に応えるためには、海外マーケティングなどの機能強化を急がなければならない。

サイバーエージェントはビッグディールを経て、ニトロプラスの価値最大化に貢献することができるか。“世界のサイバー”に向けた試金石となりそうだ。

(森田 宗一郎 : 東洋経済 記者)