「ジャン=ポール・ベルモンド傑作選GRAND FINALE」(全国順次公開中)で上映される『ライオンと呼ばれた男』 © 1988 / Les Films 13 - STUDIOCANAL - TF1 Films Production - Stallion Film Und Fernseh Produktiongesellschaft - Gerhard Schm Film Script. All Rights Reserved

『ムトゥ 踊るマハラジャ』や『ロッタちゃん はじめてのおつかい』『ロッタちゃんと赤いじてんしゃ』といえば、1990年代から2000年代前半にかけての映画界を語る際に欠かせない作品だが、それらの作品の日本公開を手がけたのが映画評論家・江戸木純氏が代表を務める配給会社エデン。

2020年秋には、フランスを代表する名優の代表作を集めた特集上映「ジャン=ポール・ベルモンド傑作選」が予想を超えるスマッシュヒット。コロナ禍で映画館を敬遠していたシニア層をはじめ、新しくベルモンドを知った若者にも訴求し、「ベルモンドがシニアを映画館に呼び戻した!」と話題を集めた。

「ベルモンド傑作選」はその後、第3弾まで続き、いよいよ6月28日から新宿武蔵野館ほかにて全国順次公開中の第4弾「グランドフィナーレ」で最終章を迎える。

令和を迎えた今、仕掛けようとしていること

そして今年は“和製ドラゴン”と名高い倉田保昭が日本に凱旋してから50周年という節目の年であることにちなみ、彼の代表作となる香港映画『帰って来たドラゴン』(1974)のリバイバル上映も決定。さらにエデンを語るうえで欠かせない重要作、『ロッタちゃん はじめてのおつかい』『ロッタちゃんと赤いじてんしゃ』の2Kリマスター版も全国順次公開中だ。

既存の配給会社が扱わない作品を手がけることに定評があるエデンだが、令和を迎えた現在、エデンは何を仕掛けようとしているのだろうか。

そこで今回は江戸木純氏にインタビューを敢行。前編では「ベルモンド傑作選」と『帰って来たドラゴン』を現代に上映する意味について、後編(6月29日配信予定)では『ムトゥ 踊るマハラジャ』や『ロッタちゃん はじめてのおつかい』を公開した当時のエピソードについて話を聞いた。

――2020年からはじまったジャン=ポール・ベルモンドの特集上映「ベルモンド傑作選」も非常に好評で、6月28日からは新宿武蔵野館で第4弾となる「グランドフィナーレ」が行われるなど、お客さんも大勢来場しています。

第1弾のときには、昔、ベルモンドを宣伝したことのある人から「ベルモンドは入らないよ!」なんて言われたんです。

ちょうどコロナが始まった頃だったので、シニアが劇場に来なくなっていたのですが「ベルモンドがシニアを呼び戻した」と言われたぐらい、新宿武蔵野館でも、その年いちばんに入った企画でした。

第2弾も、第3弾も大勢来ていただきましたし、待っていてくださる方もいるんですよね。新宿武蔵野館の若いスタッフも、ベルモンドは素晴らしいと楽しみにしてくれていますし。


江戸木純(えどきじゅん) 1962年東京生まれ。映画評論家、プロデューサー。1998年に配給会社エデンを設立。執筆の傍ら『ムトゥ 踊るマハラジャ』『ロッタちゃん はじめてのおつかい』『処刑人』など既存の配給会社が扱わない知られざる映画を手がける。『王様の漢方』『丹下左膳・百万両の壺』では製作、脚本を手掛けた。『死霊の盆踊り』 『ベルリン忠臣蔵』から『バーフバリ王の凱旋』まで、ビデオバブル期から現在まで、付けた邦題&キャッチコピーは数百本。著書に『龍教聖典・世界ブルース・リー宣言』などがある(写真:筆者撮影)

この企画自体、実は30年ぐらいかかって実現したものなんです。元々VHSビデオの時代に、映画の買い付けの仕事をしていたんですが、その時はジャン=ポール・ベルモンドほどのスターであってもVHSになってない作品が案外あったんです。

僕たちの世代はジャン=ポール・ベルモンドをスターとして知っている世代なんですけど、1970年代の後半あたりから、彼の映画は日本で当たらなくなったんです。

フランスではヒットでも日本では当たらず

フランスでは1980年代もマネーメイキング・スターで、フランスの国宝と呼ばれるほどの大スターなんですけど、映画自体はフランス版のスティーヴン・セガール映画みたいなゴリゴリのアクションやドタバタコメディーで。

それがフランスでは大ヒットしていたんですが、そういう映画が日本に入ってこなくなった。たまに日本で上映しても全然客が入らないから、「ベルモンドは当たらない」というのが日本の興行界の常識になってしまった。

でも僕はベルモンドが好きだったんで、なんとか日本で上映できないかと思っていたんですが、フランスでは超一級のタイトルなので安くしてくれないわけなんです。だから誰も買わなくなっちゃって。どんなに有名な人でも、作品が観られない状態が30年も、40年も続くとみんな知らなくなってしまいますよね。

だからベルモンドをやりたいとずっと言ってきたんですけど、全然実現できずにいた。それから20年、30年とたったあたりで、フランスで2Kリマスターがつくられるようになってきて。

それでキングレコードの担当の方に「こういうのできないですかね?」と話したとき、「どうせやるなら、まとめてやったらどうでしょう?」と提案していただいて「傑作選」がスタートしたんです。

実は第1弾のときの目玉作品はフィリップ・ド・ブロカとベルモンドの傑作『おかしなおかしな大冒険』になるはずだったんです。


「ジャン=ポール・ベルモンド傑作選GRAND FINALE」(全国順次公開中)で上映される『おかしなおかしな大冒険』© 1973 / STUDIOCANAL - Nicolas Lebovici - Oceania Produzioni Internazionali Cinematografiche S.R.L. All Rights Reserved

もともとこれはワーナー・ブラザースが日本の配給権を持っていた作品なのですが、映画が当たらなかったこともあり、VHSもDVDも発売されなかった。

その後、権利が、ワーナーからフランスのスタジオカナルという会社に戻ることが決まったので、そのタイミングでこの作品を第1弾「傑作選」の目玉にしよう、ということになったんですが、結局権利が移動するのに4年以上かかってしまい、それまで上映ができなかった。

その後、「ベルモンド傑作選」も第2弾、第3弾と続き、そろそろ打ち止めかなと思っていたんですけど、急に『おかしなおかしな大冒険』が上映できることになって。これはやらなきゃまずいだろうということで、今回は「グランドフィナーレ」と銘打つことになりました。

当初は『おかしなおかしな大冒険』をメインに、過去作の同時上映でプログラムを組もうかと思ってたんですが、『ライオンと呼ばれた男』と『レ・ミゼラブル』も一緒に上映できることとなりました。これもずっとやりたいなと思っていて、できなかった作品だったんです。

権利を買うのが大変だった

ただこれも業界的な話になってしまうのですが、(『男と女』『白い恋人たち』で知られる名匠)クロード・ルルーシュの映画の権利を買うのは大変なんです。値段も高いですし、1本ではなく、まとめ買いでなくては交渉に応じてくれないというところもあるので、今まで買えなかった。

でもそれも今回、スタジオカナルに権利が移ることになったので、日本のJAIHOという会社が、ルルーシュの作品をまとめて買って、声をかけてくれたんです。今までは全部キングレコードの提供だったんですが、今回はJAIHOの提供作品も加わって、3社共同で実現した企画となりました。

本当にベルモンドって日本では不遇のスターなんですよね。世界的には有名だし、フランスでも“フランスの国宝”とまで言われてるトップスターなのに、日本では今やジャン=リュック・ゴダールの『勝手にしやがれ』『気狂いピエロ』くらいしか知られてない。だから『レ・ミゼラブル』なんて観たらみんなびっくりすると思うんです。


「ジャン=ポール・ベルモンド傑作選GRAND FINALE」(全国順次公開中)で上映される『レ・ミゼラブル』© 1994 / LES FILMS 13 - TF1 FILMS Production. All Rights Reserved

原作を現代に置き換えて、ベルモンドがジャン・バルジャンだけでなく3役もやっていて。ちゃんとルルーシュのカメラも回っているし、フランシス・レイの音楽もあって。

ホロコーストというテーマも込めたり、戦争映画やサイコ・スリラーの要素まで入っているという。映画を10本ぐらい観たような満足感がある作品なので。円熟味を増したベルモンドの魅力も格別です。

ベルモンドの代表作というと『リオの男』とか『カトマンズの男』あたりになると思うんですが、『ライオンと呼ばれた男』なんかはサーカス出身の男が、世界各地の雄大なロケーションを背景にドラマを展開する作品で、ベルモンド自身のセルフオマージュという側面もある。そういうのをルルーシュもわかってやっているんですよね。

『おかしなおかしな大冒険』も『007』のパロディーだし、残酷なシーンはサム・ペキンパーのパロディ。最後は大暴走して、ドリフのコントみたいになっています。

監督のフィリップ・ド・ブロカは、世間では『まぼろしの市街戦』の名匠みたいに思われていますけど、本来は暴走系の映像作家。だからこの映画を観ておかないと、その後の『アマゾンの男』などもわからないと思う。「ベルモンド傑作選」を観た方ならこの作品を観ておくと全部がつながるので、ぜひ観ていただきたいですね。

ただ今回の3本は本当に簡単には揃わなかった。全部揃うまでに5年ぐらいかかったので。ここにたどり着くために今まで20本やってきたと言っても過言ではない。まさに「ベルモンド傑作選」として、本当に有終の美を飾ることができた。「グランドフィナーレ」として、一番やりたかったことがまとまったプログラムとなりました。

アンコール上映も実施

――今回はこの3本以外にも上映されるのですか?

アンコール上映といって、今までやった中で人気だった作品を集めて上映します。たとえば『恐怖に襲われた街』なんかは、まるっきりジャッキー・チェンの『ポリス・ストーリー/香港国際警察』。この作品と『華麗なる大泥棒』を足して、そのアクションを香港を舞台にしてやると、そのまんま『ポリス・ストーリー/香港国際警察』になる。


「ジャン=ポール・ベルモンド傑作選GRAND FINALE」(全国順次公開中)で上映される『恐怖に襲われた街』© 1975 STUDIOCANAL - Nicolas Lebovici - Inficor - Tous Droits Réservés ©VINCENT ROSSELL ©FERRACI

実は香港でもベルモンドってものすごい人気なんですよ。それと今回はやらないですが、『ラ・スクムーン』に出てくる二丁拳銃や、過去の話がストップモーションで止まったりする描写なんてほぼ『男たちの挽歌』です。

1970年代の香港って基本的に香港の映画しかヒットしないところがあったんですが、『華麗なる大泥棒』なんかは年間の興行成績で上位になったりと、実はみんなベルモンドが好きなんですよ。

ジャッキーも昔はベルモンドが好きと言ってたけど、アクションの動き、扉から入らないで窓から出入りするとか、そういうところも影響を受けている。ベルモンドってそういうアクションもすごいし、役者としても本当にすごいので。その辺も見れば見るほど味があって。どれもオススメですね。

今回は最後なのでこれまで以上に成功させたいと思うんですけど。第1弾のときはベルモンドもまだ健在でした。だから「日本でもヒットしてますよ。お客さんもいっぱいですよ」と伝えたところ、ものすごく喜んでくれたんですね。

それで第2弾もたくさんのお客さんが来てくださったというのがあるんですが、その頃になるとコンタクトが取れなくなって。それから2021年9月にベルモンドが亡くなったあとに、第3弾は追悼上映のような形になってしまったんですが。

でもやはりベルモンドが生きてるうちに第1弾をやることができてよかったなと思いました。亡くなってから、追悼みたいにはじめるのは嫌だなと思っていました。とにかく30年近くかかりましたが、間に合ってよかったなと思います。

ブルース・リーとも交流があった倉田保昭さん

――現役といういう意味でもうひとりお聞きしたいのが、ブルース・リーとも交流を持ち、和製ドラゴンとして名高い倉田保昭さん。7月26日には、倉田さんの日本凱旋50周年記念として、1974年の香港映画『帰って来たドラゴン』のリバイバル上映が新宿武蔵野館ほかにて行われます。そこではなんといっても倉田さん主演の最新短編『夢物語』が同時上映となるわけですが、これが78歳にして現役バリバリのアクションを披露する倉田さんの姿を見ることができる映画だというのが驚きですが。

実は今、『夢物語その2』という続編も制作中で。それも週替わりで上映する予定です。

もともと自分は、倉田さんが企画・製作・主演を務めた1989年の映画『ファイナル・ファイト 最後の一撃』の海外セールスを手伝ったりしていて、付き合いも長いんです。

それでたまたま去年「ブルース・リー没後50周年」の企画をやったときにインタビューをさせていただいたんですが、その時に『帰って来たドラゴン』の話になり。

「倉田さんの凱旋50周年に『帰って来たドラゴン』のリバイバルをやったらどうですか?」と言ったところ「そうだね」と。


7月26日より全国順次公開予定の『帰って来たドラゴン』。2Kリマスターの完全版で上映される©1974 SEASONAL FILM CORPORATION All Rights Reserved. kuratadragon50.jp

それでプロデューサー兼監督のウー・シーユエンに連絡をしたら、今は上映素材がないけど、倉田のためならつくってあげると言ってくれて。それで実現したんです。

実は世界のいろんな会社からブルーレイの権利とか買ってくれとか、売ってくれとか、そういう話がたくさん来ていたらしいんですけど、全部断ってたらしくて。でも倉田さんのためなら、ということでつくってくれた。

フィルム自体はボロボロになっているので、元素材はビデオなんです。だから完全な素材ではないんですけど、今まで日本でVHSやDVDで出ていたものより10分ぐらい長い完全版になります。

ただ追加シーンはアクションじゃなくて、香港映画ファンなら知る人ぞ知るディーン・セキっていう人のコメディシーンがほぼ10分。それでもないよりあったほうがいいんで。

フィルムからつくったきれいな映像というわけにはいかないですが、2Kリマスターというのは間違いない。伝説的な人気作なんですけど、上映素材がなかったので、これを久々にスクリーンで上映するというのはすごく意義があるし、それと同時に、新作の短編『夢物語』『夢物語2』を同時上映するというのがまた大きな意味がある。


『帰って来たドラゴン』と同時上映される新作短編『夢物語』。現在78歳の“アクションレジェンド”倉田保昭の円熟のアクションが堪能できる©倉田プロモーション

50年前の倉田アクションの最高峰と、50年後の最新進化系、円熟のアクション。それを2024年の映画館で、同時に観ることができるというのは、ものすごく映画史的にも重要なイベントになると思います。

ジャッキーをブレイクさせたウー・シーユエン

――それが実現したのも倉田さんの人柄ですね。

この映画はウー・シーユエンがショウ・ブラザーズを独立したときに、倉田さんと組みたいということで一緒にやった作品なんです。ウー・シーユエンってスターを見る目がある人で。

ジャッキー・チェンを『酔拳』や『蛇拳』でブレイクさせたのもウー・シーユエンだし、その後ジャン=クロード・ヴァン・ダムを『シンデレラ・ボーイ』で起用したのも、ツイ・ハークのデビュー作と2作目をプロデュースしのもウー・シーユエン。

香港でウー・シーユエンといったら雲の上の人。香港映画監督協会の会長をずっとやっていて、今も名誉会長で。香港で映画をつくっている人たちの中のトップ中のトップなんですよ。

今、上映のためにいろんな人からコメントをもらっているところなのですが、倉田さんは海外の人たちとの関係がいまだに続いているんですよね。

サモ・ハン・キンポーとは毎日電話で話してるなんて言ってましたけど。ツイ・ハークとか、ジョン・ウーとか、みんな仲がいいんですよね。要するに向こうですごく尊敬されている存在なんです。

――ベルモンド作品も、倉田さんの『帰って来たドラゴン』も、観ていて映画の楽しさを思い出させてくれる映画だなと思ったのですが。

そういう昔の熱気を今の時代にもう一度取り戻せないかという気持ちはありますし、と同時に、昔できなかったことを実現したいということもあって。

ドラゴンブームで埋もれてしまった

例えばベルモンドの『おかしなおかしな大冒険』は50年前に公開されているんですが、1974年になぜこの映画が当たらなかったのか。その背景には実はドラゴンブームがあるんです。『おかしなおかしな大冒険』は1974年の6月公開なんですが、ブルース・リーの『燃えよドラゴン』が1973年の12月公開なんです。

しかもその前は『エクソシスト』でオカルトブームがあって。その後にドラゴンブームが来て、その年の後半にパニック映画ブームが来るわけです。

そういう殺伐として強烈な映画がどんどん公開される中で、こうした陽気でナンセンスな映画は埋もれてしまったんですね。

そういう意味で、そうした時代背景を全部とっぱらった今だからこそ、『おかしなおかしな大冒険』と『帰って来たドラゴン』が続けて新宿武蔵野館でかかるということに意味があるんだと思っています。

後編は6月29日に公開予定です

(壬生 智裕 : 映画ライター)