ポール与那嶺氏語る「日本企業が世界で戦う鍵」
ポール与那嶺さん(写真:筆者撮影)
日系人のために設立されたハワイの銀行「セントラル パシフィック バンク」の名誉会長を務め、ハワイ州知事特別顧問としてハワイ州の経済発展をサポートするポール与那嶺氏。40年以上にわたり日本とアメリカのビジネス連携の立役者としてキャリアを積んできた。
前後編のインタビュー後編では、日本企業の技術や知見が求められるというハワイのインフラ開発の需要や日系社会の変化のほか、海外投資家から注目を集める日本経済の見通しや課題について聞いた。(前編:「この木なんの木」と深い縁、ポール与那嶺の半生)
日本人とアメリカ人の関係
―――アメリカ本土やハワイ、日本の両方に立つからこそ見えること、感じることがあると思いますが、ビジネスの連携において両国はどのような課題がありますか。
インターネットの時代でなんでもグローバルにつながる時代なのに、率直に言って、日本人とアメリカ人はそれほど密接な関係ではないと感じています。
日本の企業も長年アメリカで活躍していますが、実際にはPerson to Personでどこまで親しいのか。日本人だけじゃなくてアメリカ人の責任でもありますよね。そこにギャップを感じるわけですが、それを埋めることで全然違う結果になるのではないかと思うんですよね。
そういう意味では野球は先に行っていますね。こないだ大谷選手も初めて英語でスピーチしました。素晴らしいです。ロールモデルになってもらいたい。
下手な英語でも構わない。コミュニケーションをとって、もっと仲間意識を高めていこうと。今のビジネスは売ったり買ったり、投資したり投資されたりが中心になりがちです。
日本とアメリカはそれ以上の関係にならないといけないですよね。これこそがダニエル・イノウエ上院議員が目指したことでした。
ハワイと日本の協業を進めたい
―――現在、ハワイ州知事の特別顧問としても、精力的に活動されているそうですが、ハワイと日本の間で具体的な連携のイメージはありますか。
2023年は、羽田空港とハワイのダニエル・K・イノウエ国際空港の提携で、羽田空港内でハワイの商品を集めたポップアップ店「アロハマーケット」を開催し、大盛況でした。
今後も定期的に開催していく計画があります。そして、2025年以降になりますが、羽田や成田などの主要な空港内でハワイを訪れる日本人が事前に入国審査ができる制度を導入しようと、動いているところです。
それと、ホノルル市内で鉄道ができつつありますが、駅周辺の都市開発、住宅開発、エネルギー事業の開発などで、ハワイとしてもっと日本と協業し密接になる必要があると考えています。
ポール与那嶺(ポール・ヨナミネ)/1957年東京生まれ、米国公認会計士。サンフランシスコ大学卒業後、ピート・マーウィック・ミッチェル会計事務所に入社。1999年KPMGコンサルティング社長、2005年ホノルル市長特別顧問を務め、06年日立コンサルティング社長兼CEOに就任、10年から日本アイ・ビー・エム専務、副社長を経て15年に同社社長に就任。米日カウンシル理事長など様々な要職を歴任、現在セントラル パシフィック バンク名誉会長、ハワイ州知事特別顧問のほか、三井住友銀行、セブン&アイ・ホールディングスなどで社外取締役を務める(写真:筆者撮影)
―――どのような開発ニーズがあるのでしょうか。
ハワイの喫緊の課題は住宅価格が高すぎることです。土地があるのになぜこんなに住宅が高いのか。オアフ島では土地面積の8%しか使われていなくて、残り90%は更地です。農地もあれば環境面で保護している土地もありますが、基本的にインフラが整っていません。
今回ようやくできる鉄道は20駅あって、一度乗ればすぐにわかると思いますが、(沿線は)土地だらけです。鉄道をベースに各駅周辺の住宅、ホテル、観光開発で新たなコミュニティーをつくり分散していけば、不動産価格の問題やオーバーツーリズムの問題もまだまだ解決していけると思うんですよね。
ハワイの企業はつねにアメリカ本土に行ってゼロから学ぼうとするのですが、日本を見習ってできる政策があると思うのです。みなさん同じことを考えているとは思うのですが、誰にお願いすればいいのか、誰と会えばいいのかわからないわけですよ。そこをつなぐことができないか、そう考えています。
―――日本経済は失われた30年ともいわれますが、今、円安が進み、海外から投資が向かう流れにあります。現状をどうご覧になっていますか。
日本は全世界ベースで今いちばん魅力的な国だと思います。安全安心で安くて食事もおいしく、サービスは最高で、インフラがうまく機能して、不動産も高くないですし、投資先としては魅力的ですよね。欧米の金利が高いので、それに比べると安い。世界的にこれほど素晴らしい国はないわけですよね。
ただ、今後、海外から投資がいっぱい日本に入ってくるときに、日本の社会がどう変わっていくのか、ものすごく心配しています。
海外の投資家が入ることで完璧な資本主義になるわけですから。四半期決算経営で株価はつねに上がっていかないといけないというメンタリティーになる。お客さんや社員のことも大事だけど、株主のほうに向かなければならなくなります。
でも、社員を守ってお客さんにもいいサービスを提供していこうという日本的な企業経営の考え方を、海外からの投資家に破壊してもらいたくないですよね。株主のいいなりにならないようにするにはやはり、企業として強くなっていかなくてはいけない。
日本の企業も上場していればグローバルで売りに出しているわけですから、今こそ、企業としてもう一段、グローバルという観点でマインドセットを変えて、日本人としての自信やプライドを持ちながら走り出す時期に来ていると思います。
走りながら、間違っていたら方向転換
―――守ることと攻めること、両方大事だということですね。
私も若い時期には能力のある投資家や企業に対してこういうコメントは言いづらかったのですが、これまで経験を積んできたので、思うところがあります。経営とはいえ、やはり人間として暮らしていかなくてはいけない。日々の生活を荒らすような結果になってもらいたくないですよね。
だから(投資と経営の)バランスは大事だと思います。日本ではまだ、「グローバル化」ということに対してアレルギーのある人も少なくないと感じます。
しかし、インターネットもグローバルですし、海外からの旅行者も多いので、すでにどう見てもグローバルなんです。そこを踏まえて動かないというのは間違った選択だと思います。走りながら工夫して、間違っていれば方向転換すればいい。
必要なことの1つは、特に欧米からの投資がものすごく入りますから、外国人と同等にビジネスができるような根性を持ったビジネスパーソンが絶対必要になってくると思います。
―――まさに、経営において多くの企業が直面しているのが人材不足です。伝統的な長期雇用と成果主義のバランスが崩れ、人材を育てられなくなっています。マネジメントできる経営者の不足という課題もありそうですが、どうでしょうか。
経営者の不足ももちろんありますが、取締役会ですよね。抜本的に組織の報酬制度の見直しが必要です。
アメリカやヨーロッパに子会社を持っている日本の企業のほとんどが、子会社の社長の報酬のほうが、本社の報酬を上回る水準になっています。野球で言えば外人選手のほうが結構報酬が高いですが、似たような発想です。
世代交代やいい人材を育てていくためにも、報酬を上げていくことは意味のあることです。それがなければ、結果的にいい人材を採用できず、いい人材を残せない、育たない状況が生まれている。トップの水準が上がらないと下も上がらない。
日本のワーカーは世界一ですよ。教育も整っている。将来的には外国人を採用していかなければならないですから、優秀な人材を得るためにも、日本国内の報酬制度の見直しは絶対に必要になってきますよね。この点もグローバルになっていく視点で見直しが必要だと思います。
複雑な日系コミュニティー
―――ビジネスの連携においてはやはり「人」が重要ですが、アメリカ本土やハワイの日系人社会も世代交代が進み、若い人たちの意識の変化も感じるのではないでしょうか。
日系コミュニティーも複雑で、世代によって違いがあります。私の祖父も含め、かつていい生活を夢見て移民として渡ってきた人たちは、まさか戦争になるとは誰も思っていなかったわけです。戦中も戦後も、白人社会の中で日系人が生活していくのはかなり大変なことでした。
父・与那嶺要さん(右)と祖父の故郷・沖縄で、全戦没者の名が刻まれた「平和の礎」を訪問した(写真:ポール与那嶺氏提供)
その影響のためか、私たち日系3世は暗に、目立たないほうがいいよというインダイレクトなメッセージを強く受け止めてきたように感じています。
企業で言えば中間管理職、医師や弁護士がとても多い。実際、私がセントラル パシフィック バンクのCEOになったときに、アメリカの上場企業で日系人のCEOは私ただ1人でした。信じられないですよね。
3世というのは戦争の影響もあったと思いますが、ある意味抑えられていたのではないかと思うんです。それと比べて、4世、5世となると背負うものがない。すごく明るくて非常にナチュラル。われわれから見ていてスッキリします。
うちの子供たちも肌の色の違いなど関係なくわいわい仲良くやっていて、そんな姿を見ると嬉しくなりますね。
―――ダニエル議員やお父様が日系人のために、という思いで奮闘したような力はこれからの世代には生まれにくい面があると思うのですが、日系コミュニティーの若い世代に何を期待しますか。
確かに、私たちより上の世代に比べて日本のルーツへの意識は薄いですよね。だけど運よくアメリカでは日本ブームで、マンガ、アニメ、和食が人気で、日本への関心が高まっています。
それで一昨年の米日カウンシルの会合では、40代以下の50人を日本に連れて行くプログラムを開催したのですが、ユニクロの柳井正さん、サントリーの新浪剛史さんら、みなさんが時間を割いて会ってくださり、非常に感激しました。
若い人たちは関心がなければ何事も始まらないわけですから、あとは自分のキャリアに関して意味がある活動であればやる気が出ますし、著名な経営者にあって接点を持ってくれるとみなさんやる気が出ますよね。4世、5世は日系コミュニティーのホープだと思っています。
高い位置からではなく、一緒に次の世代を育てる
―――若い世代にとってもビジネスで直接つながる機会をつくることがより重要になってきますね。
日系コミュニティーを支えていくときに、若い人にとってどんなメリット、ベネフィットがあるのかを示すことが大切だと思っています。ソーシャル・キャピタリズム、つまり「社会的資本主義」ですね。社会貢献しながら資本主義を維持する。やはり両面見ていかないといけないわけです。
それをどう実現していくか。日系人に対しては、君は日本人だからこうしなくちゃいけないんだという説明だけではうまくいかない。高い立ち位置で、若い人にはわからないよねと言わずに、竹中征夫さんが私にしてくれたように、私たち大人が、こうしたら海外に行ける、いろいろな人と交流できるよと紹介したり教えたり、手伝わなきゃいけない。
グチだけ言って期待するのは違いますよね。一緒になって次の世代を育てていくことが重要ではないかと思っています。
(座安 あきの : Polestar Communications社長)