◆ミスを最小限にするチームづくり

これについて、森岡などを擁し、全国制覇を果たした2002年夏のチームに関しても、「2002年に明徳義塾が優勝した時、冬場、一切、打撃をやらなかったんです。打撃練習を1日もやらず、2月末から始めたんですが、その年の練習試合(チーム全体で本塁打を)50本打って、甲子園でも7本打ったんです」と話す。

また、「(2002年夏に)優勝したときは平均身長が172センチやった。ウチが49代表で一番小さかった。体が小さくても守ってつないでいくような野球やってたら、優勝できる可能性もあるということなんよ、野球は。お客さんのために野球やってるわけじゃない。プロはホームラン見たさにお金払って来てて、それで敬遠したら『金払え』と言われる。でも、CSとか勝たないかんようになったら敬遠だって平気でやる。ヤンキースだってやるんやから。オレはトーナメントでやってるんだ。冗談じゃないよ」とコメントするほど、堅い野球を見せる。

このディフェンス力を意識したチームビルディングは、非常に理にかなっている。短期決戦では、いかにミスをしないかを重要視すべきなのだ。プロ野球とは異なり、高校野球なら緊張感やプレッシャー、慣れない球場などから失策はつきものである。

そのため、失策を最低限にすることにより、勝率が上がるのだ。また、チームの統制を整える上で、上級生への配慮も欠かさず、同等の能力ならば上級生を起用することも意識している。さらに、主将は上級生の投票で決めており、監督が一方的に決めるのではなく、あくまで選手を主体としており、監督と選手が上手く伴走していることがわかる。

◆スパルタ指導から脱却し、今の時代に合わせた指導を

昭和・平成・令和の3つの時代を指揮した名将は、伝統的なチームづくりをする一方で、時代に上手く適応しながら育成をしてきた。昭和から平成では、練習試合後に夜遅くや翌朝まで練習をしていたそうだ。しかし、令和のご時世でそのような練習を選手に強いれば、すぐに批判を浴びるだろう。また、今はスパルタ的指導法ではすぐに選手が辞めてしまい、彼らの可能性をなくしてしまうデメリットもある。現在はそこまでスパルタ的指導を行わない。

このような時代背景の中、馬淵氏は自身がやっとの思いでグラブを買ってもらった原体験を伝えることで、道具とお金の大事さをはじめ、グラウンドの練習では「負けじ魂」を植え付けていくのだ。これは、普段から諦めないメンタリティをつけさせる狙いがある。練習から諦めるクセがついていると、土壇場の大事な場面で踏ん張れないからだ。

◆選手への徹底した気配りと熱い想い

また、選手の親との関係も考えながら接している。明徳義塾では、県外から入学した選手が多いことや母子家庭の選手を配慮し、練習試合の応援やお茶当番は保護者に一切やらせない。これは、家庭環境で差が生まれると、まだ未成年の選手に対するメンタル面で影響が出るからだろう。このように、練習以外でも気配りをしながら、選手を支えていることがわかる。

様々な指導法や柔軟な対応力で、長年トップにいる馬淵氏からすると、目先の勝利も大事だが、人生に対して大局観を持って取り組んでほしい考えもあるだろう。選手達には、「人間はいつか花が咲くんよ。いつ咲くかが問題で、はよ咲いたら楽しみがないで」と声をかける。

好きな野球で大成すれば万々歳だが、なかなかそうはいかないこともある。それを踏まえ、選手には厳しい練習や試合に耐えた時を思い出して、今後の人生に活かしてもらえるように指導しているのだろう。馬淵氏の好きな言葉で「一芸は万芸に通じる」という世阿弥の名言がある。