だから「シュクメルリ鍋定食」は成功した…創業直後の歴史を紐解けばわかる「松屋の意外な得意技」
■良いモノを上手く取り入れて独自性を出す
「松屋」と聞くと、当然、牛丼(松屋の商品名では「牛めし」)がまっさきに思い浮かぶかもしれないが、じつは松屋は、開店当初から牛丼1本の「牛丼店」として始まったわけではない。店舗数1953店のすき家、1236店の吉野家に次いで、牛丼店としては第3位の1045店を展開する松屋だが、牛丼店であると同時に「定食店」でもあり、そして「ファミリーレストラン(以下、ファミレス)」としての利用も進む、独自の飲食店となっている(店舗数はいずれも2024年6月時点)。
松屋は、他店や海外の食文化など、「外」の良いモノを上手く取り入れて、それをただまねるだけではなく、プラスαの独自性を生み出す商品開発力によって競争優位性を形成することに長(た)けた企業である。この強みは、もともと中華料理店として創業された松屋が、牛丼店に生まれ変わった一歩目から発揮されてきた。
■「無料のみそ汁をセットで付ける」こだわり
松屋は、創業者の瓦葺利夫氏が1966年に練馬区羽沢に開店した中華料理店「松屋」から始まっており、当初はラーメン、餃子から親子丼、カツ丼までを提供していたという。それが、当時、「早い、うまい」と大評判になっていた吉野家の牛丼のあまりの美味しさに瓦葺氏がほれ込み、吉野家に通い詰めて牛丼を研究し、自身の店を「牛めし・焼肉定食店 松屋」と改めて1968年に新規開業した。現在も「松屋 江古田店」として営業されるこの店から、牛丼店としての松屋はスタートしたことになる(※1)。
20年の間に30回以上もタレの味を更新しているという独自の牛めしの追求もさることながら、本家ともいえる吉野家との大きな違いは、みそ汁の提供にある。「食卓といえば、ごはんとみそ汁」という考えから、牛めしに無料のみそ汁をセットで付けることにこだわり続けている。そのこだわりの強さは、お盆に丼とみそ汁をのせた様子を上から描いた松屋ロゴマークにも表れている(※2)。
■お客が「儲けた」と思えるか
牛丼店としてのこだわりを持ちながら、「牛めし・焼肉定食店」という名の通り、松屋は初めから定食店でもあった。吉野家が築地などの繁華街で人気を集めていた一方、松屋の1号店は住宅地に位置していた。吉野家は、繁華街で働く人々の「牛丼をサクッと食べたい」ニーズが大きかったが、住宅地にある松屋では、昼は学生がメイン、夜は社会人がメインで、より多様なニーズに応える必要があった。そのため、多様なニーズに応えるために牛丼だけでは不十分と考え、牛丼を柱としながらも、お客が喜ぶようにさまざまな定食メニューを増やしていった(※3)。
松屋では経営方針の1つに、「お客様は儲けさせてくれない店に用はない」を掲げている。これには、値段以上の価値のある食事を食べることで、お客に「儲けた」という満足感を味わってもらいたい、という思いが込められている(※4)。牛丼1本の場合に比べて、定食メニューが豊富になるほどコストは高まり、効率性は低下する。しかし、メニューが豊富な方が、より幅広いユーザーのニーズに応えることができて、利用してもらえるようになる。
松屋は、生姜焼き、焼肉、カレー、ハンバーグなど、メニューを少しずつ増やしていきながら、多店舗展開、生産工場や物流センターの拡充などを進めていき、豊富なメニューを松屋らしい価格で実現できるように、規模の経済性を発揮して良いモノを安く作れる体制を構築していった。
■売上構成比を見ると「牛丼と定食の2本柱」
2013年に当時の社長、緑川源治氏はインタビューで松屋について、「あくまでも『牛めしと定食』という独自の業態です」と言い切っていた(※3)。実際に売上構成比において牛丼は4割弱にとどまり、牛丼と定食の2本柱が確立されている。モーニングの定食メニューを見てみると、牛皿、豚汁、焼鮭、ソーセージエッグなどが用意されているし、6月から7月にかけての期間限定メニューでは、回鍋肉(ホイコーロー)定食、スタミナ豚バラ炒め定食・丼、カルビホルモン丼、うな丼など、ライバルの牛丼店にはない充実ぶりになっている。
2019年からは松屋フーズの他業態店舗である、とんかつ専門店「松のや」、カレー専門店「マイカリー食堂」などと松屋を組み合わせた「複合店」も出店し、さらなる多様なメニューの提供を進めている。
■“パウパト”コラボなどでファミリー層も開拓
開店当初から現在に至るまで、松屋がコンセプトに掲げ続けているのは、「みんなの食卓でありたい」だ。牛丼という商品だけでは、近年に女性ユーザーの開拓も進められているとはいえ、やはり男性ユーザーがメインになる。そこに、牛丼以外のさまざまな定食メニューが充実することで、男女問わず、「みんなの食卓」に近づくことができる。ただ、真の意味で「みんな」になるには、「子どもたち」をユーザーに入れる必要がある。つまり、ファミリー層の獲得だ。
2024年6月から、松屋では、子どもに大人気のアニメ「パウ・パトロール」とのコラボキャンペーンを展開している。特製のコースターやステッカーの景品をつけて「おこさま牛めしわくわくセット」と「おこさまカレーわくわくセット」を販売している(※景品はなくなり次第終了)。これは、とても分かりやすく、ファミリー層の開拓を進めるための取り組みとなっている。
ファミリー層に向けてコストパフォーマンスに優れた料理を提供する、という意味で、牛丼、カレー、ハンバーグ、そして多彩な定食メニューを「早く、安く、美味しく」提供する松屋は、「ファミレス」としての成長を見せている。店でも自宅でも、ファミリー層を含む「みんな」が、より便利に松屋を使いやすくする公式アプリの普及も、成長の大きな促進材料になっている。
■「今日はこれを食べたい」と言えるようなアプリ
デジタルパートナー事業を手掛けるフラー社のアプリ市場分析サービス「アップ・エイプ」のデータを基に優れたアプリを選ぶ「アップ・エイプ・アワード 2023」において、松屋の公式アプリはリテール賞に選定された。アクティブユーザー数の成長率が他と比べて突出して大きく、ユーザー評価も高いことから、「2023年にリアルビジネスへの活用に最も成功したアプリ」という評価を受けて選ばれている(※4)。
この松屋のアプリでは、券売機の代わりに店内・持ち帰りのスマホ注文ができる「松屋モバイルオーダー」、持ち帰り弁当の予約サービス「松弁ネット」、弁当のデリバリーサービス「松弁デリバリー」という3種類の注文機能が利用できる。アプリの役割として、松屋の担当者は「いつでも、どこでも、誰でも囲むことができるあったかい食卓である『みんなの食卓』として、誰もがお母さんに『今日はこれを食べたい』と気軽にお願いするような感覚でアプリを使っていただくことが最大のミッションです」と説明しており、アプリ会員数は300万人を突破している(※4)。
■話題を呼ぶ「世界料理シリーズ」
また、さらなる美味しさと新しさを提案する「世界料理シリーズ」は、他の飲食店にないオンリーワンの取り組みとして、松屋の人気を高めている。海外に行くことができなくなったコロナ禍をきっかけに、「世界中の珍しい料理を、松屋を通して知ってほしい」という思いから、世界の味と松屋らしさを組み合わせた世界料理シリーズはスタートした。
第一弾は、2019年12月に限定販売して大きな話題を呼び、2020年1月に全国展開された「シュクメルリ鍋定食」である。「世界一にんにくを美味しく食べるための料理」と呼ばれる、にんにくとチーズを効かせたホワイトソースで鶏肉を煮込んだジョージア料理を、松屋の定食メニューとして開発したところ、大反響のヒット商品になった。期間限定で発売されたこの商品は、その後、松屋復刻総選挙で連続1位に選ばれて復刻されており、2024年6月にはジャパン・フード・セレクションで最高賞「グランプリ」を獲得している。
■「らしさ」を保ちながらも新しさを追求することに成功
この成功を受けて、世界料理シリーズは期間限定商品として定期的に開発・販売されるたびに注目を集めている。ジョージア、ペルー、マレーシアなど、一般的には知られていない珍しい世界の味を取り上げて、他では食べられない特別な美味しさの定食メニューを開発している。2024年5月には、アルゼンチン料理のソースを使った「チミチュリソースハンバーグ定食」を10カ国・地域目の世界料理として発売するなど、松屋の新たな魅力となっている。
牛丼店として、定食店として、そしてファミレスとして、松屋はさまざまな「外」の良いモノを上手く取り入れながら独自の価値を作りだしている。松屋らしさを保ちながら新しさを追求することで、既存顧客を捨てずに新規顧客の開拓を進めることに成功し、誰もがお得に利用できる「みんなの食卓」という理想に向かってさらなる成長を続けている。
【参考文献】
※1 本店の旅「松屋 1号店 江古田店」、TBS「【この差って何ですか?】もとは中華料理店だった⁉松屋の意外なトリビア4つ」を参照。
※2 ぐるなびPRO「Top Interview 株式会社松屋フーズ 代表取締役社長 緑川源治氏」、TBS「【この差って何ですか?】もとは中華料理店だった⁉松屋の意外なトリビア4つ」を参照。
※3 ぐるなびPRO「Top Interview 株式会社松屋フーズ 代表取締役社長 緑川源治氏」を参照。
※4 フラーのデジタルノート「お客様を“儲けさせる” 松屋フーズ公式アプリに込める思いとは App Ape Award 2023 リテール賞アプリインタビュー」を参照。
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永井 竜之介(ながい・りゅうのすけ)
高千穂大学商学部教授
専門はマーケティング戦略、消費者行動、イノベーション。産学官連携活動、企業団体支援、企業との共同研究および企業研修などのマーケティングとイノベーションに関わる幅広い活動に従事。主な著書に『マーケティングの鬼100則』(ASUKA BUSINESS)、『分不相応のすすめ 詰んだ社会で生きるためのマーケティング思考』(CROSS-POT)などがある。
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(高千穂大学商学部教授 永井 竜之介)