ついに中国の不動産企業で「タワマンのたたき売り」が始まった…習近平主席の経済対策がまったく効かないワケ
■世界経済に黄色信号が灯りかねない
このところ、中国の不動産デベロッパーは、米国、カナダ、英国、オーストラリアなどで商業用不動産などの売却を増やしているようだ。時には、フェア・バリュー(理論的に公正と考えられる価格)を下回る価格で資産を売却するケースもあるという。不動産投資の専門家の中には、「中国投資家の投げ売りが始まった」との見方もある。
売却が目立ち始めている背景には、不動産デベロッパーの資金繰りの悪化があるようだ。中国国内の仕掛けの建設案件の継続もあり、彼らの資金の支出に歯止めがかからないのだろう。現金を確保すべく、海外資産の売却を急ぐ中国企業は今後も増える可能性が高い。それは、世界的な不動産市況の悪化を通して、経済の下押し要因になるはずだ。
米国では、ニューヨーク・コミュニティ・バンコープ(NYCB)の業績不安が高まり、株価は不安定な展開になった。今後も同行の商業用不動産関連の引当金が増加するとの懸念は強い。余波はドイツのファンドブリーフバンク(PBB)などにも及んだ。
中国政府の不動産バブル崩壊への対応は依然として遅い。中国の不動産市況の悪化には、なかなか歯止めがかからない。それが世界の商業用不動産の低迷を誘発するようだと、世界経済にも黄色信号が灯ることになりかねない。
■碧桂園の経営陣は「2024年もかなり厳しい状況」
足許、中国の不動産デベロッパーなどは、保有する海外のビルや住宅開発プロジェクト権益の売却を急いでいる。それを象徴する発言があった。1月、民間不動産デベロッパー最大手、碧桂園(カントリー・ガーデン)の経営陣は、「2024年も中国の不動産市場はかなり厳しい状況に直面する恐れがある」と警鐘を鳴らした。当面の間、中国のマンションや商業用不動産の価格の下落は続く可能性が高い。
中国政府は購入者の不安や批判を抑えるため、不動産業者などに対して仕掛け中のマンションなどを完成させるよう要請を強めている。デベロッパーなどは、債務の返済に対応しつつ建設を完了させなければならない。中国の景気低迷が深刻な中、資金繰りの逼迫(ひっぱく)感は高まった。
不動産デベロッパーなどは、資金確保を急ぐ必要が増している。それによって、海外の不動産や、進行途中の不動産プロジェクト権益の売却が増加した。
■購入価格を45%下回る価格で“投げ売り”
カナダでは、中国奥園集団(チャイナ・アオユエン・グループ)が集合住宅の開発案件を売りに出した。報道によると、トロントで進めた案件は2021年の購入価格を約45%下回る価格で売却された。カナダ中銀の金融引き締めで不動産市況がいくぶんか鈍化したとはいえ、45%のディスカウントは顕著だ。
英国では、広州富力地産(グアンジョウ・R&F・プロパティーズ)がロンドンの不動産開発案件の売却を目指しているようだ。同社は、ドル建て債務の一部引き受けと1香港ドル(19円程度)の現金の受け取りを取引相手に求めていると報じられた。
オーストラリアでは、カントリー・ガーデンがシドニー近郊の住宅開発案件の権益売却で合意したと報じられた。2019年スタートの本プロジェクトは、3600戸の住宅建設を目指した。しかし、カントリー・ガーデンの経営危機で進行は遅れ、2023年10月時点で建設中の住宅は50戸を下回ったようだ。
■金融への打撃が時間差で訪れる中国の事情
昨年、世茂集団控股(シーマオ・グループ・ホールディングス)もロンドンのオフィスビルを売却した。売却価格は当初の合意水準から、追加で15%程度引き下げられたという。潜在的な買い手はシーマオ側の窮状に目をつけ、低価格でのディールを求めた。シーマオ側は、要求に応じざるを得なかったのだろう。
今後、資金繰りに逼迫する中国の企業は増加することが懸念される。2020年8月、中国政府が“3つのレッドライン”を導入した以降、中国の住宅価格は下落基調が続いている。販売も増えていない。未完成を含め、住宅の在庫は多いようだ。不動産価格が下げ止まるには時間がかかるだろう。
国際通貨基金(IMF)によると、中国では、貸し手が不良債権の計上を遅らせることができる。そのため、不動産価格の下落や、銀行バランスシートへの打撃の発生タイミングは後ずれしやすい。不動産企業の経営破綻も遅れ、時間の経過とともに事態は深刻化する恐れは増す。
■不動産ショックの波はアメリカの銀行にも
中国不動産市況が一段と悪化するリスクは高く、中国の不動産関連企業は資金確保を急ぐ可能性は高まるとみられる。「売るから下がる、下がるから売る」の負の連鎖は勢いづき、中国の保険会社など大手金融機関が、国内外に保有するビルやホテルを売却する可能性もある。それが、世界経済の足を引っ張ることも想定される。
そうした兆候は少しずつ顕在化している。1月31日、米地銀ニューヨーク・コミュニティ・バンコープ(NYCB)の決算は予想外の最終赤字に沈んだ。金融引き締め、テレワークによるオフィス需要減少、中国勢の売却圧力の高まりなどを背景に、商業用不動産向けの融資価格が下落し引当金が急増した。
業績懸念は、ニュージャージー州を本拠とするバレー・ナショナル・バンクコープにも伝播した。8日、イエレン財務長官は、「商業用不動産市場の低迷で一部の金融機関のバランスシート劣化リスクは高まった」との認識を示した。
■日本が陥った“失われた30年”の再来になるのか
当面、中国の不動産市況の悪化は続くだろう。中国勢は海外の商業用不動産や住宅開発案件の権益売却を、さらに急ぐことになるだろう。中国からの資金流入が増えた米国、欧州、オーストラリア、カナダ、そしてわが国などの商業用不動産や住宅市況の不安定感も高まる恐れもある。
中国政府の政策運営は、今のところ、本格的な効果を発揮するまでに至っていない。確かに、銀行による不動産企業への融資の積み増しや、公的な資金を用いた株式の買い支えなど、1990年代にわが国が行った政策と同様の対策を発動した。
しかし、長い目で見ると、市場への介入は一時的な効果しか生まないだろう。“失われた30年”などと呼ばれるわが国経済の長期停滞を振り返ると、不良債権処理の先送りは事態を悪化させる。
■商業用不動産のリスクは今後も高まる恐れ
中国経済も厳しい状況への道を歩んでいるように見える。中国投資家の海外の不動産の売却を増やすと、米欧などで商業用不動産市況の不安定感は増す。不動産向け融資を増やした銀行のバランスシートは痛み、部分的に金融システムの不安定感も高まりやすくなる。
主要先進国の不動産企業の資金繰り懸念も出てくるかもしれない。不動産関連の株式や不動産投資信託(REIT)などの価格不安定感も上昇する。投資家がリスクの削減を急ぐと、世界的に株式などリスク資産の不安定感が増すこともあるだろう。
主要国の商業用不動産関連リスクは、世界経済の下押し要因になるとの見方は多い。中国勢による海外不動産投げ売りは、そうしたリスクを増幅させる一因になることが懸念される。
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真壁 昭夫(まかべ・あきお)
多摩大学特別招聘教授
1953年神奈川県生まれ。一橋大学商学部卒業後、第一勧業銀行(現みずほ銀行)入行。ロンドン大学経営学部大学院卒業後、メリル・リンチ社ニューヨーク本社出向。みずほ総研主席研究員、信州大学経済学部教授、法政大学院教授などを経て、2022年から現職。
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(多摩大学特別招聘教授 真壁 昭夫)