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建築家として活躍し、カリフォルニア大学バークレー校で教えていたクリストファー・アレグザンダー氏(1936年―2022年)。彼は、よい街やよい建物に見られる関係性(パターン)に着目し、わかりやすく言語(ランゲージ)にして共有することで、住人たちが街づくりに参加するための共通言語として「パターン・ランゲージ」を考案しました。この、暗黙知を言語化するパターン・ランゲージの概念は、ソフトウエアや教育といった分野へも広がっていきます。コミュニティづくりから、企業のDX対応、ウェルビーイング、対話やチームビルディング等、幅広い分野でのパターン・ランゲージ応用における世界的な第一人者、慶應義塾大学SFCの井庭崇教授に、パターン・ランゲージの可能性をお聞きしました。(聞き手・編集・撮影/探求集団KUMAGUSU、文/奥田由意)

「パターン・ランゲージ」とは?
活用することで何ができるのか?

――パターン・ランゲージとはどういうものなのでしょうか。

 一言で言うと、「よい設計や実践の本質を、言語化したもの」です。

「よい実践の本質」とは、「料理のコツ」や「プレゼンのコツ」といった、「コツ」のようなものです。

「コツ」の語源は、漢字の「骨」からきています。人間は、皮と肉だけでは、フニャフニャしてしまいますが、軸となる骨があることで、構造体としてしっかりして、立ったり動いたりすることができます。

 その「骨」(コツ)のような存在が、実践における「パターン」であり、これを言語化したものが「パターン・ランゲージ」です。もともとは、建築家のクリストファー・アレグザンダーが提唱した建築学の概念・方法です。

 現代においては、住民参加の街づくりというのは、特段、珍しいものではありませんね。でも、アレグザンダーがパターン・ランゲージを提唱した1970年代当時は、外部の専門家がいきなり来て、設計図上で都市計画を行っていました。アレグザンダーは、そこに住む住民こそが、その街の設計に関わるべきではないかと考えました。

 しかし、住民たちは「自分たちの感覚は素人で、専門家こそが正しい設計ができる」と考えがちで、心で感じていることにもフタをしてしまいがちです。例えば、「陽が当たる場所は居心地がよく、住居にはそのような場があるとよい」「周囲の人との関係性が紡がれる共有地は大切だ」「暮らしに身近な自然があるのがよい」と本音では思っていても、取るに足りないものだと考え、専門家に判断を委ねてしまうのです。

 そこでアレグザンダーは、世界中のよい街や建物を研究し、そこに潜む共通項を捉え、その本質をパターンとして書き記し、「よい街はどのようにできているのか」を語るための言葉を増やし、共有しようとしました。

 そうやって、パターンの名前を共通言語にすることによって、設計上の勘所(かんどころ)を踏まえた議論ができるようになることを目指したのです。それにより、住民たちが専門家と意味のある対話ができるようになり、街づくりのプロセスに参加できるようになる。そのような、よい設計をまとめた共通言語を、パターン・ランゲージと呼んだのです。

――その後、さまざまな領域でこの考え方が活用されるようになったのですね。

 はい。特にソフトウエアの業界で爆発的に普及しました。ソフトウエア開発もまた計画や設計が重要ですし、関係者間で共通の言語が必要です。設計における大切なポイントを言葉にすると、関係者間で共有しやすく、理解が進み、開発に貢献しました。

 プログラミングの各言語の教科書はもちろんありますが、もう少し抽象度の高い、全体的な構造における設計のコツは、一人一人が仕事のプロジェクトの中で学んでいくしかなかったので、パターンとして書き記されたコツは、非常に重宝されました。

 ソフトウエアの業界というのは、「正しいものを正しく、無駄なく合理的につくる」ことが美徳とされるカルチャーがあるので、アーティスティックな側面のある建築業界以上に、パターンランゲージとの親和性が高かったのです。

 この分野における有名な本に、エリック・ガンマらが書いた『オブジェクト指向における再利用のための デザインパターン』(1994年、邦訳はソフトバンククリエイティブから1999年に出版)があります。「デザインパターン」とは、過去に編み出されたソフトウエア開発における設計ノウハウを集めて、名前を付け、再利用しやすいようにカタログ化したものです。

――ほかにはどのような領域でパターン・ランゲージは活用されていますか?

 自分たちの組織に新しい技術やアイデアを導入するコツや、教育方法のコツも、パターン・ランゲージの形でまとめるのはどうだろうかと考えられた結果、「仕事上の実践」におけるパターン・ランゲージができました。

 その頃、パターン・ランゲージをつくっている人たちは、「パターンを書く」ということに目が向いていたので、「どうつくるとよいか」ということはあまり表立って議論されたり研究されたりしていませんでした。

 2008年に、研究室の学生たちと、「創造的な学び」のコツをまとめた「ラーニング・パターン」というパターン・ランゲージをつくる時、パターン・ランゲージのつくり方そのものを生み出す必要性が出てきました。

――それまでは、パターンを書くことに主眼がいっていて、パターン・ランゲージのつくり方自体はあまり議論されていなかったのですね。

 そこで、「パターン・ランゲージのつくり方」を開発し、その後15年ほどかけて、体系的な方法として洗練させてきました。

 先ほどお話ししたように、パターン・ランゲージは、建築やソフトウエアの分野で実用的に有効な手段としてつくられてきたもので、「○○学」という学問分野の中で生み出されたものではありません。研究者と実務家が、論文を投稿したり、集まったりする国際カンファレンスはありますが、「○○学」というような土台がなかったのです。

 そこで僕は、パターン・ランゲージのつくり方や活かし方とともに、その学問的基礎づけにも取り組んできました。その新しい学問を「創造実践学」(創造と実践についての学問)と名付けて、立ち上げようとしています。

 パターン・ランゲージをつくっている人は世界中にいますが、そのような関心で取り組んでいて、方法論をここまでつくり込んで共有しているのは僕たちくらいなので、世界でも特異な存在になっています。しかも、これまで20年間で僕たちがつくったパターン・ランゲージの数は圧倒的な量であり、世界一です。その点でも注目していただいています。

――それまで暗黙知であった「人の経験」を、実際にどのようにパターンにしていくのでしょうか。

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