繁華街を駆け回るカクヤスの軽バンは、ピンクと白がトレードマーク(提供:なんでも酒やカクヤス)

酒類販売・配送を行うカクヤスグループが、都心部で急速に物流網を拡大している。力を入れるのは、都心環状七号線の内側。狭い土地を活用した業務用向け物流拠点「小型出荷倉庫」の増設を進めている。

2020年3月末に首都圏で24拠点だった小型倉庫は、2023年12月末時点で53拠点へと倍増。目的は個人飲食店の新規開拓と、配達効率の向上だ。コロナ禍で進めてきた”逆張り戦略”が、成長を牽引している。

ピンクのリヤカーが繁華街を駆けめぐる

大勢の人が行き交う夕方の新宿西口エリア。「なんでも酒やカクヤス」の西新宿SS(サテライト・ステーション、小型出荷倉庫)は、配達のピークを迎えていた。


小回りのきく自転車は、小型倉庫から個人飲食店までの配達に適している(提供:なんでも酒やカクヤス)

道幅の狭い繁華街エリアの中を、配達員が軽バンやリヤカーで軽々と配達先を回っていく。主な届け先は地域密着型の個人飲食店で、配達員は1時間で平均4軒を回る。午前10時の営業開始から22時まで対応している。

カクヤスは新宿に複数のSSや店舗を構え、特に歌舞伎町で高いエリアシェアを握る。歌舞伎町SSの配達先は飲食店からナイトクラブまで幅広く、配達も朝まで対応。生ビールや高級ワインなど、地域の個人飲食店に合わせて柔軟かつ即配で対応するのが強みだ。

歌舞伎町から近くに位置する西新宿だが、既存拠点への注文量の多さや配達距離の問題で開拓しきれていなかった。西新宿SSは昨年10月1日の稼働以降、売り上げを順調に伸ばしている。繁華街エリアのドミナント戦略を強化することで、拠点間の距離が短縮されて急な注文などへ柔軟に対応できるようになった。


小型倉庫には看板がなく、一般客は買い物をすることができない(提供:なんでも酒やカクヤス)

カクヤスグループの佐藤順一会長は「物流網の密度はまだまだ高められる。個人経営の飲食店を中心にさらにシェア拡大を目指す」と意気込む。

従来、カクヤスは大手チェーン居酒屋を得意としてきた。毎日の大量注文に応えるため郊外に大型配送センターを構えてきたが、コロナ禍で外食産業は壊滅的な状況に陥る。

カクヤスは2021年3月期に26億円、2022年3月期は33億円の営業赤字に転落。2021年5月に伊藤忠食品や三菱食品に対し、第三者割当増資で約22億円を調達して切り抜けた。

赤字でも断行した先行投資

業績が苦しい中で行ったのが、コロナ後を見据えた先行投資だ。カクヤスは飲食店の動向を1年間観察し、宴会需要に支えられていた大型店舗をもつチェーン店よりも個人店の回復が早いだろうと判断。手薄だった個人飲食店の開拓へ舵を切った。

新規開拓で必要となるのが小型倉庫だった。チェーン店からの注文内容や量は比較的予測しやすく、注文忘れも少ない。一方、個人飲食店からは「今からウイスキーを1本、できるだけ早く届けて」といった注文が舞い込んでくる。こうした要望に応えてきたのは、家庭向け宅配サービスも行う店舗(「なんでも酒やカクヤス」)だった。


しかし、お笑いコンビ・バナナマンを起用した広告効果や家飲み需要の拡大で、コロナ禍で家庭向け宅配への注文が急増。狙い通りだったが「個人飲食店からの注文が回復すると、素早い配達ができなくなる」(佐藤会長)と店舗のキャパシティ不足に危機感を抱いた。飲食店が多いエリアを中心に別途、業務用専用の小型倉庫の増設を進めることになった。


さとう・じゅんいち 1959年生まれ。筑波大学卒業後、祖父が1921年に創業したカクヤス本店(現カクヤスグループ)入社。1993年に代表取締役社長、2022年取締役会長、2023年より代表取締役会長兼CEOを務める(撮影:梅谷秀司)

従来、個人経営の飲食店と密接だったのは、地域に根ざす酒販店だ。しかし2021年度の酒類小売業者の業態別小売数量は、コンビニでコロナ前の2019年度比約1%、スーパーで同約4%増加したのに対し、一般酒販店では同約26%も減少した(国税庁調べ)。

取引量が激減する中、飲食店のように協力金が酒販店に支給されることもない。多くの酒販店が配送トラックや人員、配送回数の削減などのコストカットを余儀なくされた。

稼ぎ時でも休業する酒販店も

現在の外食産業は回復傾向にあるが、酒販業界は回復途上。削減した人員を再び補強することは人手不足で難しく、毎日配送に戻せないまま、需要に対して供給が追いつかない状態となっている。

多くの酒販店が弱体化した中で、当日注文で即配対応できるカクヤスのサービスが受け皿となった。稼ぎ時でも人手不足で休業する酒販店が増えたため「去年のゴールデンウイークは、契約していない飲食店から100件程度の注文があった。当然その顧客は刈り取っていく」(佐藤会長)。

こうした個人飲食店は大手チェーン店と比べると、小口取引ながら粗利率が高い。2023年度第3四半期(4〜12月)決算では、売上高が前年同期比16.4%増の985億円に対し、営業利益は同23倍の24億円へ採算が急改善している。

4月から物流業界では2024年問題の影響が懸念されるが、カクヤスでは従業員約4500人のうち、配送業務に関わる従業員が約8割以上を占める。自社物流の体制が整っているため、物流費上昇の影響を受けにくい。

人手不足問題も、小型倉庫を増やす障壁にはなりづらい。大規模な配送センターでは大型トラックのドライバーが必要だが、小型倉庫ならリヤカーや台車だから免許がなくても採用できる。これまで雇用が少なかった女性やシニア層の配達員を増やすことで、採用が安定してきたという。

首都圏で小型倉庫の設置をさらに増やす方針で、恵比寿や中目黒エリアなどへの進出を虎視眈々と狙う。

店舗は日用品を拡充

従来の店舗は、家庭向け宅配に力を入れるべく日用品を拡充している。直近の家庭向け宅配の売り上げは、2019年度と比べて約36%増加している。コロナ後も高止まりしており、今後は介護用品やペット用品といった、昼間に注文の多い商品を充実させて稼働率を上げていく。

「今のカクヤスが進めるのは、物流戦略だけ。もはや酒屋じゃなく物流会社と言ってもいいかもしれない」(佐藤会長)。ラストワンマイルの整備に乗り出すカクヤスは、まさに酒販業界の「ヤマト運輸」。首都圏の包囲網は、さらに強固となりそうだ。

(田口 遥 : 東洋経済 記者)