日本では終売したカムリも主力車種として今も販売される

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日本では販売されないSUV、ハイランダー(写真:广汽トヨタ)

超BeYonD――。

2024年6月18日、トヨタと第一汽車の中国合弁である一汽トヨタは、そんなキャッチコピーを打ち出し、中国恒例の通販セール「618商戦」に合わせて、期間限定の値下げキャンペーンを実施した。

「超BeYonD」と、B・Y・Dの3文字が大文字で強調されていることから、「BYDを超える」と解釈され、中国の電気自動車(EV)大手、BYDの攻勢に対して反撃する意図が示されたものと読み取れる。

トヨタの主力車より2割以上も安いBYDのPHEV

BYDが、2024年5月28日に発売した新型プラグインハイブリッド車(PHEV)「秦LDM-i」と「海豹06DM-i」は、EVモードを含む計2100kmの走行を実現し、燃費性能とコネクテッド技術でエンジン車との差別化を図ろうとしている。

驚いたのは、ベーシック版の価格がそれぞれ7.98万元、9.98万元に引き下げられ、同セグメントのトヨタの主力モデルと比べて、2割以上安いこと。それだけの差がつくと、日系エンジン車はBYDのPHEVと勝負にならない。


BYDが低価格で売り込むPHEV、秦LDM-i(写真:BYD)

かかる中、一汽トヨタは、セダンの「カローラ」とSUVの「カローラクロス」をそれぞれ4.3万元、3万元値下げし、秦LDM-i、海豹06DM-iと価格を合わせてきた。また、広汽トヨタも「カムリ」や「ハイランダー」など、人気モデルの大幅な値下げに踏み切っている。

中国では、NEV(新エネルギー車)補助金政策が2022年末に終了したことを受け、BEV(バッテリー駆動のEV)の販売が減速する傾向にある。

BYDのほか、アメリカのテスラなどにも値下げの動きは広がっており、電動車/エンジン車(ICE車)にかかわらず、価格競争の波が押し寄せてきているのだ。

特にBYDは、2024年に「電比油低(電気は燃油より価格が低い)」を打ち出し、PHEVの価格破壊でエンジン車のボリューム層マーケットを一気に刈り取ろうとしている。

価格競争に突入したトヨタから日本車の苦戦が反映される一方、中国市場で「マルチパスウェイ」戦略を掲げるトヨタの行方がますます注目される。


中国でカムリに攻勢をかけるBYD SEAL。日本でも6月25日に発売した(筆者撮影)

ホンダ、日産…、日系メーカーは軒並み減

日系メーカーを詳しく見ていこう。ホンダの2024年1〜5月の中国販売台数は、前年同期比16.7%減の34.6万台。値下げ競争に慎重な姿勢を続けたホンダは、5月に従業員の14%にあたる1700人規模の希望退職者の募集を実施し、コスト削減を行っている。

経営規模の縮小や主力モデルの競争力の低下などを勘案すれば、2024年通年の販売台数は100万台近辺に落ち込む可能性がある。そうなれば販売台数は、ピークとなった2020年の約4割減だ。

日産は、前年同期比1.0%減の28.6万台となり、底入れ感が出てきた。中国市場で67%を占めているセダンの「シルフィ」とSUVの「キャシュカイ」を値下げし、販売台数を維持している。


主力モデルのキャシュカイは日本未導入のSUV(写真:東風日産)

価格競争に巻き込まれると、継続的に値下げすることになるだろう。とはいえ、地場ブランドNEVのコスパに太刀打ちできない中、さらなる値下げはあまり現実ではない。今年6月には、年産13万台の常州工場を閉鎖し、余剰生産能力の削減を図っている。

では、トヨタの状況はどうだろうか。トヨタは、HEVの豊富なラインナップを強みとし、中間所得層以上の消費者を中心として買い替えニーズを満たしてきた。特に一汽トヨタ「カローラ」と広汽トヨタ「レビン」が、大衆向けセダン市場のロングセラーとしてトヨタの販売台数を支えている。

しかし、BYDが2023年2月に発売したPHEVのコンパクトセダン、「秦PLUS DM-i」チャンピオンバージョンは、カローラと同様の価格帯で販売し、2024年モデルの「秦PLUS DM-i」はカローラより3割も安くなっている。

大衆向けセダンで苦戦する中、トヨタは最新のHEVシステムである「第5世代THS」を搭載した小型クロスオーバーSUV、「カローラクロス」および姉妹車の「フロントランダー」を投入し、セダン販売の減少分を埋めようとしている。


カローラクロスは日本で販売されるものと基本的に同一モデル(写真:广汽トヨタ)

実際、2023年のカローラの販売台数は17.6万台で、2020年比14万台減だった一方で、2022年発売したカローラクロスは14.6万台となった。また、広汽トヨタにおいては、レビンの低迷に対しフロントランダーが前年比2倍の19.7万台を販売し、好調だ。

こうした製品戦略により、トヨタは2021年以降、年間190万台を超える販売台数を記録し、中国進出以来のもっとも高い水準を維持している。

トヨタにかかる2つの懸念

しかし、2024年はトヨタにも暗雲が立ち込める。熾烈な価格競争の影響で、2024年1〜5月の販売台数(レクサスを含む)は前年同期比10.3%減の63.2万台。そのうち、一汽トヨタと広汽トヨタは、それぞれ12.4%減、14.8%減となっているのだ。


NXも中国でよく売れているレクサスのSUVだ(筆者撮影)

系列の部品サプライヤーとディーラーの収益を維持するためには、一定規模の販売台数が必要である。そこでトヨタは、カローラクロスとフロントランダーの価格を“10万元切り”の水準まで値下げし、中国勢に対抗しようとしている。

こうした値下げ戦略は、短期的には販売台数の維持につながるだろう。しかし、トヨタには2つの懸念が潜む。

1つ目は、収益への影響だ。トヨタの中国現地法人の営業利益は、2023年度に前年度比0.5%増(1956億円)にとどまり、伸びの鈍化が見られている。

販売費の増加により、中国事業への投資損益(2689億円)は、前年度比で356億円減少。合弁メーカーの工場稼働率を見ると、広汽トヨタは2022年の113%に対して、2024年1〜5月は70%へと低下しており、一汽トヨタの同80%から60%にとどまっている。

今後、高級車を含む欧米系エンジン車、地場系PHEVが中型車の値引き攻勢をかけていくとなれば、トヨタの収益に影響を与えると考えられる。

実際、広汽トヨタは10代目のビッグマイナーチェンジ版となる新型カムリの値下げを行ったが、2024年1〜5月の販売台数は、前年比3割減だ。

ドル箱であるカムリの販売台数を維持するため、さらなる値下げを実施するとなれば、広汽トヨタの収益低下の懸念が現実となるだろう。


フロント周りを中心に大きくデザインが変わった新型カムリ(筆者撮影)

2つ目は、中古車市場での変化だ。競合ブランドと比べて、中古車として売る際のリセールバリュー(売却時価値)の高さは、ブランド力が反映される重要な指標となるが、ここで気になる動きが見られた。

中国汽車流通協会による、2024年5月の平均リセールバリュー(車齢3年)を見てみると、BMWが61%、フォルクスワーゲンが57%、日産が56%であるのに対し、トヨタは61%となり、はじめてホンダ(65%)に抜かれたのだ。

NEVメーカーとエンジン車メーカーの戦いは続く

エンジン車ブランドの中では、トヨタのリセールバリューは高いといえるが、2021年が87%であったことを考えると、近年の値下げ販売により、ブランド力の低下が表れているといえる。

2023年からグローバル市場で「EV失速」のムードが漂っており、中国市場でも「EV販売減速」「PHEVの躍進」「熾烈な価格競争」「外資系シェアの急落」などが起きている。

その足元で、トヨタの中国販売に占める電動化率(HEVを含む)は約45%となり、中高級でも40%となった。EVの販売台数も、実数としては少ないものの、昨年比では大きく伸びている。

こうした変化から、EVの一時的減速でひと息つくのではなく、トヨタが着実に「マルチパスウェイ」戦略を推進することがうかがえる。


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今後、中国でエンジン車の残存者利益を獲得するため、トヨタはHEVのコストダウンや大型車の差別化など、既存のフルラインアップ戦略を見直す必要があり、同時にSDV(ソフトウェア定義自動車)や、コネクテッド機能を備えるEVの開発スピードを上げる必要がある。

一方、NEV向け車両購入税の免除政策(車両価格の10%に相当する優遇)は2027年に終了する予定だ。この先、NEVメーカーとエンジン車メーカーの間で熾烈な消耗戦が行われ、トヨタの中国事業には厳しい試練が待ち受けているといえる。

(湯 進 : みずほ銀行ビジネスソリューション部 上席主任研究員、中央大学兼任教員、上海工程技術大学客員教授)