電車内に掲載されていた大正製薬「リポビタンD」の広告(編集部撮影)

最近、ひっそり変化していた「リポビタンD」

「ファイト、一発!」

筋肉隆々の男2人が、この言葉を叫びながら「リポビタンD」という大正製薬の栄養ドリンクを飲むテレビCMが、ここ10年近く放映されなくなったことに、お気づきだっただろうか?

「危機一髪シリーズ」と題して、勝野洋、真田広之、渡辺裕之、宍戸開、滝川英治、ケイン・コスギ、山口達也など、日本版『エクスペンダブルズ』とでもいうべき、芸能界屈指のマッチョマンたちが2人1組のバディを組んだ同商品のCMは、ときに崖をよじ登り、あるときは縄の切れた吊り橋をひとりで食い止め、さらに激流の中で岩にしがみついて「ファイトー!」と叫び、もうひとりが手を差し出して「一発!」と叫び、最後は仲良く同商品を飲む。

「飲む順番が逆だろ」というツッコミも定番だが、リポビタンDといえば、このような「男らしい」CMでおなじみだった。

それが、昨今の時代背景を反映してか、2010年代の後半からは大谷翔平やリーチ・マイケルと堀江翔太、八村塁など人気アスリートたちが練習するCMへと変わる。

そして、ついに今年の6月からは妻夫木聡と木南晴夏が広告に起用されるようになり、一気に「さわやか」なイメージとなった。これまで同商品のCMに女性アスリートは出演してきたものの、女優がメインに据えられたのは初めてのことである。

【画像8枚】すっかりエナドリに追いやられ、衰退の一途な「栄養ドリンク」。右肩下がりのリポビタンDの販売推移と、棚を占領するエナドリの様子…を見る

意地悪な言い方をすれば「女人禁制」の世界だったのだが、急な方向転換はトラブルのもとになりかねない。7月4日にインターネットニュースサイト「ねとらぼ」は「『鬼すぎない?』 大正製薬の広告が“性差別”と物議……男女の“非対称性”に『昭和かな?』『時代にあってない』」という記事を配信。

同記事いわく、電車内などに貼られているリポビタンDの広告の木南の側に添えられた「仕事、育児、家事。3人自分が欲しくないですか?」というコピーに苦情が殺到したらしい。要は「仕事、育児、家事を女性に押し付けていて、男性は家のことをなにもしないじゃないか」と、性別役割分業意識が問題視されたというのだ。

このことは翌日のインターネットテレビ「報道リアリティーショー ABEMA Prime」でも取り上げられ、「誰かを貶めるつもりはなく、根底には“応援したい”という思いがあるはずだ。怖いことを言わずに、そこは汲んでくれてもいいのではないか」(ミートたけし)や「当たり前のことを言ってしまっているので、男女を逆にすればよかった。男性のほうが“育児も家事も仕事も、リポビタンDがないとやっていけない”という宣伝のほうがおもしろいと思う」(薄井シンシア)などの声が上がった。


男性タレントバージョンの広告(編集部撮影)

この問題はリポビタンDでなくとも、すべての広告やCMでも起こり得る可能性は十分にあった。一方で同商品がこれまで築き上げてきた「男らしさ」というイメージを払拭しようとしている段階だったため、これで炎上してしまうのは少し気の毒にも思える(なお、炎上と言っても、ネット炎上の世界では”ボヤ”程度と言えそうではあるのだが)。

とはいえ、なぜこの表現を誰も止めなかったのかとは思ってしまう。どうして、このような時代錯誤な広告表現が生まれてしまったのか?

そこで、ここでは栄養ドリンクの広告表現の変遷を振り返りながら、今回の炎上騒動が起きてしまった背景を探りたい。

黎明期、栄養ドリンクCMはバラエティ豊かだった

時系列に沿って、栄養ドリンク(のCM)の歴史を振り返っていこう。

初めてキャップ付きの瓶のリポビタンDの販売が開始されたのは、1962年のこと。佐藤製薬の「ユンケル黄帝液」や大鵬薬品の「チオビタ・ドリンク」の発売も60年代後半からだ。

いわゆる高度経済成長だった当時、栄養ドリンクは今と違って「薬」だった(今は「医薬品」または「医薬部外品」)。そのため、今よりも堂々と「滋養強壮」や「疲労回復」と謳うことができ、70年代の栄養ドリンクの広告やテレビCMに出演していたのは王貞治やガッツ石松など現役スポーツ選手(リポビタンD)、あるいは俳優の若山富三郎(味の素の「アルギンZ」)や山城新伍(ユンケル黄帝液)だった。

汗を流すスポーツ選手はもちろんのこと、CMでクジラ用の銛(もり)を投げつける若山、そして「チョメチョメ」でおなじみの山城は実に男らしい……。というよりも、後者のコワモテ俳優の2人は雄々しすぎる。

ただ、同時期に中外製薬の販売していた「新グロモント」のCMでは八代亜紀が「アゴ出すな!(「顎を出す」とは「疲れがドッと出る」ことを意味する)」と歌い、アルギンZのCMでは俳優の中村雅俊と相撲取りの朝潮太郎(4代目)がきれいな海の広がる砂浜で、外国人女性をナンパしようとするなど、栄養ドリンクのCMはすべてが男らしさ一辺倒ではなかった。意外にも、バラエティ豊かだったのである。

また、サラリーマンに向けて発売されているのは確かなのだが、オフィスや電車内が舞台ではなく、美しい自然を背景に旬な俳優を起用しており、その点は今の清涼飲料水のCMと大差ない気も。まぁ、ジュースのCMに「バブルスター」の山城新伍が登場することはなかっただろうが……。

70年代、リポビタンDは「男らしいCM」へ

実際、リポビタンDが「ファイト、一発!」と言い出したのは1977年の勝野洋と宮内淳が出演する広告からだ。ここからようやく「男2人」というホモソーシャルな雰囲気も出てきたのだが、まだこの頃はランニングしたり、サイクリングしたり、走る機関車に飛び乗ったり、裸参りに参加したり……。いくつか怪しいのはあるが、当時はまだ「さわやか」路線だったのだ。

80年代に入ると、リポビタンDのCMは勝野を残して、真田広之や渡辺裕之とバディを組むようになり、トロッコに乗ったり、崖を登ったりと、徐々に世間がイメージする「筋肉隆々の男2人」の方向に強化されていく。

そして、1987年に勝野から野村宏伸に変わったタイミングで海外ロケが中心となり、映像の迫力も俄然増していく。「肉体疲労時の栄養補給・滋養強壮に」というキャッチコピーはあるものの、普通に生きていて崖を登ることはないため、同商品はきっと「相当ハードなときに飲むもの」とイメージされるようになったのだろう。

また、現在までに姿を消した栄養ドリンクはたくさんあり、CMや広告もその数だけ存在していたが、それらをひっくるめてもタフネスが明後日の方向を向いていたのはリポビタンDくらいだった。

栄養ドリンクとバブル、そして過労死

そんななか、80年代後半に登場した、リポビタンDの競合商品である「リゲイン」(第一三共ヘルスケア)が印象的な展開を見せる。

まず、1989年の流行語に「24時間戦えますか?」のキャッチコピーが選ばれる。さらに、「黄色と黒は勇気のしるし」のフレーズが印象的な、牛若丸三郎太(時任三郎)が歌う「勇気のしるし〜リゲインのテーマ〜」が、子どもたちをも虜にしたのだ。

これは「子どもたちまでもが同商品を飲んでいた」という意味ではない。このテーマ曲が、オリコンのシングルランキングでトップ10に入り、累計で60万枚以上を売り上げたのだ。

バブル経済もまっただ中のこの頃、過労死事件が急増している。労働問題を専門とする、弁護士や医師による「過労死110番」が始まったのは1988年6月のことなのだが、リゲインは良くも悪くも時代と寄り添っていた商品だったと言えそうだ。

そして、バブル崩壊後、栄養ドリンクのCMも、時代に寄り添うように、さらに変化していく。7月18日公開の後編「リポビタンD『時代錯誤CMで炎上』に見る栄枯盛衰 "女人禁制"からの方向転換が問題表現に?【後編】」では、次第に「リラックス」と「アガる」の2パターンに分岐するようになった栄養ドリンクCMを振り返りつつ、次第に時代にマッチしない飲み物に変化し、エナドリに追いやられるまでを追っていきたい。

後編で紹介する写真はこちら


今年4月には、第一三共ヘルスケアが「リゲイン」の主力商品の出荷を終了。バブル期には流行語を生むほどの影響力があった栄養ドリンクは、衰退の一途をたどっている(筆者撮影)


50mlのこのタイプがなくなった。そもそも「リゲイン」を見つけることが、それなりに難しくなっている(画像:第一三共ヘルスケアHPより)


エナドリは、ビジュアルから洗練されているのだ(筆者撮影)


なお、こちらは筆者が以前、愛飲していた「ZONe」。コスパがよく、レッドブルが250mlのロング缶で300円近くするのに対し、ZONeは200円で500mlも飲めたわけだが、「お得感」から栄養ドリンクよりエナドリを選ぶ人は少なくないのではないか(筆者撮影)


なお、男性タレントバージョンはこんな感じ。女性よりもフワッとした表現かもしれない(編集部撮影)


こちらはリポビタンDの販売推移。コロナ後、じわりと戻しているが、昔と比べると勢いの低下は明らかだ(編集部作成)

(千駄木 雄大 : 編集者/ライター)