サム・アルトマンCEO(左)らが2015年に設立したOpenAI。4月15日に開設する東京オフィスはアジア初の拠点となる(左写真:尾形文繁撮影、右写真:Bloomberg)

クラウド王から生成AIの寵児へ、華麗なる転身だ。

クラウドインフラで世界最大手のアマゾン・ウェブ・サービス(AWS)の日本法人で12年にわたり社長を務めた長崎忠雄氏が、OpenAIが新たに開設した日本法人に移籍したことが東洋経済の取材でわかった。

生成AIの火付け役となった「チャットGPT」の開発会社であるOpenAI。4月15日にアジア初の拠点として、東京オフィスを開設する。日本での採用や法人セールス、カスタマーサポートなどを担うほか、AI活用をめぐる制度整備に向けた議論にも積極的に参加する方針だ。

長崎氏は3月12日付で、「OpenAI Japan合同会社」の職務執行者(合同会社の代表社員が法人の場合に選任が必要な、現実に職務を執行する者)に就任した。前職のAWSの日本法人でも職務執行者を務めており、業界関係者からは「実質的な社長の役割を務めるのでは」との声が上がる。

国内でのクラウド普及の功労者

長崎氏は1969年生まれの55歳。1993年にアメリカのカリフォルニア州立大学ヘイワード校・理学部数学科を卒業し、西武ポリマ化成に入社。海洋資材の海外販売に従事した後、デルやF5ネットワークスジャパンを経て2011年にAWSの日本法人へと移籍し、翌年2月に社長に就いた。


AWSの日本法人社長を12年にわたり務めた長崎氏。写真は今年1月の説明会での様子(記者撮影)

AWSが日本において本格的に活動を始めたのは、2009年8月。データセンター運営やマーケティング、カスタマーサービスなどを行うため、アマゾン データ サービス ジャパンを設立したタイミングだ。

長崎氏は、アマゾンが東京にデータセンター群を開設した2011年からAWSの日本法人をけん引。2018年には大阪でもデータセンター群開設を実現させるなど、日本におけるクラウド普及の功労者として知られている。

2024年1月19日、AWSの日本への投資戦略・方針説明会で長崎氏は、2027年までに2兆円超の巨額投資を行うと表明。「われわれは皆様に信頼される企業として、日本の成長、日本のお客様の成長に貢献したい」と語るなど、今後も同社をけん引するものとみられていた。

ところが2月中旬、3月11日付で長崎氏が社長を辞任することが突如発表された。後任に当たるハイミ・バレス氏の役職が「Managing Director, Japan(暫定)」と記載されていたことからも、唐突な人事異動であった様子がうかがわれ、「何だこれは、と業界がざわついた」(あるビッグテック社員)。


AWSが2月中旬に出した、長崎氏の辞任に関するリリース。辞任の翌日、OpenAI日本法人の職務執行者に就任している(編集部撮影)

長崎氏がOpenAIの日本法人の職務執行者に就任したのは、AWSを去った翌日の3月12日。AWS関係者によると、「長崎氏は今後についてほとんどの社員に明かしていなかったようだが、『もうすぐ日本に拠点を設けるOpenAIに移籍するのでは』という噂は立っていた」という。

AWSからは2022年、執行役員技術統括本部長を務めていた岡嵜禎氏がクラウドインフラ世界2位のマイクロソフトに移籍し、業界の注目を集めた。今回も、マイクロソフトから出資を受けるOpenAIにトップが引き抜かれる形となり、業界により大きなインパクトを与えそうだ。

なぜ長崎氏に白羽の矢?

OpenAIは、なぜ長崎氏に白羽の矢を立てたのか。前出とは別のビッグテック社員は「スモールスタートで日本に参入し、規模を拡大していったAWS時代の手腕を買われたのだろう」とみる。

一方、前出のAWS関係者は「日本のクラウドをここまで大きくした長崎氏の、『テクノロジーの民主化』という一貫した信念がいろんな人に伝わっていたのだろう」と語る。

辞任直前の3月2日、都内で開催されたAWSのユーザーグループ交流会。長崎氏がサプライズ登壇すると、参加者からは大きな歓声と拍手が送られ、社内外からの信頼の厚さをうかがわせた。

セキュリティへの不安を抱かれていたクラウドを、日本に浸透させた長崎氏。それ以上にさまざまな懸念をはらむ生成AIのフィールドでも、辣腕をふるうことができるか。

(森田 宗一郎 : 東洋経済 記者)