人生のどん底は「平均48.3歳」でやってくる…幸福度の沈み方が深くなる人、浅く済む人の決定的な違い
※本稿は、佐藤一磨『残酷すぎる幸せとお金の経済学』(プレジデント社)の一部を再編集したものです。
■幸福度は人生の中でどう変化していくのか
日本を含む多くの先進国では、医療技術の発展にともない寿命が延びています。これを受け、世界的に人生100年時代と言われるようになってきました。これまでの人類の歴史を振り返ると、長寿は多くの社会で求められてきたものであり、これ自体は素晴らしいことだと言えます。
さて、このような長寿に直面した私たちにとって、ふと疑問になるのが「人生を通じて幸福度の大きさはずっと同じなのか、それとも変わるのか」という点です。
こう疑問に思うのは、私たちが年齢を重ねるごとに肉体的、精神的な変化を経験していくためです。これによって幸福度の感じ方が変わってもおかしくありません。若年期では肉体的、精神的に充実していても、人生経験に乏しく、逆に高齢期では肉体的、精神的な面は衰えていきますが、人生経験は豊かになっています。このため、同じ経験でも、幸福度に与える影響が異なる可能性があります。
もし幸福度の感じ方が変化する場合、それには何か傾向があるのでしょうか。この実態は気になるところです。
本稿では最新の研究例を用いて、「年齢による幸福度の変化」の実態を明らかにしていきたいと思います。
■世界145カ国調査で判明「幸福度が最も低くなるのは48.3歳」
結婚式のスピーチで次の有名なフレーズがあります。
「人生には三つの坂がある。それは、上り坂、下り坂、そして、まさかである」
これには若干ダジャレが入っていますが、真実を突いていると思います。
これまでの心理学や経済学の研究の結果、人生には幸福度が低下する時期(下り坂)と上昇する時期(上り坂)があることがわかっています。そして、人生全体をとおして見ると、幸福度と年齢の関係はU字型になることが明らかにされているのです。U字型というのは、若年期から中年期にかけて幸福度が低下し、その後の高齢期にかけて上昇するといったかたちを意味しています(図表1)。
この点に関してアメリカのダートマス大学のデービッド・ブランチフラワー教授が行なった分析によれば、ヨーロッパ、アジア、北アメリカ、南アメリカ、オーストラレーシアおよびアフリカなどの世界145カ国において、幸福度と年齢の関係がU字型になり、幸福度が最も低くなる年齢の平均値は、48.3歳であることがわかっています(*1)。
ちなみに日本の結果を見ると、データによって違いはありますが、49歳、または50歳で幸福度が最低となっています。日本では人口構造上、ちょうどこの年齢にさしかかる人が多い状況にあります。
幸福度と年齢のU字型の関係は、日本を含めた世界中の人々が直面する現象となるわけですが、なぜこれが発生するのでしょうか。
■50歳前後で幸福度がどん底になるワケ
年齢と幸福度の関係がU字型になる背景には、諸説あります。
代表的なものに、40代から50代にかけて理想と現実のギャップにさいなまれ、幸福度が低下してしまうという説があります(*2)。
若年期に思い描いた「大人の自分の姿」が中年期に現実になるわけですが、思い描いた理想と現実のギャップに直面した場合、「こんなはずじゃなかった」と打ちひしがれてしまうわけです。
アメリカのノースウェスタン大学のハネス・シュヴァント准教授の研究によれば、若年期ほどよりよい将来を予想し、生活全体の満足度も今より高くなると見積もる傾向があります(*3)。若いときほど今後の人生への期待値が高い状態にあるわけです。これが中年期の理想と現実のギャップを大きくする原因となります。
また、シュヴァント准教授は高齢期になるほど将来の生活全体の満足度を低く見積もる傾向があると指摘しています。このため、理想と現実のギャップも小さく、予想していなかった小さなポジティブな出来事が幸福度を引き上げる要因となるわけです。
■介護と子育ての負担に加えて仕事上の責任もピークに
年齢と幸福度の関係がU字型になる二つ目の理由として、50歳前後で親の介護と子育ての二重の負担がのしかかり、幸福度を低下させるという説があります(*2)。
50歳前後になると親も高齢で介護が本格的に必要となる場合が増えてきます。また、子どもがいればちょうど大学進学の時期と重なり、金銭的な負担もピークとなります。これらの負担が重くのしかかり、幸福度を低下させるわけです。
また、仕事面では中間管理職として働く時期でもあり、仕事の責任もストレスの原因となります。日本の場合、厚生労働省の『賃金構造基本統計調査』が示すように、直近の10年間で課長以上の管理職になれる比率が徐々に低下しているため、そもそも管理職になれない場合も増えています。管理職になったらそれはそれで大変なのですが、なれない場合はより大きなストレスとなるでしょう。
このように仕事面でもストレスが多い時期であり、幸福度が低下する原因になっていると考えられます。
■幸福度低下への対策は「お金」
これまで見てきたとおり、幸福度と年齢の関係はU字型になっており、50歳前後で幸福度が落ち込む傾向にあります。
しかし、近年の研究の結果、幸福度の落ち込みが見られなかったり、その落ち込みが小さく済む場合があることが明らかにされています。
その鍵となる要因は、ズバリ「お金」です。
オランダのライデン大学のディミッター・トシコフ准教授は、年齢と幸福度の関係が所得水準によってどのように変化するのかを検証しています(*4)。その分析の結果、所得を10段階に分割した場合、所属する所得階層によって年齢と幸福度の関係が大きく異なることがわかりました(図表2)。
■日本で中年の危機はさらに深まる可能性
彼の分析の結論は、「高所得階層に属する場合、幸福度と年齢の関係はほぼフラットになり、50代における幸福度の落ち込みは観察されない」というものでした(図表2の〈B〉)。
この結果から、高い所得が50歳前後の理想と現実のギャップを解消するだけでなく、介護や子育ての負担にも対処していると解釈できます。やはり、お金の力は絶大です。
彼の分析によれば、所得が最も低い階層の場合、年齢と幸福度の関係がホッケースティックのような形状になると指摘しています(図表2の〈C〉)。ホッケースティックということなので、ある時期まで減少し、その後少し上昇するといった具合です。より具体的には、50歳になるまで幸福度が低下し続け、その後少しだけ幸福度が上昇するというかたちになっていました。
また、所得が中間層の場合、幸福度と年齢の関係はU字型になるものの、50代における幸福度の落ち込みは、低所得階層よりも小さくなっていました(図表2の〈D〉)。
長い人生の中で浮き沈みはありますが、平均的に見た場合、50歳前後で幸福度が最も低くなります。そして、これへの対応策は、「お金」です。「地獄の沙汰も金しだい」という言葉がありますが、やはり経済的な豊かさは、幸せにとって欠かせない要因の一つだと言えるでしょう。
ここで気になるのが、日本では平均年収がなかなか伸びない状況にあるという点です。それにもかかわらず、消費税や社会保険料は増えています。このため、実際に手元に残るお金(=可処分所得)が減少しているわけです。
このような状況下にあるため、幸福度が落ち込む「中年の危機」が今後さらに深まることが懸念されます。
*1)Blanchflower, D. G. (2021). Is happiness U-shaped everywhere? Age and subjective well-being in 145 countries. Journal of Population Economics, 34,575-624.
*2)Graham, C., & Ruiz Pozuelo, J. (2017). Happiness, stress, and age: how the U curve varies across people and places. Journal of Population Economics,30, 225-264.
*3)Schwandt, H. (2016). Unmet aspirations as an explanation for the age U-shape in wellbeing, Journal of Economic Behavior & Organization, 122,75-87.
*4)Toshkov, D.(2022). The Relationship Between Age and Happiness Varies by Income. Journal of Happiness Studies, 23, 1169-1188.
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佐藤 一磨(さとう・かずま)
拓殖大学政経学部教授
1982年生まれ。慶応義塾大学商学部、同大学院商学研究科博士課程単位取得退学。博士(商学)。専門は労働経済学・家族の経済学。近年の主な研究成果として、(1)Relationship between marital status and body mass index in Japan. Rev Econ Household (2020). (2)Unhappy and Happy Obesity: A Comparative Study on the United States and China. J Happiness Stud 22, 1259-1285 (2021)、(3)Does marriage improve subjective health in Japan?. JER 71, 247-286 (2020)がある。
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(拓殖大学政経学部教授 佐藤 一磨)