今と昔の高齢者はどこが違うのか。芝浦工業大学の原田曜平教授は「スマホを活用する『デジタル高齢者』が出現している。たとえば高齢者の4人に1人はYouTubeを見ており、これまでの高齢者とは生活パターンが変わりつつある」という――。

※本稿は、原田曜平『「シニア」でくくるな! “壁”は年齢ではなくデジタル』(日経BP)の一部を再編集したものです。

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■独自調査で見えてきた高齢者の「現在」の実態

高齢者マーケティングでは、高齢者をひとくくりにせず、世代論に基づき、各世代の特徴やトレンド、考え方、価値観などを踏まえた上で、施策を考えることが重要である。世代論をベースにすれば、彼ら、彼女らがどのような時代を生きてきたかが分かり、志向性も把握できるため、どんな商品・サービス設計にすればよいか、どういった言葉や表現が響くかがある程度想定でき、マーケティング戦略づくりに大いに役立つ。

ただし、世代論だけでは、高齢者マーケティングを行う上での基礎的な材料としては不十分だ。世代論は各世代が生きてきた時代を検証し、どのような考え方をする傾向があるかを見るための切り口であり、いってみれば「過去」から得られる情報に過ぎないからだ。

必要なのは、「現在」の実態だ。だが、高齢者マーケティングのための実態を調査するのは、インターネット調査が主流となっている現代では難しい。

今回行った調査の対象は60歳以上の男女とし、60代、70代、80代以上の自立(介護が不要な人)、非自立(介護が必要な人)を、クラスターごとに50人前後〜60人をバランスよく抽出し、640人から有効回答を得た。

調査方法は、家族、介護スタッフ、調査員が本人から聴取して代理回答する聞き取り調査と、本人自身がWeb上のアンケートにアクセスして回答する2つの方法を採用した。インターネット調査に加え、面談調査も行うことによって、ネット利用者に偏ることなく、ネットにアクセスできない高齢者も含めた全体の実態を把握できる、希少価値の高い調査となっている。

出典=『「シニア」でくくるな! “壁”は年齢ではなくデジタル』

この調査によって、従来は難しかった高齢者の生活やインサイト、デジタルデバイス(本人保有のPCやタブレット端末、スマートフォン)やメディアの利用と視聴状況、各種広告への接触状況、消費実態の把握が可能になった。

■65歳以上の高齢者がいる世帯数は右肩上がり

調査結果を解説する前に、まず公的データによる高齢者世帯の動向を押さえておきたい。

「令和5年版高齢社会白書」によると、65歳以上の高齢者がいる世帯は、2021年時点で、世帯数が2580万9千世帯と、全世帯(5191万4千世帯)の49.7%を占めている。第1章で触れたように総人口に占める高齢者の割合は約3割だったが、世帯別では既に半数を占めている。

1980年では世帯構造の中で三世代世帯の割合が最も多く、全体の半数を占めていたが、2021年(令和3年)では夫婦のみの世帯と単独世帯(一人暮らしの高齢者)が、それぞれ約3割を占めている状況だ。

出典=『「シニア」でくくるな! “壁”は年齢ではなくデジタル』

特に注目すべきなのが、単独世帯が一本調子で増えていることだ。将来的には夫婦のみを抜いて最大になる可能性がある。日本では女性より男性の年齢のほうが上で結婚する率が非常に高く、現時点の高齢者ほどその傾向は顕著だ。さらに、女性のほうが平均寿命が長く、夫と死別した女性の単独世帯が多いことが要因となっている。

その他、未婚率、熟年離婚率も上昇傾向にあり、独り身の高齢者の増加が加速している。若い世代や現役世代でも、未婚率の上昇で「おひとりさま」市場が広がっており、ますます単独世帯が増えていくことを念頭にマーケティングは考える必要がある。

■人付き合いが活発な「デジタル高齢者

それでは、調査結果の話に移ろう。基礎情報として最初に触れておきたいのが、高齢者の生活の実態だ。高齢になると、人付き合いが減っていく傾向になるといわれている。

実際の状況はどうかというと、今回の調査から、高齢者が定期的に接する人数(人間関係数)は平均9.52人であることが分かった。平均より少ないのが「80歳以上」「可処分所得なし」の層であることから、やはり高齢になるほど付き合う人数は減り、そこにはお金があるかないかも関係してくる。

出典=『「シニア」でくくるな! “壁”は年齢ではなくデジタル』

一方、定期的に接する人数が平均より多い層は、高齢者の中でも若い「60代」、仕事を続けている人も多い「男性60代」、お金を持っている「可処分所得あり」の層であることが明らかになった。

特筆すべきは、「PC保有」「スマホ保有」層の人間関係数が多くなるという事実だ。つまり、PCやスマホを持って日常生活でそれらを活用している、いわゆる“デジタル高齢者”のほうが、人付き合いが多いという傾向がデータから読み取れるのだ。

また、外出頻度に関しては、「ほとんど毎日外出」が約半数に及ぶ。内訳を見てみると、「男性」や「60代」「自立」で多いことに加え、こちらも「PC保有」「スマホ保有」が平均を上回っている実態が目立つ。

出典=『「シニア」でくくるな! “壁”は年齢ではなくデジタル』

■「アクティブシニア」は今も昔も少数派

では、高齢者はどこに外出しているのか。外出目的を聞くと、「日常的な買い物など」が7割以上と圧倒的だった。次いで、大きく差が開いて「通院」「仕事」を挙げている。シンプルにいえば、外出するといっても、多くは近所の商店街やスーパーでの買い物目的というのが実情だ。

この結果から見えてくることは、その昔、広告代理店が躍起になって盛り上げた「アクティブシニア」は、現状でも多数派でなく、むしろ外出したとしても近所のスーパーという「非アクティブシニア」が目立つという実態である。

最近、旅行先で高齢者グループの姿を見かける機会が多いように思える。しかし、調査では「旅行で外出することが多い」と答えているのは約7%にすぎない。

だが、そうした中でも「アクティブなのでは?」と感じさせる層がある。それがデジタル高齢者だ。外出目的を「旅行」とした人の中では、PC保有、タブレット保有者に限ると15%超となり、平均の2倍以上になっている。また、外出目的を「スポーツ」と回答している人は、タブレット保有者では2割超と、平均の2倍に達している。

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■スマホやPCを持っている「デジタル高齢者」に限ると…

こうした結果から、アクティブシニアは全体的に見れば、昔も今もそれほど存在していないように思える。しかし、高齢者全体をひとくくりにせず、ことPCやタブレット、スマホを保有し、活用している層に限ると違った光景が見えてくる。

つまり、現代において、アクティブシニアは確かに存在し、それは紛れもなく「デジタル高齢者」である可能性が、調査から浮き彫りになった。

加えて、生活満足度についても尋ねると、非自立より自立、可処分所得なしより可処分所得あり、単身(単独世帯)より配偶者のみ(夫婦のみ)や子供と同居のほうが、満足度が高い傾向が出た。そして、保有端末別では、その他(いわゆるガラケー)よりも、スマホ保有、PC保有のほうが満足度が高いという結果が導き出された。

すなわち、デジタル高齢者は実際の行動がアクティブなだけでなく、内面も満たされた毎日を送っている傾向が示唆されたわけだ。

出典=『「シニア」でくくるな! “壁”は年齢ではなくデジタル』

■「推計2222万人以上」の巨大マーケットが広がっている

令和のアクティブシニアがデジタル高齢者であるならば、高齢者マーケティングで狙うべきは、言うまでもなくこのデジタル高齢者だ。

より人間関係数が多く、外出する頻度も高く、旅行やスポーツを行う傾向も高いのであれば、例えば人との交際や外出をする際、あるいは旅行やスポーツをする際に消費する機会が多くなる可能性があるからだ。また、PCやスマホを保有しているため、個別に情報を届けやすく、セグメントをしたマーケティングもしやすい。

ただし、デジタル高齢者に限った場合、市場規模がそれほどないのでは、マーケティング対象としてのメリットはなくなる。

では、そのマーケット規模はどれくらいだろうか。今回の調査では、「PCやスマホ、タブレットのいずれかを自分専用で保有する人」をデジタル高齢者と定義した。その保有状況は次の通りだ(図表6)。

出典=『「シニア」でくくるな! “壁”は年齢ではなくデジタル』

結果、デジタル高齢者は推計2222万人以上いることが見えてきた。(総務省統計局による、令和3年7月報の概算値と本調査結果より算出)。これは高齢者(60代以上)人口である4357万人(60代:1533万人 70代:1638万人 80代以上:1185万人)のおよそ半分に当たる規模である。

半分とはいえ、台湾(約2300万人)と同じくらいの人口規模となっており、デジタル高齢者にセグメントしても、巨大なマーケットであることに変わりはない。

■狙えるのはタモリ、北野武世代まで

ただし、高齢者の全世代が範ちゅうに入るわけではない。年代別の保有割合を見てみると、スマホやPC、タブレット端末ともに、80代の保有率が一気に下がっている。どの端末も持っていない人の割合は34.5%だ。

出典=『「シニア」でくくるな! “壁”は年齢ではなくデジタル』

こうしたことから、デジタルが届く年代は70代までといえる。すなわち、現在70代後半の世代がいる、芸能人でいえばタモリの年代に当たるキネマ世代や北野武の団塊の世代以降が、デジタル高齢者に該当することになる。

キネマ世代や団塊の世代は、サラリーマン時代の最後にPCで仕事をする機会を得た人もいて、その点でもデジタルと非デジタルを分ける境界といえるだろう。

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■デジタルを使いこなすほど「健康」という事実

一方、自立、非自立(要介護・要支援認定者)で分けた場合、デジタル高齢者であるか否かはどう関係してくるのか。調査結果から明らかになったのは、スマホやPC、タブレットの保有者は自立している傾向が高いという事実だ。

出典=『「シニア」でくくるな! “壁”は年齢ではなくデジタル』

一つの見方として、自立は健康な高齢者と考えることができる。つまり、デジタル高齢者であるほど、健康であるという傾向がデータからは読み取れる。

高齢者全体では、どのような情報メディアを見ているのか。現在利用している情報メディアを聞くと、最も利用されていたのが「地上波テレビ」で、利用率は93.7%。推定利用人口は4082万人に上り、ほぼ高齢者全員が視聴しているといって差し支えないだろう。

団塊の世代はテレビっ子世代である。それ以降の世代もテレビを見る機会が増えた世代であるから当然の結果だろう。利用時間帯は午前6時から午後11時までと、特定の時間帯に限らず利用される。視聴ジャンルも、ニュースやワイドショー、ドキュメンタリー、バラエティー、国内ドラマと幅広い。

次によく見ているメディアが「新聞」だ。新聞といえば多くの高齢者が読者となっている印象だが、利用率は56.2%と半分程度にとどまった。高齢者の間でも読者が減っている現状が垣間見られた。利用時間帯は午前中であり、朝刊のみを購読している様子がうかがえる。

高齢者の4人に1人がYouTubeを利用している

3番目に利用されているのが、高齢者にとっては新しいメディアに分類される対話アプリ「LINE」だ。利用率は39.5%に上り、推定利用人口は1721万人と、高齢者の間でも普及し、存在感を示している。利用時間帯は午前7時から午後11時までで、テレビと同様、時間帯を選ばず使われている。利用する動機としては、主に孫とのチャットや写真のやり取りが挙げられる。

原田曜平『「シニア」でくくるな! “壁”は年齢ではなくデジタル』(日経BP)

その他、高齢者にとって目新しく感じるメディアとしては、「Google検索」が利用率約3割、推定利用人口1324万人と活用度が比較的高い。「Yahoo!検索」も利用率26.1%、推定利用人口1137万人と活用が広がっている。

こうした数字からも、企業は受動的に情報を届けられるテレビ広告だけを重視するのではなく、分かりやすい説明を施したWebページを設け、「詳しくは検索で」と案内する手法も、高齢者には有効になりつつあるといえる。

そして注目すべきが、動画共有サイト「YouTube」の利用率が25.7%、推定利用人口1120万人と、高齢者の4人に1人が活用するメディアになっていることだ。利用は、午後8時から午後11時と夜の時間帯だ。

■新しいメディアは若者だけのものではない

例えば、午後7時台は地上波でNHKのニュースを視聴し、午後8時くらいからはYouTubeを楽しむという生活パターンがイメージできる。高齢者は、時間のありそうな日中に視聴を楽しんでもよさそうなものだが、YouTubeは若者と同じように夜に楽しんでいるという状況は興味深い。

さらに特筆すべきは、LINE、Google検索、Yahoo!検索、YouTubeの4メディアは、PC保有、スマホ保有のデジタル高齢者では利用率が跳ね上がることだ。例えばLINEの場合、PC保有では76.3%、スマホ保有では64.7%という結果が出ている。

全体と比較すると、いずれも1.5倍以上だ。デジタル高齢者を狙う場合、これらの新しいメディアをマーケティング戦略に組み入れることが、有効な選択肢となることを示唆している。

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原田 曜平(はらだ・ようへい)
マーケティングアナリスト、芝浦工業大学教授
1977年東京都生まれ。慶應義塾大学商学部卒業後、博報堂入社。博報堂ブランドデザイン若者研究所リーダーを経て、現在はマーケティングアナリスト。2022年より芝浦工業大学教授に就任。2003年、JAAA広告賞・新人部門賞を受賞。主な著作に『ヤンキー経済 消費の主役・新保守層の正体』(幻冬舎新書)、『パリピ経済 パーティーピープルが経済を動かす』(新潮新書)、『Z世代 若者はなぜインスタ・TikTokにハマるのか?』(光文社新書)、『寡欲都市TOKYO』(角川新書)、『Z世代に学ぶ超バズテク図鑑』(PHP研究所)などがある。
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(マーケティングアナリスト、芝浦工業大学教授 原田 曜平)