また、せっかく退職したのに……というケースも。

「田舎に住まわれている方からのご依頼で珍しいケースがありました。その方は、弊社を利用して会社をお辞めになったんですが、田舎なのでどうしても次の就職先が見つからなくて、同じ会社に就職し直したんです。ものすごいメンタルだなと思いましたね(笑)」

◆数十分にわたって説教を受けたことも

今となっては、十分世間に認知されたといえる退職代行のサービスだが、数年前までは「怪しい仕事」と見られる時期もあった。依頼者に代わって会社に連絡をすると辛辣な言葉をかけられることも珍しくなかった。

「『退職代行って何?お前ら何者?』という反応が多かったです。そこから、『何考えてんだ。会社を壊そうとしてるのか』と罵倒されることもよくありましたね。ある保育園に電話したときは『●●先生がいなくなったら、この子たちは誰が見るの? あなた責任取れるの?』と言われ、何十分にも渡って説教を受けたこともありました」

さらには、金銭を要求されるケースも。

「他にも、『●●さん(依頼者)が突然いなくなることで、人員補填の必要があるから、その分の人件費を払え』と言われたこともあります。そんな請求を受ける言われはありませんし、診断書を取っていれば請求されるどころか、辞める側が慰謝料を請求できる場合もありますからね」

◆退職できたにもかかわらず、苦しみ続けることも

職場が苦しい場所になってしまっては生きる気力を失うことさえある。岡本氏の元に、一本の電話が入ったことがあった。

「電話に出てみると、警察からの連絡でした。『●●さんって知ってますか?』といわれたので『弊社を先日利用して会社を辞められた方です』と答えたら『その方、亡くなられました』と言われたんです。自殺だったようです。つまり、会社を辞められたのに自ら命を絶ってしまったんですよ。人によっては、退職後も、なお苦しみが剥がれないほどの負担を感じているんですね」

実は依頼者が自殺したケースは、今までに2例あったという。その上で岡本氏は次のように思いを語る。

「そう考えると、今まだ働いていて苦しみの渦中にいる方が、まだたくさんいるということですよね。それを、少しでも止められればいいなと思っています」

◆「退職代行という仕事が必要なくなる」のが一番いい

ここまで聞くと、労働者にとってはメリットばかりのようにも感じられる退職代行サービスだが、デメリットはないのだろうか。

「『嫌でもまた退職代行を使ってやめればいいや』といった感じで、退職代行グセがつく可能性はありますね。ほとんどの仕事は、コミュニケーションが重要ですが、そのコミュニケーションを避けるように気持ちを向ける癖がついてしまいかねない。利用される方は、その点を心がけておいた方がいいと思います」

岡本氏に将来の展望を聞くと次のような答えが返ってきた。

「そもそも退職代行は必要がないと思っています。会社に退職の意向を示したらスムーズに辞められるのが健全ですよね。ですが今は、私たちの活動によって会社側も賃上げや労働環境の改善などを進み、多くの人が働きやすい環境が増えればいいなと思っています」

退職代行は、辞めたくても辞められない人のための「最後の砦」。岡本氏の言う通り、そのサービスが必要のない社会になっていくことが何より重要なのではないか。

<取材・文/Mr.tsubaking>

【Mr.tsubaking】
Boogie the マッハモータースのドラマーとして、NHK「大!天才てれびくん」の主題歌を担当し、サエキけんぞうや野宮真貴らのバックバンドも務める。またBS朝日「世界の名画」をはじめ、放送作家としても活動し、Webサイト「世界の美術館」での美術コラムやニュースサイト「TABLO」での珍スポット連載を執筆。そのほか、旅行会社などで仏像解説も。