「生理でお腹痛くても耐えて我慢するだけ」 急激に変わる環境…五輪選手も今はピルが「当たり前」の選択――女性アスリートと生理
「シン・オリンピックのミカタ」#13 女性アスリートの今を考える――伊藤華英×荒木絵里香第1回
スポーツ文化・育成&総合ニュースサイト「THE ANSWER」はパリ五輪期間中、「シン・オリンピックのミカタ」と題した特集を連日展開。これまでの五輪で好評だった「オリンピックのミカタ」をスケールアップさせ、大のスポーツファンも、4年に一度だけスポーツを観る人も、五輪をもっと楽しみ、もっと学べる“見方”をさまざまな角度から伝えていく。「社会の縮図」とも言われるスポーツの魅力や価値が社会に根付き、スポーツの未来がより明るくなることを願って――。
スポーツ界で近年、急速に変化が起こりつつあるのが、女性アスリートの環境だ。夏季五輪に初めて女子選手が参加したのは今回と同じ1900年パリ大会。1964年の東京大会は出場選手5151人のうち女子は678人で全体の13.2%だったが、「ジェンダー平等の推進」がテーマに掲げられた2021年の東京大会で48.8%とほぼ半数に。こうしてスポーツで女性が活躍するとともに、月経とコンディショニング、結婚・出産とキャリアプランなど、女性アスリート特有の課題が注目され始めた。
こうした課題を先進的に取り上げてきた「THE ANSWER」はパリ五輪に合わせ、競泳・伊藤華英さんとバレーボール・荒木絵里香さんの対談を企画。五輪出場経験を持つ2人は引退後、伊藤さんは部活生や指導者らに月経にまつわる情報発信や講演を行う教育プログラム「スポーツを止めるな 1252プロジェクト」のリーダー、荒木さんは実際に出産または出産を考えている女性アスリート、関係者らの支援を行う団体「MAN(ママ・アスリート・ネットワーク)」の代表理事を務める。
そんな彼女たちが、2024年の今、スポーツ界の最前線で感じている女性アスリートの課題とは――。第1回は「女性アスリートと生理」。かつて口に出すことがタブーだった月経の話題も変わりつつある。オリンピック選手は生理とどう付き合い、競技生活に励んでいるのか。(取材・構成=THE ANSWER編集部・神原 英彰)
◇ ◇ ◇
開幕したパリ五輪で4年間打ち込んできたすべてを注ぎ、勝負を繰り広げる女性アスリートたち。
屈強で、勇ましい。戦っている姿を観ていると、そんな印象を持つが、女性として抱える課題はアスリートだからといって消えるわけではない。とりわけコンディションを左右しかねないのが生理。4年に一度の舞台で最高のパフォーマンスを発揮するため、月経痛や月経周期などの対策に工夫をしている選手も増え始めている。
その実情や経験について、ともにオリンピアンである2人が明かしてくれた。
――まずはオリンピック選手と生理というテーマでお聞きします。
伊藤「最近(2021年の東京五輪)まで現役だった荒木さん、ぜひ教えてください!」
荒木「そうですね、最近はピルを飲んでいるのが当たり前になっていますね」
伊藤「確かに。みんな、ピルの存在を知っていますよね。今は対策というと、ピルを飲むのが一番ポピュラー。荒木さんはピルを飲んでいました?」
荒木「20歳頃から飲んでいました。20年近く前ですね。当時は周りも少なかったけど、前回の東京五輪の頃にはチームで何人かは飲んでいるという感じでした」
伊藤「きっかけは何だったんですか?」
荒木「めちゃくちゃ生理痛が重くて、練習に出られない、試合も出られなくなりそうなくらいだったので。ピルを飲む前も(月経を止める)ホルモン治療をしていたけど、私の場合はピルが自分の体に合った。今も飲み続けているくらい。でも、もうすぐ40歳なので、そろそろやめないと、と思っています」
五輪と生理が重なった伊藤さんが悔やんだこと
――最初からピルに関する知識は持っているわけではないと思います。どんなふうに知識を手に入れるのでしょうか?
荒木「オリンピックの代表選手はナショナルトレーニングセンター(NTC=日本オリンピック委員会が運用するトップレベル競技者用トレーニング施設)でメディカルチェックの際に(婦人科の)専門家に相談する機会があり、『あなたにはこんな手段があるよ』とアドバイスを受けて薬を処方してもらえる。みんなそうしていますね」
伊藤「2013年頃からそれが主流になってますね。私は2012年に現役を引退したので、当時のNTCには婦人科の非常勤の担当もいなかった。今はもう常勤で先生がいらっしゃいますが、ピルは“知っている人が飲む”という時代。ほとんど、ピルの存在も知らなかった。たった10年ですが、トップアスリートの環境はだいぶ変わりました」
荒木「ドーピングの問題もありますね。私が受けていたホルモン治療も、ドーピング検査のために申請が必要になるし、すごく手間でした。それも、バレーボールは周りのスタッフにやってもらう環境があったから、なんとかなった。ピルは自分の体に合ったから続けられたけど、周りには合わなくてやめてしまう選手も意外といました」
伊藤「私がまさにそう。初めて出場した2008年の北京五輪が生理周期から計算すると、競技日程がちょうど重なることが分かって、ピルを服用したけど、体に合わなくて。副作用でニキビができて、体がむくんで3〜4キロ太った。泳ぐと腹筋に力が入らず、おなかがポヨンとした感じで、タイムも0.3〜0.4秒遅くなってしまって……」
荒木「そうだったんですね」
伊藤「もちろん、その中でベストを尽くして背泳ぎで100メートル8位、200メートルは準決勝敗退。ただ、後悔しているのは“ピルを飲んだこと”ではなく“五輪で初めて飲んだこと”。今になってみると、もっと前から飲んでおけば良かった。逆に肌が綺麗になって、体調が良くなる人もいる。試すエネルギーが必要だったと思います」
荒木「正直、選手も競技に一生懸命で、試すまでの余裕がないですよね」
伊藤「そうそう。いろんな人が『一度、試してみなさい』と言うし、理解はしているけど、トップ選手になればなるほど余裕がない。コンディショニングもいろんなルーティンができて、どんどん繊細になっていくから。なので、私の失敗した経験からすると、トップの手前のカテゴリーにいる若い選手は今のうちに試してほしいですね」
――伊藤さんが言うように、4年に一度の舞台だからこそ選手も生理に限らずコンディショニングには慎重になりますよね。
荒木「そうですね。だから、大会に重ならないように生理をずらすことも一つの手段。ただ、バレーボールは競技がリーグ戦から決勝まで2週間かかるので大変です」
伊藤「バレーボールはセット間も短いし、なかには試合中にトイレも行けない選手もいると聞きます。だから、生理中だと余計に大変でストレスですよね」
荒木「フルセットになると2時間半かかるので」
伊藤「私の場合は競技が1分で終わってしまうから(笑)。2時間半、誰かに見られながら集中し続けるのは凄いことだなって思います」
生理を口に出せなかった時代からの変化 荒木さん「私たちの頃は我慢するのが当たり前」
荒木「そういう競技性はありますね。なので、今は大会に合わせて調整するより、生理痛がひどい時はピルを飲んで、多少和らげて、生理に当たっても競技にはそこまで影響が及ばない状態を作るという方法がスタンダードかもしれない。本当にひどい人はずらすし、選択肢としてあるけど、なかなかそれをやっている人はいないですね」
伊藤「しかも、生理をずらす中容量のピルは含まれるホルモン量が多いんです。例えば、月経困難症などは低用量ピルなどを処方されるけど、中用量は量が多いです」
荒木「逆に負担がかかりますよね」
伊藤「私が合わなかった部分はそこです。私の場合はずらさなくて良かった。なので、生理をずらす時期を婦人科の先生と考えられるとベスト。『大会直前に終わらせておきましょう』とか。ただ、経血が出る、出ないだけの判断では危ない。つらい状態は人それぞれ。経血が出ている時がしんどい人もいるし、楽な人もいる。その前がしんどい人がいるし、楽な人もいる。だから、私のように安易に決めてほしくない。荒木さんはお母さんが保健体育の先生ですごくしっかりと考えてくれたんですよね?」
荒木「そうですね。『お腹痛い』と言っても私たちの頃の10代は耐えて、我慢するのが当たり前。今みたいに口に出せない時代。尊重されないし、『はい、(分かったから)頑張れ』と言われるだけ。でも、母は『それは絶対おかしいから病院行きなさい』と無理やり連れていかれて。周りの環境や近くの大人が導いてあげることも大事かな」
伊藤「若いうちはそうですよね、特に」
オリンピアンとして生理の体験談を明かしてくれた2人。時代が進み、その対策も急速に進んでいるという。第2回では実際にスポーツ現場で取り入れられている、月経を含めたコンディション管理について語られた。
(THE ANSWER編集部・神原 英彰 / Hideaki Kanbara)