エステーは睡眠ケアやペットケアなど新機軸を打ち出し、シェア拡大を進める(記者撮影)

トイレや玄関・リビングなどに置かれる「消臭力」が、ついに寝室の開拓に乗り出しているーー。

家庭用の消臭芳香剤大手メーカー・エステーの「消臭力 プレミアム アロマ」シリーズの販売が好調だ。昨年9月に発売した「消臭力 プレミアム アロマ フォー スリープ」を筆頭に、2024年3月期の売上高は前期比128%と大幅に伸ばしている。

消臭芳香剤の市場自体はコロナ禍で拡大した後、成長が鈍化している。そんな逆風の中でもプレミアムアロマは500円前後と高単価ながら売れているのだ。エステーはどのように需要をつかんだのか。

芳香剤を置く場所はまだある

成長のカギは「新たな部屋」の開拓だった。家庭内の消臭力の置き場所は限られている。1〜2カ所のトイレや、玄関とリビングに1つずつ使用しても、最大4つ程度にしかならない。

エステーが目を付けたのが、寝室の開拓だ。新たな使用シーンを生み出せれば、使用個数を増やせると考えた。とはいえ、消臭ニーズの強いトイレと同じ商品が、寝室で普及するとは考えにくい。


そこで、寝室での用途に合わせ、消臭だけでなく睡眠の環境を整える香りを訴求した「フォー スリープ」を開発した。

香料の研究を行うジボダン社のフレグランスオイルを配合し、パッケージも寝室で違和感のない落ち着いたデザインを採用した。

ターゲットは軽い寝不足などの悩みを抱える20〜30代の若年女性。ほかの日用品市場でも、夜間の美容をアピールした高単価なシャンプーが売れるなど、睡眠時のケアの需要が高まっていることに着目した。

エステーはこれまでテレビCMによる広告が中心だったが、動画広告の配信や、SNSでの発信で若年層への認知を広げるなど、ネット広告の比率を高めてアピールしている。「(動画などネット広告を)継続的に配信することにより、購買を促進してきた」(エアケア第2チームの河内ともみチームリーダー)という。

上月洋社長は消臭力の拡大余地についてこう語る。「部屋の数を考えれば、本来6個程度は消臭芳香剤を置けるはず。今後は書斎や子供部屋なども狙えるかもしれない。パーソナルな空間での集中力の向上や、ストレス緩和といった付加価値は受け入れられると期待している」


かつて柔軟剤市場も「柔らかくする」機能に香りという価値が加わり、市場が拡大していった。消臭芳香剤でも、それぞれの部屋のニーズに合わせた香りの開発やコンセプトづくりがカギになりそうだ。

猫の健康チェックにポテンシャル

消臭芳香剤と並んで投資を強化するのがペットケアだ。ペットケアを含むホームケア事業は売上高の1割程度にすぎないが、今年6月に花王から譲受した猫用システムトイレ「ニャンとも清潔トイレ」関連事業をテコに、育成を進める考えだ。

期待を寄せる商品の一つが、ニャンとも清潔トイレの「おしっこチェックキット」。尿を採取するキットで量や濃度を確認し、猫の健康状態を手軽に確認できる商品だ。キットを動物病院で検査し、猫を病院に連れて行く必要性があるかを事前に調べられる。

花王時代はECを中心に販売していたが、現在はドラッグストア等への営業を強化している最中だ。エステーの持つ消臭の技術とかけ合わせた商品開発も進め、拡販を狙っていく。

「猫の寿命は伸びており、1頭にかける金額も上がっている。猫は病気を隠す傾向にあるため、手遅れになる前に気づける健康チェックの商品は伸びしろがある。今後ベンチャー企業との連携や、猫がリラックスできる香りの開発など、猫のウェルネス領域を強化したい」(上月社長)

新規事業への投資も強化する。核となるのが、森林研究の中で発見した技術「クリアフォレスト」の活用だ。北海道の樹木であるトドマツから抽出した成分で、消臭効果や大気汚染低減、森林浴の効果があるという。

これまで法人向けに原料供給や一部自社商品の開発も行ってきたものの、売り上げ規模は大きくなかった。足元では、クリアフォレストのリラックス効果を利用したアロマスティック「ルナマイン」を新たに立ち上げた。手首などに塗って気分転換できることをアピールし、ドラッグストアでの拡販を計画している。

リラックス効果をもたらす森の成分は、家庭だけでなくオフィスなどの需要もあるとみている。今後、積極的に商品を投入していく構えだ。

「創業家」に頼らない経営へ脱皮

エステーの会社の体制も大きく変化している。過去10年間は、前社長の鈴木貴子会長を始めとした創業家が経営の根幹を担ってきた。一方、昨年6月から舵取りを担う上月社長は1987年にエステーに入社後、営業やマーケティングなどを経験してきた生え抜きの社長だ。


上月社長は1987年にエステーに入社後、2009年執行役マーケティング部門担当、2012年常務執行役グローバルマ―ケティング部門担当等を経て、2023年6月に社長に就任した(撮影:尾形文繁)

「これまで、社内には創業家出身の社長が言ったことに従い、それで失敗しても仕方ないという風土が正直あった。今後は全員経営で、社員がアイデアを自分から提案できるよう働きかけていく」と、上月社長は意気込む。

たとえば、若手社員を対象にしたプログラムでは、社外講師による経営に関するレクチャーや海外でのフィールドワークを実施。その後、新事業に関するプレゼンテーションを経営層に行い、期待値の高いアイデアの事業化を目指す。

芳香剤ではP&G、ペットケアではユニ・チャームなど、ライバルとの差は大きい。消臭芳香剤、ペットケア、独自技術など、それぞれ新発想でシェアを奪取できるか。上月社長の手腕が問われることになる。

(伊藤 退助 : 東洋経済 記者)