総選挙で極右の国民連合(RN)は、第3勢力にとどまった(写真:Bloomberg)

主要3党はどれも単独過半数を確保できず

7月7日に実施されたフランスの国民議会(下院議会)選挙(定数577)は大勢が固まった8日時点で、最大議席を獲得したのは左派連合の人民戦線(NFP)で188議席、2番手は大統領中道派のアンサンブル(ENA)で161議席、選挙前は第1党になると予想されていた極右・国民連合(RN)は142議席で3番手と失速した。

ただ、主要3党はどれも単独過半数にいたっておらず、深刻な混乱が予想される。第1党のNFPは、急進左派から共産党、中道左派まで幅広い勢力が参加しており、今後、統一した政策を打ち出せるのかが危ぶまれているし、中道のENSを率いるマクロン大統領には、政策に大きな違いがあるが議席で上回るNFPと協力関係を築けるのか、政策的には一貫性を持つRNを相手に何ができるのかという難題がある。

NFPの指導者の1人で2027年の次期大統領選出馬を狙う急進左派、不服従のフランス(LFI)率いるメランション氏は「この結果から、マクロン氏は法的年金受給年齢を64歳から60歳に戻すべきだ」と強く主張した。

選挙中、NFPの公約の多くがバラマキで財源の根拠がないと批判されたが、NFPは最多議席を手に入れた。国会審議を無視して強権で退職年齢62歳から64歳に引き上げたばかりのマクロン氏には声も出ない主張だ。

第1党になると予想されていたRNの失速はなぜ起こったのか。

6月30日の第1回投票では、RNが300議席をうかがう勢いだった。RN躍進阻止のために、NFPとENSが共闘。2回目の投票前に220人以上の候補者を撤退させることで対RNの候補者を一本化したことが功を奏したと見られている。

今回の選挙ではRNが失速したと報じられているが、RNを率いるルペン氏は、確実に伸びる選挙での結果に手ごたえを感じているはずだ。2002年時点で1議席しかなかった国民戦線(FN、RNの前身)は2012年には2議席、2017年には8議席、2022年には89議席、今回は142議席獲得と躍進しており、2027年の大統領選に王手をかけているともいえる。

ルペン氏は、6月30日の第1回投票でRNがトップに立ったとき、「フランス人が間違ったグローバリズムにノンを突きつけた瞬間だった」と述べ、反グローバル化を前面に戦っている意思を表明した。コロナ禍でグローバル化のリセットを迫られる中、RNは時代の潮流を逆手に取って、グローバル化の間違いを訴えた。

実際、移民・治安問題や格差の問題、購買力低下の問題をマクロン政権は解決できていない。RNは移民の二重国籍廃止や移民家族呼び寄せ制限、刑務所収容人数が不足しているために、犯罪者を収監しないか、早く釈放することで再犯率が高まっている問題には、刑務所を全国80カ所以上に増設する政策などを訴え、支持を集めてきた。

政権政党への脱皮に取り組んできたRNは、今では確実に政治基盤を築き、ルペン氏は「わが党を極右と呼ばないでほしい」とメディアに要請している。

マクロン氏の足元の状況は混沌

一方、マクロン氏の足元の状況は混沌としている。今回最も議席を獲得した左派連合のNFPは、日ごろは互いに距離を置く20を超える左翼政治運動集団の寄り合い所帯で、選挙が終われば共通政策を打ち出すのは難しいとされている。

選挙の結果を受けて、アタル現首相は辞表を提出したが、現時点ではマクロン氏は受理を拒んでいる。仮に別のお気に入りの人物を首相に指名しても、議会が拒絶するのは明らかだからだ。政府が決まらず、ハング・パーラメント(宙吊り議会)の状態がバカンス明けの秋まで続く可能性は高い。7月26日からパリ五輪も始まるため、現閣僚維持で夏を乗り切ることをマクロン氏が選ぶ可能性は高いと複数のメディアが予想している。

そもそもマクロン氏の支持率低下の背景には、金融界のエリート出身で民主的話し合いを軽視したことがある。防衛や社会保障の重要法案について、議会審議を省略できる憲法49条3項を多発しており、強権独断政権にもはや有権者がついていっていない。

大した政策も打ち出せないマクロン政権が続けば、フランスは弱体化する。「マクロンは終わった」と指摘するメディアも出てきている。思想信条がまったく相容れない政党と無理な共闘をしたツケは大きいとみられる。

イギリスでは14年ぶりの政権交代

欧州では、イギリスの総選挙が7月4日に行われ、中道左派の労働党が大勝。14年ぶりの政権交代となった。スターマー新首相と労働党支持者たちは勝利に酔いしれているようだが、「かつての福祉優先の政策は打ち出せないのでは?」という疑問がある。

というのも、政治が経済優先になった現代、保守も労働党も選択肢は多くはないからだ。「小さな政府」を追求するはずの保守党政権下で、国民の租税負担率(対GDP比)は1940年代以降で最高となっている。

また、労働党だから左傾化とはいえない現実がある。スターマー氏は1997年に18年続いた保守党政権から政権奪取して首相となった労働党のトニー・ブレア氏ほど、圧倒的人気を得た期待の星とは見られていない。

今回の労働党の圧勝は、EU離脱、スコットランド独立運動、テロの脅威やウクライナ紛争を含むロシアとの緊張、コロナ禍などイギリスを取り巻く厳しい状況を経験した14年間の保守党政権の末にもたらされた。

特にブレグジットはデメリットを上回るメリットがいまだ見えない中、イギリスの主要メディアは、「イギリス人はブレグジットの是非を総選挙の争点にしたくなかった」と指摘する。

結果的にブレグジットに反対だった労働党が、ブレグジットの残した負の遺産を皮肉にも受け継ぐ結果になっている。コービン前党首時代の労働党は古臭いイメージの社会主義と党内に浮上した反ユダヤ主義グループが問題視され、スターマー氏はその払拭に努め、労働党は信頼を回復した。

今回の選挙戦で、労働党は減税に言及しなかった。すでにスナク前政権下で実施していたからだ。それに、国防費の対GDP比率を現在の2.3%から2.5%に引き上げるという保守党政権と同じ政策を継承した。ウクライナ支援の堅持、党内に慎重派がいるにもかかわらず、イスラエル・ハマス戦争でイスラエル支援継続を明確に打ち出した。

ブレア氏が登場した当時の社会民主主義が衰退した時期、労働党らしい福祉政策重視の政策は財政難で打ち出せなかったため、当時の前保守党政権の政策の多くが踏襲された。今回もスターマー氏は経済成長の必要性は最優先課題として保守党から受け継ぎ、社会主義的政策を熱望する党内左派からの圧力との間で、バランスを取ることが求められる。

フランスのほうが複雑

イギリスに比べれば、フランスのほうが複雑だ。理由は中道左派の社会党を含め、社会主義イデオロギーがフランスには根強く残っているからだ。バラマキ政策で社会主義政党らしさを出したいNFPだが、国民は左派らしい政策には興味がない。左派だったオランド政権(2012−2017)で経済が停滞した記憶があるからだ。

つまり、左派の選択肢はフランスでも多くはなく、有権者の関心は、単純に生活の質を高めてくれる政党ならイデオロギーは関係ないという政治意識が主流となっている。

(安部 雅延 : 国際ジャーナリスト(フランス在住))