2023年12月末、ロシアで開かれた博覧会。ロシアのレシェトニコフ経済発展相(中央)が招待された子どもたちと記念撮影をしている(写真・Sputnik/共同通信イメージズ)

日本経済のGDP(国内総生産)が50年ぶりに順位を落とし、ドイツに次いで4位へランクを下げるという。これはあくまでドルベースで比較した数字である。

著しい円安によって、日本経済の衰退は、世界ではその実態より低く見られている。円ベースで考えると実は上昇していて、600兆円近くになっている。日本の円換算で見ると、経済はわずかだが成長しているともいえる。

もっともGDPという指標は、受験生の偏差値が本当の学力を意味しないように(少なくとも試験の内容が違う外国では通用しない、日本だけの学力ともいえる)、国の本当の経済力を意味しているわけではない。

国力はかさ上げできる

アメリカのように基軸通貨ドルを発行し続ける国は、いくらでもGDPをかさ上げすることができるし、ドル高調整を行うことも可能だ。国際的ランキング比較の好きな日本人にとって、毎年公表されるGDPランキングは、大学入試の偏差値のように一喜一憂する格好の材料ではある。

しかし、GDPだけ見てその経済力を比較すると思わぬ落とし穴に落ちることになる。あくまでも、これはある側面だけを切り取っている経済力にすぎず、本当の実力とはいえないからだ。

日本の偏差値が、国際社会で通用しないように、国際社会での経済力は、ランキングの上下で決まるようなものではない。国家の経済力は、きわめて多様な要素が重なりあった、いわば単純な強さのランキングではないのだ。

40年以上前、私は東欧のある社会主義国に留学していた。ドルベースの為替レートで計算すると、その国の1人当たりの所得は、日本人の所得の5分の1以下にすぎなかった。

しかし、生活水準のレベルで考えると、日本に比べてそれほど劣っているわけではなかった。この国の中だけで暮らせば、結構水準の高い生活を維持できていた。もちろん海外に出たり、海外から輸入品を購入すると、その支出は高額なものとなり、生活レベルは急激に落ちていく。

国内製の製品でまかなえば、自動車も電機製品もその質はともかく、一応そろっていた。もちろん、ガソリンやコーヒーなどの海外でしか生産できないものは代替不能で、そのぶん当時ドル高による原料価格の高騰に悩まされていた。

この当時のソ連東欧のコメコン(経済相互援助会議)がアジアやアフリカまで拡大し、ドルではなく、すべてルーブルで購入できるほど範囲が拡がっていれば、石油もコーヒーも安価で買えたのだろう。

だが、ドルが国際通貨であったため、アメリカと西欧は、ソ連と東欧にドル不足という厳しい経済的締め付けを行ったのだ。それがアメリカのレーガン政権による利子率上昇であった。

利率が高いことでアメリカのドルが強くなり、借りていた借金の利子が増え、何も輸入できないという現象が起こったのだ。これは一種のアメリカによる経済制裁であった。

1990年代、世界がルーブル決済できていたら?

これによってソ連・東欧経済は崩壊するのだが、もしソ連・東欧が中国・インド・ブラジル・トルコなどと、当時ルーブル決済できていたらどうなっていたのであろうか。

もしルーブル決済で当時のGDPを測れば、日本との5倍のGDPの1人当たりの格差も実際は2倍弱となり、ソ連・東欧諸国はGDPランキングが劣位の後進的地域ではなかったということになる。

まさにこの問題こそ、アメリカと西欧によるロシアや中国への経済制裁が現在まったく機能していない原因であるし、ロシア経済は弱体で、ロシア軍も弱体で、すぐにウクライナが勝利を収めるであろうという西側の楽観的な臆測が幻に終わった原因であったといえる。

西欧の楽観的観測だが、ウクライナに膨大な西欧の資金援助がそそがれ、ロシアへの経済制裁が強化されれば簡単にロシアは崩壊しウクライナはすぐにでも勝利するであろうと、欧米は当初踏んでいた節がある。

ある意味これは、単に机上の空論(ナラティブ)にすぎないのだが、大方この線に沿って、西側の政府もメディアもロシアの経済力やロシア軍の兵力を試算し、安易な勝利図を描いていた。

もっとも、アメリカでも元大量破壊兵器監察官スコット・リッター(1961〜)のように、ソ連に滞在し1980年代のソ連の工業力や兵器生産の現状を知悉していた元軍人は、このような楽観的な計算に警告を発していた。

ロシア経済は、ドルで計算したGDPなどで理解できる世界ではない。かつて冷戦時代西側の経済学者はソ連のルーブルの価値、ソ連の生産力をあれやこれやと論議し、ソ連の実際のGDPは粉飾されたものであり、実際は相当低いものであり、恐れるに足らぬものだと予測したことがあった。

なるほど、ソ連・東欧は簡単に西側の圧力によって、社会主義体制を崩壊させてしまった(自壊といったほうがいいのだが)。「幽霊の正体見たり、枯れ尾花」という傲慢が、その後西側世界にはびこるのは当然だったのかもしれない。

しかし、ここで実際の生産力そして国力というものを本当に、ドルの為替ベースで見たGDPなどで知ることができるのであろうかということを、考えてみるべきである。

ロシアをめぐる世界経済の輪

これでみると、今でもロシア経済のGDPは2兆ドルしかなく、アメリカの10分の1以下、人口の少ないカナダやイタリアのレベルにしかすぎない。しかし、これはあくまでもドルベースでの計算であり、本当の実力を示すものではない。

実際は日本やドイツ並か、ものによってはそれ以上の力があると思ったほうがいい。ロケットや航空技術など西側の模倣技術ではない最先端の技術が多くあるのだ。

地政学の専門家だけでなく、ソ連経済や東欧の経済を学び、ウクライナを含む東欧地域に暮らしたものならば、そこにはロシア(旧ソ連)の制度、もっと昔に遡ればオスマントルコの制度が残存し、ソ連崩壊以後の30年という月日だけで簡単に西欧型のシステムに変わりえるものではないことは、理解できるはずである。

もちろんそれと同じく、歴史的にこれらの地域はある意味一蓮托生であり、黒海にそそぐドナウとドニエプルの両大河でしっかりと結びあっているということである。そしてそれは、宗教的にも正教会のみならず、中東のイスラム教やユダヤ教徒の結びつきも強い世界である。

東欧諸国の多くは、西欧だけでなく長い間ロシアや中東と結びついて発展してきた。かつて東欧製の製品はロシアや中東で気に入られ、よく売れていたのだ。確実にそこに市場をもっていた。

それはEUに入った今でも変わらない。歴史を簡単に変えることはできない。彼らの経済がかつて比較的安定していたのは、この枠の中で動いていたからである。そこから出ることは、不安定と危機をもたらしたのである。

ロシアが西側の圧力に屈しないのは、ロシアの周りに、ロシアの仲間の国々が多くいることである。インド、トルコ、中国、イランなどの大国は、ロシアの仲間である。

一国の経済力は、友好国の存在を抜きに語れない。人口、技術、生産力など、こうした友好国との生産システムが構築されているからである。かつてソ連下ではコメコン諸国内での分業があったが、それと同じようなものが今築かれつつある。

国家と国家との戦争は、1対1に限ったわけではない。周りにいる友好国が何らかの形で参加していれば、その国は強い。まして強い農業と工業に欠かせない原料や燃料をもち、実際にものをつくる工業力をもつ国が周りにあれば無敵ともいえる。

EUは安定した経済圏なのか

そもそも16世紀から始まる西側資本主義はかつてこうした、無敵のシステムを構築していた。西欧諸国によるアジア・アフリカの支配は、原料と燃料を一手に押さえ、ブロック経済圏なるものをつくっていた。

西欧の経済の背景にアジア・アフリカの後背地があり、そこでその国にないものを生産していたのである。宗主国といわれる西欧諸国は、植民地といわれるアジア、アフリカを抜きにして繁栄することはなかった。

それから数百年が立ち、西欧諸国の原料供給基地であった植民地は、独立し、産業も発展し、かつてのように西欧に盲従することはなくなっている。今では、西欧諸国の手を借りないで経済発展ができるところまで来ている。

確かに今でも、アジア・アフリカの国々のドルベースでのGDPは高いとはいえないが、たいていのものを作る技術はすでにもっている。海外貿易にドルを使わず、アジア・アフリカの通貨を使えば、ドルベースで計算するよりも、GDPは当然高くなるであろう。

ロシアや中国の最近の強さは、まさにこうしたアジア・アフリカの非ドル通貨圏の環をもっていることである。今は、ドルで世界の経済力のランキングを測れなくなっているともいえる。

西欧と東欧は今ではEUによって統一されているように見える。そこにウクライナなどが入ることで安定した経済圏をつくろうというわけだが、本当にそうであろうか。

東欧は残念ながら今でも、西欧諸国の後背地としての人員供給と原料供給、そして工場の役割だ。東欧独自の商品市場は、西欧にはあまりない。むしろトルコや中東、そしてロシア、中国にある。

EUがアメリカに接近しすぎたことで、東欧はどんどん本来の歴史的市場を失いつつある。それが今回のウクライナ問題でもある。ウクライナ経済はロシアや東欧、そして中国やトルコなどを抜きにしては考えられない。

かつての「非同盟」という存在

東欧諸国は、西欧とロシアの板挟みにあって、もだえ苦しんでいる。東欧は、どちらにも属さず中立を通すほうがいいのではないだろうか。

1960年代に「非同盟」ということばがあったが、もういちどユーゴスラビアの指導者チトー(1892〜1980)とインドの初代首相ネルー(1989−1964)が提唱した非同盟ということばを思い返して欲しい。

ウクライナが非同盟ならば、ウクライナ戦争の和平は成り立つだろう。ウクライナを含めた東欧諸国と中東諸国などが、非同盟組織をつくれば、この地域の戦争の可能性も減るであろうし、経済もより発展するだろう。

歴史を振り返るとき、もう一度、1961年に旧ユーゴのベオグラードで初めて開催された非同盟諸国首脳会議が果たした役割は顧みられるべきであろう。

(的場 昭弘 : 哲学者、経済学者)