コメ不足で値上げ&店頭では購入制限も!’30年代には最悪なシナリオも…「米が自給できなくなる日」

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6月末のコメの民間在庫が統計開始後、「最低水準」に……

コメに異変が起きている。一部のスーパーの販売棚から商品が消え、「おひとりさま1点まで」と購入制限のお願いも出るなど、テレビや新聞などが相次ぎ「コメ不足」と報じている。何が起きているのだろうか。

こうした状況を示唆しているのが、農林水産省が毎月公表しているコメの民間在庫の水準。昨年産のコメで、今年6月末の民間在庫が156万トンとなり、前年同月に比べて41万トンも減少。統計開始の’99年以来で最低水準という。

その背景には、異常な気象がコメの生育に影響したことや、食料品価格が軒並み高騰する中で、相対的に値上がりが緩やかなコメに消費者がシフトしていることがあるとみられている。農水省は説明資料で「令和5年(昨年)産コメの高温・渇水の影響による精米歩留まり低下(1等比率の低下など)や、令和3年(’21年)9月から食料品全体の価格上昇が続く中で、米の価格は相対的に上昇が緩やかだった」としている。

坂本哲志農水相は8月2日の会見で、

「主食用米の需要は年々減少傾向にある中で、年間の需要量702万トンに対する民間在庫量の比率は22.2%と、平成23年(’11年)や同24年(’12年)の同時期とほぼ同水準であり、新米の出回りまでに必要な在庫水準は確保されていると認識しています」

と話し、さらに、こう強調した。

「現時点で主食用米の全体需給としては、ひっ迫している状況であるとは考えていません。消費者のみなさま方には安心していただき、普段通りにお米をお買い求めいただきたいと思います」

とはいえ、一部にせよ、販売店でコメが品薄なのはなぜか。農水省農産局農産政策部の担当者は、

「相対(あいたい)取引価格が11%上がっており、店頭でも1割くらい上がっている」 

と話す。コロナ禍の外出自粛で飲食店が苦境となる中、’20〜’21年の民間在庫は「かなり積み上がっていた」という。コメの産地では、生産を増やすと価格が下がるとみて対応したため’22〜’23年は「需給が締まっていた」と話し、今年の民間在庫の水準は従来ほどの余剰がなくなっていたというのだ。

コメの産地や卸業者と年間契約などで直接取引する大手スーパーなどの販売業者は商品を確保できたとみられている。一方、新規に調達しようとした販売業者は、銘柄によっては調達が難しくなったり、値段が予想以上に高くなって調達が難しくなった可能性があり、それが一部の店頭で品薄につながったのではと農水省担当者はみている。

業界団体から発表された’30年代の「現実的シナリオ」は、「最悪の予想図」

そんな異変が起きているコメについて、ある深刻な問題が提起されている。日本の食料安全保障が危ぶまれるかもしれないというのだ。

「最悪の予想図である『現実的シナリオ』で、’30年代に国内需要量を国産だけではまかないきれなくなる可能性」があると、全国米穀販売事業共済協同組合が今年3月の『米穀流通2040ビジョン』で示した。

その現実的シナリオによると、’40年のコメの国内需要量375万トンに対し、生産量が363万トンにとどまり、生産者は20年比で65%減の30万人程度になる見通しという。

国内でコメを生産する農家は高齢化が進んでいるうえに、後継者がいないという問題を抱えている。そこにはコメに特有のさまざまな事情があるようだ。

農林中金総合研究所の平澤明彦理事研究員は、

「コメで稼げるなら、コメ農家は自分の家で継がせます。若い人がやる農業は、もうかる野菜です。いま稲作をしている人が大幅に少なくなるのは間違いなく、その後を誰にやってもらうかです」

と問題提起する。

コメの生産には水が必要なほか、手間がかかり、コストが高くつくと、平澤さんは言う。田んぼには水利の設備が必要になり、水漏れを防ぐ土手づくりや田んぼの底固めのほか、栽培中に水量の管理もしないといけない。田んぼへの対応だけでなく、苗づくりや田植えの作業もある。一方、「野菜はあまり土地を使わない」と話し、限られた土地に種をまき、水やりなどをすればいいとも。

日本の農家の経営面積は2〜3haに対し、米国は200〜300ha…さらに分散される傾向も

平澤さんは「世界の農業競争力は土地の面積で決まる」と指摘する。米国や豪州などは広大な土地に大型機械や飛行機なども導入して、人の手間がかからない農業をしており、安く生産している。農家の経営面積は、日本が平均して2〜3haに対し、欧州は20〜30ha、米国が200〜300ha、豪州の小麦栽培では数千haもあるという。

日本では山の斜面に「棚田」や「段々畑」もあるなど、狭くて細切れの農地を寄せ集めて利用することが少なくない。そこでコメなどの穀物を生産しても、経営効率で欧米に太刀打ちができない。

さらに日本では、農家の相続で農地が分散されていくことが、特に西日本で強い傾向があるともいう。

「東日本では土地の相続を長男に集める傾向がありますが、西日本では、できるだけ平等に相続させようと、土地をみんなで分けてしまう傾向があります」(農林中金総合研究所・平澤明彦理事研究員、以下同) 

つまり、より農業経営を弱体化させるような問題を日本の農家が抱えているのだ。

「農水省が補助金の対象から小規模な農家を外すようにして、大規模な農家を対象にしてきましたが、大規模な農家が生産性を高めて経営規模をさらに拡大したかというと、思ったほど経営規模の大きな農家が出てきませんでした」

農水省は何十年も、こうした施策を続けており、平澤さんはその費用対効果に疑問を呈している。

『日本のコメ問題』(中公新書)で、著者の小川真如さんは「規模が大きい農家ほど補助金に頼り、コメ以外も多くつくっているのだ。逆に小規模な農家ほど、補助金に頼らずにコメ専門でつくっている」と指摘している。20㏊以上の農家は農業補助金の総所得に占める割合が平均して77%と高く、0.5㏊未満の農家の0.6%と比べて大きな差があるという。

農地が足りないのに、田んぼは余っている?

コメは日本が主要な食料で唯一、自給してきたが、今後はコメを自給できなくなるかもしれないという。食料安全保障の観点から、平澤さんは警鐘を鳴らす。日本は第二次世界大戦後の食料不足を、輸入とコメの増産で対応してきたと指摘し、大規模な食料輸入のリスクを回避するため、最低限の国内生産を維持する必要があるとみている。

実際問題、コメづくりの経営基盤弱体化は、日本の食料安全保障にとって喫緊の課題になっている。日本は米国からの穀物輸入に頼っていたが、米国は’70年代前半に大豆輸出を一時停止し、トウモロコシ輸出も制限する可能性を示唆した。このころから、食料安全保障という言葉が使われるようになった。

コメの需要は人口減少や食の多様化などで低迷し、田んぼがあっても、もうからず、耕作する人がいない。日本では、農地が足りないのに、田んぼは余っているという、奇妙な状況になっている。平澤さんは「お金が足りない」と話し、その解決策として、2つの方法があると解説する。

一つは、コメの価格を生産コストに見合うように引き上げること。しかしその場合、安い輸入品や麦などへの需要シフトが予想されるほか、平澤さんは「主食の値段を上げるのは国民福祉に逆行する」という。

そこで、もう一つの解決策が補助金を上手に使うこと。平澤さんは「農家の所得を直接支払いで補償する」政策を提唱し、消費者が食料安全保障のために補助金で農地を維持する応援をしてもらうのがいいと考えている。コメ農家への「直接支払い」が大切と強調する。

「いまの補助金を増やすのでなく、適地適作をしないといけない。そうしないと、さらに効率を悪くするだけです」

日本では、防衛費の大幅増強や、子育て支援の拡充などが大きな政策となっている。その陰で地味な存在だが、ひとたび異常気象や地域紛争で輸入品の入手が困難になれば、エネルギーなどと同様に、日本にとって食料確保は死活問題となる。コメは主成分の炭水化物のほか、たんぱく質、カルシウム、ミネラル、ビタミン、食物繊維などを含み、これほど栄養価に優れたものはない。せめてコメだけでも自給を続けられるように、知恵を絞ってもいいのではないか。

取材・文:浅井秀樹