営業運行初日、通勤客を満載してジャカルタに向かう205系の上り一番電車=2014年3月(筆者撮影)

インドネシア・ジャカルタ首都圏の通勤鉄道(Kereta Commuter Indonesia:KCI)を支える、日本から渡った約1000両の中古電車。その約8割強が、2013〜2020年にかけて譲渡された元JR東日本の埼京線・横浜線・南武線・武蔵野線の205系車両である。

今年2024年3月5日、205系はジャカルタで走り出してから丸10年を迎えた。JR東日本はKCIと強固な協力体制を築き、車両の譲渡やメンテナンスにとどまらず、現地の鉄道輸送サービス全体の改善に大きな役割を果たしてきた。また、人的な交流はインドネシア側への教育や技術伝承だけでなく、JR東日本の人材育成にも効果をもたらしている。

前編(2024年5月11日付記事・JR東日本が変えた「ジャカルタ通勤鉄道」の10年)に続き、KCIへの初代の出向者として2015年から約2年半、現場の最前線で活躍したJR東日本の前田健吾氏(現・同社鉄道事業本部モビリティ・サービス部門未来創造ユニットリーダー)に、この10年間の振り返りと今後の戦略について聞いた。

【写真】2014年3月の営業運行初日、205系の一番列車の発車準備、たくさんの通勤客を乗せて走る様子など(30枚)

人材交流はJR側にもメリット

――コロナ禍前は、日本から電車区の社員チームがインドネシアの車両基地に来て教育を行っていたほか、車掌や運転関係の社員も来られていました。コロナ後、再開の見込みはあるのでしょうか。

いつまでも日本人が教え続けるのはどうか、というのもあるかもしれない。やはりインドネシアの方々が自立して行うことは大事だ。ただ、KCIの例でいうと、日本人に教えてもらうことが一つのステイタスで、そこを求めているという発言もある。例えば乗務員の訓練に関しては、1人1人、全員に修了証をお渡しすると。そういったことが彼らのモチベーションになっているので、それは大事だ。一方で、インドネシアの方々が自分らで教育するようになるというのもわれわれが目指したいところだ。

よって、今後もあるかどうかという話をすると、鉄道は車両メンテナンスだけではないので、安全の関係や駅ナカ、オペレーションに関わるところなど、活用してもらえるところがあるのならば、どんどん出していきたいとは考えている。


インドネシアの鉄道運転士への教育(写真:JR東日本提供)

――KCIとの協力関係は、JR東日本の人材育成という面でも非常にいいのではないかと思います。

それはずばりな話だ。公共性のある事業形態が鉄道業の最たるところであり、(KCIに)インドネシアの方々が安心して利用できる鉄道をつくっていただくということが第一ではあるが、弊社の社員育成という点でもメリットは小さくない。

これは一例だが、日々メンテナンスしていた205系が、メンテナンスしなかったらこれだけ故障が起こるのか、というのは日本では体験できない。だから、自分たちの日頃やっていることの確からしさ、正当な部分が目に見えてわかる。

例えば2015年1月は39件の故障があったのが、部品物流とか車両のメンテナンスの仕方を覚えていただくことによって、年々減っていく。われわれの社員がインドネシアに伺って教育を行う、または向こうから日本に来ていただいてヘビーメンテナンスのような設備が必要なことを大宮総合車両センターでやっているが、こういう変化が起こることも含めて社員教育になる。非常に価値があると考えている。


205系登場以前、ODAで導入された日本製車両は車両トラブルが日常茶飯事だった。人々が運転再開を線路内で待つ光景も今では見られない=2013年7月(筆者撮影)


JR東日本社員によるパンタグラフのメンテナンス教育(写真:JR東日本提供)

内向きにならない視点を

――国際人材の育成という面ではいかがですか。これまで出向者の方に話を聞くと、まさかインドネシアに来るとは思わなかったという方が非常に多いです。今年からは選抜メンバーによるインドネシア語学研修も再開されました。すでにプロジェクトがあるインドネシアの人気は高いのでしょうか?

海外鉄道事業ユニットマネージャー・松田敏幸氏:やはりインドネシアは象徴的なので、希望者は一定程度いる。あくまで個別例だが、今の私の部下のようにインドネシアに車両を送っているというビジネスを見て入社したという社員もおり、やはり影響は大きい。


日本でインドネシアの鉄道社員に教育を行う様子(写真:JR東日本提供)

――日本国内の鉄道会社ということもあり、以前は外向きの人は少ない印象でした。

われわれが入社したころはそうだったが、私も海外に出て初めてわかったことは大きい。内向きにならないという観点からしても、今後とも幅を広げていきたいと思っている。

――インドネシアに限らず、今後海外案件に取り組む際にそのような人材がいないとどうしてもできなくなる部分があると思います。

その通りだ。

筆者注:205系車両譲渡を発端とするJR東日本とKCIの良好な関係も10年を迎えた。2023年11月にはKAI・KCI・JR東日本3者間で、3度目の協力覚書が再締結(延長)された。この再締結では、これまでの車両メンテナンスなどの技術的な支援に加え、人材交流、鉄道の安全・安定輸送、公共交通指向型開発に関しての協業関係を強化していくものとしている。

また、2024年3月にはJRTMがKCIとの間で、鉄道車両の機器更新・メンテナンスおよびメンテナンスサービス事業の展開における相互協力に関する協力覚書を締結した。今後ともJR東日本とKCIの関係性は揺るぎないものとなる。一方で、インドネシア政府は2020年以降の中古車両の輸入を禁止しており、従来通りのやり方では、これ以上のマーケット拡大は見込めない。また、日本国内の事情からしても、首都圏の一連の車両更新が完了した今、205系のように大量に譲渡できる車種もなくなってくる。今ある205系をいかに維持するか、そして、最終的には新車の輸出が最も喜ばしいシナリオとなる。

中古車輸入規制の中で今後の展開は

――2023年、横須賀・総武快速線のE217系譲渡に対し、最終的にインドネシア政府が許可を出さなかったことが話題になりました。いずれにせよ、今後は中古車から新車に切り替わるのは避けて通れません。今後の方向性や戦略はいかがでしょうか。

日本のことを好いていただいているというのは感じるところで、できることはとことんやらせていただきたいと思っている。その中で車両に関して言うならば、確かに中古車両の輸入規制などがある。過去にはいろいろと変遷があって中古車輸入が復活するといった動きもあったが、今後どうなるかわからない。


元南武線の205系がインドネシアに陸揚げされる様子=2016年1月(筆者撮影)


到着したばかりの元武蔵野線と一足先に営業を開始した元武蔵野線が顔を揃える=2020年4月(筆者撮影)

当然新車という動きもあるだろうし、鉄道車両だけにかかわらず、駅ナカの開発であったりとか、日本が胸を張れるような安全面であったりとか防災面であったりとか、そういった観点も安全で安定的な鉄道をつくっていくには非常に大事な要素だ。こういった点も含めてますます関係を深めていきたいと考えているというのが、今言えるところだ。

逆に高木さん、日本のよさを伝えるにはどんなところがある?

――架線電圧が直流1500Vで軌間1067mmという共通点は当然ありますが、運行スタイルが昔の日本の「国電」です。ジャカルタ首都圏は国電(KCIの通勤電車)が走っている中、郊外からの中・長距離客車列車も入ってきて、非常に列車密度が高い。いろいろな速度の車両が1つの線路を走っているという状態なので、安全面、まずはATSが入ればと思います。

いまおっしゃったように、いろいろな速度帯の客車、電車が走っている。安全面という点でATSもそうだが、やはり輸送密度は注目に値する。われわれは日本の首都圏の超過密なダイヤを安定的に動かしているという自負があるので、そこをいかにして伝えていければということは考えている。


ジャカルタ首都圏はさまざまな列車が同じ線路上を走り列車密度が高い。客車区に戻る回送列車(手前)のすぐ後ろに詰まるKCIの通勤電車=2024年4月(筆者撮影)

――インドネシアは昔の日本国鉄と一緒で、長距離優先で国電(近距離通勤電車)は後回しになっています。今は車両の導入が止まってしまったため12両編成が8両に減車されるなどで、混雑が以前よりも激しくなっています。しかし、ダイヤの工夫で8両編成の列車が連続するといったことを解消すれば、まだまだ乗り切れると思います。

ダイヤは長距離のほうから作って調整していくという形になっており、さらにいうと車両基地がボゴール線に集中している。そこから電車をどう回していくか、運用体系も含めて改善できればより安定的なものができあがると思う。KCIの運行もだいぶ安定してきたとのことだが、やはりそこまで協力できればいいなとは思っている。


一部区間の複々線化完成によりジャティネガラ―ブカシ間は列車線と電車線が分離されている=2019年11月(筆者撮影)

日本製新車導入の実現性は?

――ただ、根本的に車両は不足しています。205系が入る以前からの車両、とくにチョッパ制御車の経年劣化がひどく、部品もないため稼働車両は減る一方です。早く車両を投入しなければならないということで発注された新車3編成は中国に取られてしまいましたが、KCIからはさらに8編成の導入希望が出ているようです。JR東日本グループのJ-TREC(総合車両製作所)と組んでリベンジということはないのでしょうか?

チョッパ制御のもう存在しない部品をどうするかという点については機器更新であったり、それもできない範疇であれば新車をどのタイミングで入れていくかということになるだろうが、財源もあるから新車ばかり短期間に入れることもできない。


元東京メトロ6000系のチョッパ制御車(筆者撮影)

何がベストシナリオかについては日々KCIの質問も受けており、なるべくわれわれとしてもできる協力はしていくつもりだ。8編成の追加の話があるのであれば、やはり日本に興味をもっていただいているのも事実としてあると思うので、ぜひとも協力はさせていただきたいと思っている。

――日本製の新車は相当値段が高くなるでしょうから、どう納得してもらうかにかかっていると思います。

日本ではいまCBM(状態基準保全)や二重系化など、走っていて壊れない車両を提供させていただいているつもりでいる。やはり日本でいいなと思うものは海外でも使っていただきたいと考えている。われわれは鉄道事業者である以上、安全や安定を決して軽視するわけにはいかないので、そこはしっかりとお伝えできればとは思っている。

――現在、インドネシアの車両メーカー・INKAが国産の新車を製造しています。この新車は基本的に日本仕様になるとのことですが、J-TRECも製造に関する支援をされていたと思います。

INKAが日本の車両部品メーカーから部品を買われているという部分はある。一方で、今の新車に対してJ-TRECがどう協力しているか、どうビビッドに反映しているかというとちょっと語弊があるかなと思う。今INKAが造っている仕様にいろいろ落とし込んでいければいいと思うが、時間軸的にあり得ないタイミングだなとは思っている。

車両は造るまでに仕様を固めて事業者とこれでいいか、あれでいいかとやり取りしていったうえで初めて部品発注して、実際に製造していくという流れになっている。1年後に入れるといった話なら、たぶんそこは間に合わないだろう。


INKAが公開したKCI向け通勤電車の最新のイメージ。輸入品の多くが日本から調達されるが、先頭車にはクラッシャブルゾーンが設けられるなど、JR東日本の新系列車両の設計思想も取り入れられている(画像:INKA)

205系はいつまで走れるか

――一方で、チョッパ制御車両を中心とした既存車両の更新(レトロフィット)は中止になる可能性が出てきました。また、205系も直流モーターの車両はあと数年で部品がなくなってくるのではないでしょうか。

確かにそうだ。ただ、部品がなくなるといっても添加励磁制御(直流モーターの205系が採用している制御方式)の車というのは、部品がなくなるといっても半導体みたいなものではなく、どちらかというと鋳物系だろう。例えば、直流モーターは今の日本ではほぼ造っていないと思うが、そのモーターの枠などは鋳物だ。造ろうと思えば造れるが、今さら機器更新するのに直流モーターでやりますかという話になる。それなら交流モーター・VVVF制御化というのが、メンテナンスのライフサイクルコスト的にも品質の面でもいいのかなと感じる。


初回の全般検査(オーバーホール)が実施された直後の元埼京線の205系=2016年3月(筆者撮影)


205系以前に譲渡され、廃車される元都営地下鉄6000形。ジャカルタでの活躍は10年から15年ほどで全車引退した=2016年12月(筆者撮影)

――つまり、もしかしたら今後205系も更新する可能性はある?

インドネシア政府が新車導入の方針となってきて、そういったレトロフィットといったところに目を向けてもらえないかもしれないが。

――しかし、INKAが国産新車を製造するといっても車両は常に足りていません。今後は(ジャワ島中部の都市)ジョグジャカルタの電化区間も延び、(ジャワ島北部に位置するインドネシア第2の都市)スラバヤの電化工事も今年度以降始まります。状態がいい205系は足回りさえ変えればまだ何十年と使えるので、レトロフィットの可能性はあると個人的には見ています。

当然、205系が動き続けてくれるというのはわれわれの当初からの思いとしてあるし、日本国内でもまだまだ205系は走っているので、十分品質を保てる車だと自負している。その方向性が出てくるのならば、そこは協力したい。


ジャカルタ首都圏の顔となった205系。カラーもそれとなく日本に似たものに改められた=2024年1月(筆者撮影)

やる気や情熱、学ぶべきは日本人

――インドネシアはASEANの経済大国として地域内での存在感は非常に大きいですが、日本での関心は非常に薄いのが現実です。ニュースもネガティブな内容ばかりが伝わりやすく、そのような先入観があると日本企業はリスクを恐れ、飛び込めるフィールドにすら一歩を踏み出さないということが多々ありますが、実際にインドネシアに赴任されその後の関わりも持たれている前田さんから、読者、また日本の鉄道業界に向けて一言お願いします。

インドネシアの方々というのは先ほども述べたとおり、平等性を保つというところがある。絶対あなただけしか付き合わないから、というのではなくて、いろいろと声をかけていろいろな面で見て、その中でよさを感じたところと取引されるというところだと思っている。過去の高速鉄道の件もあって、「ウチだと言ってたのにほかに……」というところだけを色濃く取り上げる論調になるのかもしれないが、悪いようにしようとしてそうしているとは私はまったく思っていない。


日本でJR東日本社員から教育を受けるインドネシアの鉄道社員ら(写真:JR東日本提供)


インタビューに応じる前田健吾・JR東日本鉄道事業本部モビリティ・サービス部門未来創造ユニットリーダー(編集部撮影)

むしろ、日本では最近忘れかかっているような、先を見据えてどうありたいかをまず考えて、それに向かってどう進んでいくか日々模索している元気のいい国だと思っている。学ぶべきは日本人なんじゃないかなと。高度成長期の日本はそうだったのかもしれないが、少なくとも今、私が両国で働き、両国の方々とお付き合いをさせていただいて、日本人からだけ見たインドネシア評というのは大きな誤解を招くところはあるのかなとは思っている。

よそから知って自分たちの肥やしにするというようなやる気や熱い情熱、もっと知りたいという意欲は、本当に見習うべきところだ。それは私も感じさせてもらったところなので、社内にもそういったところは口酸っぱく広げているところと考えている。


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(高木 聡 : アジアン鉄道ライター)