政府が求める2025年度までのシステム移動について、多くの自治体が白旗を揚げる事態となっている。写真は、期限までの一部システムの移行を「困難」と回答した自治体の庁舎(左端・右端写真:記者撮影、中央写真:PIXTA)

2025年度までという政府の大号令の下、全国1788の自治体が急ピッチで進める“システム大移動”。しかし今、約1割の自治体が早々に「期限までの移行は困難」と白旗宣言する事態に陥っている(詳細は記事前編「1割が白旗、『自治体システム大移動』で広がる混乱」)。

作業を担うベンダーが見つからなかったり、既存システムが個別仕様で作業に時間がかかったりすることが主な理由だ。さらに、こうした物理的な障壁に加えて、「2つのコスト問題」が多くの自治体の頭を悩ませている。

遅れても補助金はもらえるのか

1つは、システムの移行そのものにかかる費用だ。これについては政府がシステムの移行費を全額補助する基金がある。今の自治体のもっぱらの関心は、期限内に移行できなくても補助金を得られるか、という点にある。

政府は2020年度と2021年度の補正予算で計約1800億円を計上、2023年度の補正予算では約5200億円を積み増し、計約7000億円を確保した。予算増額は、従来の金額で「足りない」といった自治体側の要望などを踏まえたもの。ただ、システムが大規模で複雑な政令市では必要経費の精査がまだ終わらず、これでも金額が足りなくなる可能性がある。


デジタル庁が3月上旬に公表した実態調査の結果概要。政府が求める2025年度までのシステム移動について、約1割の自治体が「困難」な状況にあることが判明した(編集部撮影)

この補助金は、「2025年度」までの移行を前提に制度が作られている関係で、今回の調査で判明したような期限に遅れる自治体は現状、支援対象に含まれない。

一方、政府は2025年度までに移行が難しい自治体の期限延長については、すでに容認している。期限に遅れる自治体が相次ぐ現状を踏まえると、制度の見直しは必須の情勢と言える。関連予算を所管する総務省の担当者は「遅れる自治体は助けたいが、制度上、現段階では面倒を見るとは言えない。移行困難システムの状況を踏まえ、今後検討していく」と説明する。

自治体を悩ませているもう1つのコスト問題は、システム移行後の運用経費だ。こちらは当然自治体側の負担になるが、政府は自治体によるシステムの移行完了後、運用経費を2018年度比で少なくとも3割減らす目標を掲げてきた。

しかし、この「コスト3割減」といううたい文句に、自治体やベンダーからは疑問の声が上がっている。

「現状の試算や、先行自治体の状況を見ても、コストのメリットがまだ出ていない。クラウドに接続する回線経費などもかかり、簡単に費用の3割減という効果は出せない」。そう疑問を呈するのは、北海道の一般市の担当者だ。

中国地方の町役場の担当者も、「われわれの試算では、むしろ現在よりも大幅に費用が高くなり、ランニングコストは3〜4倍に膨らむ可能性がある」と嘆く。

ある大手ベンダーの関係者は「今回、政府が移行対象とする業務システムは20個で、すべてのシステムを移行せよ、というわけではない。別々の形で運用するシステムを抱えることになると、一時的に二重業務になってしまうので、逆に効率が悪くなる可能性が高い。10年後は別にせよ、少なくとも全体でみた場合は、すぐに3割も運用コストが下がるわけはない」と実情を明かす。

クラウド利用料の大口割引の効果は?

政府は「3割減」の目標達成について、初期計画(2020年)では「システムの運用経費」を「2026年度まで」と明示していた。しかし、その後のシステム標準化に向けた基本方針(2022年策定)では、対象を「標準化の対象システムの運用経費」と限定する一方、達成時期は単に「移行完了後」としている。比較対象がわかりにくいことから、数字が独り歩きしているような印象もある。

デジタル庁の幹部は「長い目で見れば、制度改正時のシステム改修コストが減り、住民向けの新サービスを作りやすくなる。将来的にコストが下がっていくのは間違いない」と強調する。

システム移行に向けた音頭を取るデジタル庁は、自治体の負担軽減に向けた取り組みを進めている。その目玉が、複数の自治体が使うクラウドの事業者とデジタル庁が一括契約することによる、利用料の「ボリュームディスカウント(大口割引)」だ。

ただ、デジタル庁によると、政府が正式に採択したガバメントクラウド事業者のうち、AWS(アマゾン・ウェブ・サービス)は「将来的に20%引きを目指す」との考えを示す一方で、他の3事業者は秘密保持契約を理由に効果は明らかにできないという。「公表できるよう交渉しているが、なかなか厳しいとも感じる。現状では自治体に詳細を伝えることができず、利用料を支払う段階になって初めて値段がわかることになりそうだ」(デジタル庁の担当者)。

この点、実際に利用料を支払う自治体との間で認識のずれも垣間見える。

記者が話を聞いた、関東地方の一般市の担当者は「国からクラウドの明確な利用金額や細かい試算が出るのを待っている。それまで(ガバメントクラウドの)導入の検討はしない」と語り、国が情報開示することを疑わなかった。前出のデジタル庁の担当者は「説明会で自治体に状況を説明しているが、全自治体が出席するわけではない。通知も全自治体に行っているが、100%認知されているかわからない」と漏らす。

デジタル人材不足やベンダーの撤退など、さまざまな混乱が予想されながら、もはや後戻りすることもできない国家プロジェクト。今後、自治体が着実にシステムを移行させるためには、どうすればいいのか。

カギを握りそうなのが、同様の課題に直面する都道府県内の自治体間の連携強化だ。新たな組織を立ち上げ、都全体で区市町村のシステム移行を推進している東京都の取り組みは、1つのヒントになる。

東京都が100%出資する外郭団体のガブテック東京は、都庁と区市町村の間をつなぎ、都内全域で自治体のDXを推進するために、2023年9月に事業を開始した。東京都副知事で、ガブテック東京理事長を兼務する宮坂学氏は「都庁でも区市町村の支援はできなくはないが、都庁内にある組織だと、都庁の仕事が最初になってしまう。あえて都庁の外に出し、区市町村と都庁の真ん中にニュートラルに置く形にした」と説明する。

ジョブローテーションで同じ業務の継続が難しい役所に対し、外郭団体では、デジタルに明るい専門人材を長期スパンで投入できるという利点もある。都庁からだけでなく、民間からも技術面に詳しいプロジェクトマネジャーやエンジニアをはじめとする人材を積極採用している。2023年度の人員は80人程度だが、2024年度には220人程度まで拡大する方針だ。

行政システム始まって以来の難事業

システム移行に向けては、広域自治体の東京都と、基礎自治体の区市町村をつなぐ役割を果たす。区市町村の担当者と意見交換しつつ、移行に苦慮する「ひとり情シス」の自治体を技術的に支援したり、都と連携しながらコスト面の課題をはじめとする自治体側の要望を集約して国に伝えたりしている。

東京都内でも、10区9市町村が2025年度内までの移行が困難になっている現実がある。宮坂氏は「この国の行政システムが始まって以来の大事業であり、難事業となる。1割の自治体が『怖い』と言っているのに、イチかバチか思い切っていこう、というタイプの仕事ではない。『安全第一』で進めるのが重要だ」との認識を示す。

日本史上最大級となるシステム移行計画を前に、現場は今なお手探りの対応が続く。行政の知恵を結集して新しい形に生まれ変わっていくのか、それとも再び「デジタル敗戦」を繰り返すのか。タイムリミットが迫る中、これから正念場を迎える。

(茶山 瞭 : 東洋経済 記者)