「インド映画ブーム」火付け役語る"映画の目利き"
1998年6月13日シネマライズにて公開され、22週間のロングランヒットを記録。ミニシアターブームの代表的作品のひとつとなった『ムトゥ 踊るマハラジャ』©1995/2018 KAVITHALAYAA PRODUCTIONS PVT LTD. & EDEN ENTERTAINMENT INC.
『ムトゥ 踊るマハラジャ』や『ロッタちゃん はじめてのおつかい』『ロッタちゃんと赤いじてんしゃ』といえば、1990年代から2000年代前半にかけての映画界を語る際に欠かせない作品であるが、それらの作品の日本公開を手がけたのが映画評論家・江戸木純氏が代表を務める配給会社エデン。
既存の配給会社が扱わない作品を手掛けることに定評があるエデンだが、令和を迎えた現在、エデンは何を仕掛けようとしているのだろうか。
前編では江戸木氏に、6月28日から新宿武蔵野館で上映される第4弾「グランドフィナーレ」で最終章を迎える「ベルモンド傑作選」を中心に話を聞いた(前編:映画館にシニア呼び戻す「ベルモンド作品」の魅力)。
後編となる今回は、『ムトゥ 踊るマハラジャ』や『ロッタちゃん はじめてのおつかい』『ロッタちゃんと赤いじてんしゃ』の裏話を中心に、エデンの成り立ち、仕事のスタイルなどについても話を聞いた。
大手がやらない作品をやったら当たった
――『ムトゥ 踊るマハラジャ』や『ロッタちゃん』シリーズ、『死霊の盆踊り』をはじめとしたエド・ウッド作品など、江戸木さんが手掛けた作品は非常に記憶に残るものが多いように思うのですが。
元々そういうことをやるつもりはなかったんです。でも『ロッタちゃん』なんかもそうですけど、自分でやらないと誰もやってくれないようなもの、大手がやらない作品をやったら、たまたま当たったという感じで。他の人がやるようなものは、あえて競争してやってもしょうがないですから。そういうふうにやらざるをえなくなって。それでもう30年近くやっていますけどね。
――確かに江戸木さんが選ぶ作品には、こんな作品があったのかという驚きや発見を感じさせられるものが多かったように思います。
1980年代の中ごろに映画の権利を売買する仕事をしていたんですけど、当時の売れ線のものというとホラーかアクションばかりで。
今でこそマーケットに行かなくても、配信とかでも観られますけど、当時はそこに行かなきゃ観られない。そういう時代だったので。海外のマーケットに行って、朝から晩まで寝るヒマもなく一日中ホラー映画ばかり観ていると、だんだん嫌になってくるんですよ。
そんな中で、面白いんだけど日本に入ってきてない映画というのが実はいっぱいあるんだなということを知ったんです。
シンガポールで見つけたインド映画
そういう作品を日本で公開したいと思ったきっかけとなったのが『ムトゥ 踊るマハラジャ』というインド映画でした。
今でこそインドがものすごい娯楽映画大国だということを知る人も多いと思うんですが、当時のインド映画って、日本ではサタジット・レイとか堅い映画しか公開されてなかったんです。
インドの人たちでさえ、どうやって海外に売っていいのかわかっていないレベルだった。自国だけで何とかなるから、海外マーケットに売りに来なかったんですよ。今は海外でも売れるのがわかっているので、マーケットにも来ていますけどね。
だから自分も『ムトゥ 踊るマハラジャ』を見つけたのは、たまたまプライベートで旅行に行ったシンガポールのビデオ屋さんでした。
知らない映画がズラーッとある中で、店番の女の子に「どういうのが人気あるの?」と聞いたときに、紹介してくれたのが『ムトゥ 踊るマハラジャ』。それで観てみたらめちゃくちゃ面白くて。
アクション、ラブロマンス、そして豪華絢爛な歌と踊りのミュージカルなど、『ムトゥ 踊るマハラジャ』の大ヒットは90年代当時の映画業界に強烈なインパクトを与えた©1995/2018 KAVITHALAYAA PRODUCTIONS PVT LTD. & EDEN ENTERTAINMENT INC.
こういうのを日本でやれないかなと思って、知り合いの映画館でブッキングを担当している人たちに相談したんですけど、みんな「こんな長くて、無名な作品はできないよ」って言うんですね。
「でもこれ面白いんだけどなぁ」なんて言いながら、妻とビデオを毎日観ていて。それでも飽きなかったんで。やっぱりこれ観たい人がいるんじゃないのかなと思って、それで2年ぐらいかけて、権利元にたどり着いて。上映したら当たっちゃったという感じです。
――ミニシアターブームの時代にやっていた映画会社で、今でもまだ継続してやっているところも少なくなってきたように思うのですが。
みんなうまくいくと会社を大きくしようとするんですよ。とかくうまくいくと、どんどん値段の高い映画に手をつけたりして、それで赤字になって。会社を駄目にしちゃうことが多いんですけど、でもうちなんかは自分と妻しかいない会社なんで。やれる範囲でしかやってないし、大きくしていこうという気持ちもない。それでよかったんだと思うんです。
江戸木純(えどきじゅん) 1962年東京生まれ。映画評論家、プロデューサー。1998年に配給会社エデンを設立。執筆の傍ら『ムトゥ 踊るマハラジャ』『ロッタちゃん はじめてのおつかい』『処刑人』など既存の配給会社が扱わない知られざる映画を手がける。『王様の漢方』『丹下左膳・百万両の壺』では製作、脚本を手掛けた。『死霊の盆踊り』 『ベルリン忠臣蔵』から『バーフバリ王の凱旋』まで、ビデオバブル期から現在まで、付けた邦題&キャッチコピーは数百本。著書に『龍教聖典・世界ブルース・リー宣言』などがある(写真:筆者撮影)
映画会社って基本的に10本やったら1本ぐらいしか当たらない世界なので。1本のヒットが他の9本をフォローする。昔はマイナスをビデオ化権でカバーできたけど、今はそれもできなくなった。この仕事はかなりリスクを伴うものなんです。
でもうちはそういうことはしないようにしてきたというか。自社で権利まで持っている作品もありますけど、最近は配給の委託の部分だけ受けたりとか、宣伝プロデュースという、企画宣伝の部分だけを受ける仕事とか。そういうふうにシフトしていっているので続けられているという感じですね。
だから他社と競争して買わなきゃいけないような作品はあえてやらない。黙ってたら誰もやらないようなもの、というだけでも十分に数があったので。それでこういうラインナップになっている、という感じですね。
ロッタちゃんとの出会い
――ミニシアターブームの頃に恵比寿ガーデンシネマで大ヒットを記録した『ロッタちゃん はじめてのおつかい』と、その前作にあたる『ロッタちゃんと赤いじてんしゃ』は2024年3月に2Kリマスター版で公開されました。
それもやはり20数年前。北欧の子ども映画のレベルが非常に高くて、面白い映画がいっぱいある、ということをそのときに知りました。
そのときはこれも全然日本に入ってきていなくて。たまに『長くつ下のピッピ』とかが自主上映で公開されていたりはしていたんですが。そういう中で、ロッタちゃんっていう女の子が、ハサミを持ってセーターを破るビジュアルを観て、なんじゃこりゃと思って、観てみたら面白いんですよね。
「長くつ下のピッピ」で知られるスウェーデンの童話作家アストリッド・リンドグレーンの「ロッタちゃん」シリーズが原作。2000年1月15日に恵比寿ガーデンシネマにて公開され、大ヒットを記録した。© 1993 AB SVENSK FILMINDUSTRI ALL RIGHTS RESERVED
ただ当時のビデオレンタルマーケットには合わない。でも作品はいいからやりたいなと思っていたんですけど、そんな時に当時の恵比寿ガーデンシネマの人に「こういうのがあるんですけどどうですかね?」と聞いたら「いいですね」となり。それでやることが決まった。
日本では続編の『はじめてのおつかい』を最初にやったんですけど、その後に1作目の『赤いじてんしゃ』も観たいという声があがったんで、続けてやることになって。ほぼ1年ぐらいやりました。その前にやった『ムトゥ 踊るマハラジャ』も含め、ビギナーズラックみたいなものでしたね。
――ロッタちゃんといえば、相棒となるブタのぬいぐるみ“バムセ”が有名です。2000年の日本初公開時には全国の上映劇場で売切れが続出したそうですが。
実はこの映画を2000年にやることになったときに、スウェーデンに行ったんですけど、そこに「アストリッド・リンドグレーン・ヴェールド」というテーマパークがあって。映画もそこで撮影したんですが、そのセットも全部残っていて。
そこの売店に豚のぬいぐるみがバーっと山積みになってて。これを日本で売りたいなと言ったら、全部買ってくれるなら売ってあげるよと。3000個あったんで、どうしようかなと思ったんですけど、共同でやってた人たちに相談したところ、買っちゃえということになって。
『ロッタちゃん』シリーズの劇中で、ロッタちゃんが肌身離さずに一緒にいた頼れる相棒「バムセ」のぬいぐるみ。螢汽鵝Ε▲蹇
買ったんですけど、実際に船でやってきたら部屋に入りきらないくらい大量の箱が来ちゃって。仕方なく倉庫を借りたので、すごくお金がかかってしまった。これはマズいなと思ったんですけど、でもそれを実際に映画館で売り始めたらものすごい売れ行きで、3週間でなくなっちゃった。それでもっと欲しいと言ったんですけど、もうないと言われて。
それで日本のサン・アローというメーカーの方がその光景を見ていて。つくれませんかと言ってくれたんで、そこでライセンスの契約をしてもらってつくったら、それも爆発的に売れちゃって。
そういうこともあって今回の上映に合わせて、もう一度つくってもらったんですけど、それもまた売り切れちゃった。なんでたくさんつくらないんだと配給会社が怒られるという(笑)。
ロッタちゃんは3人の子どものお母さん
そういうようなことはありつつも、今回も観た人たちにすごく喜んでもらえたんで。やった甲斐はありました。映画自体はできてから30年ぐらいたつんですけど、ロッタちゃんを演じたグレテ・ハヴネショルドさんは今、実際に3人の子どものお母さん。一番下の子が今ロッタちゃんぐらいの年齢なんですよね。
今回の上映でも世代を超えて、昔、映画館に来てくれた人たちが子どもとか孫を連れて観に来てくれたり、というところがあったんで。それもすごくよかったなと思いますね。
そういう歴史も感じながらも、やはり作品がいいからやり続けられるということかなと思いますけどね。
ちょっと前にはインドの製作会社と一緒に『ムトゥ 踊るマハラジャ』の4Kリマスターをつくったんですけど、そういうことをやることによって長い間、観てもらえる作品になる。
『RRR』と一緒に上映されることも
今やインド映画というと『RRR』とかそういう時代になってるので、『ムトゥ 踊るマハラジャ』を知らない人も多くなっている。そんな中、全国各地で『バーフバリ』や『RRR』を上映されると、『ムトゥ 踊るマハラジャ』も一緒に上映してくれるんで。案外息の長い感じで続けられています。
今後も良い作品があればやっていきたいなと思っていますが、とりあえず今年は、「ベルモンド傑作選」『帰って来たドラゴン』『ロッタちゃん』をきっちりやって。全国の皆さんにしっかりと届けていきたいと思っております。
エデンが配給する「ジャン=ポール・ベルモンド傑作選GRAND FINALE」(全国順次公開中)。写真は『おかしなおかしな大冒険』© 1973 / STUDIOCANAL - Nicolas Lebovici - Oceania Produzioni Internazionali Cinematografiche S.R.L. All Rights Reserved
この記事の前編:映画館にシニア呼び戻す「ベルモンド作品」の魅力
(壬生 智裕 : 映画ライター)