AIという技術がある時代に、子どもたちが人間として学ぶべきこと、意識すべきことは何でしょうか(写真:msv/PIXTA)

経済と社会が変わろうとするなか、これまでの人生設計に合わせて作られた教育制度も変化を余儀なくされている。

新しい環境、新しい技術の下で、これからの教育制度はどうなっていくのか。先端的な学校改革を実現し教育界で注目を集める熊本市教育長の遠藤洋路氏と、日本最大級の教育イベント「未来の先生フォーラム」を主催し、『16歳からのライフ・シフト』の監修を務めた宮田純也氏が語り合った。

その模様を3回に分けてお送りする(今回は2回目)。

*1回目:「人生100年、学校教育は何をどこまで教えるのか」

自分で判断し、行動する人を育てる

宮田純也(以下、宮田) いまどのような教育改革を行っているか教えていただけますか。


遠藤洋路(以下、遠藤) 教育理念として、熊本市は「豊かな人生とよりよい社会」を目標にしています。その実現のために、「自ら考え主体的に行動できる人」を育てたい。

自分の人生、そして自分の周りの社会をよりよくするために何が必要か。それは、何をすべきかを判断して行動する、ということの繰り返しではないでしょうか。

人生100年時代に求められることも同じだと思います。将来自分がどうなるかは正直わからない。そのときの状況に合わせて、自分で判断し、行動していく。人生100年時代の要請と、熊本市がやろうとしていることは、まさに一致していると思います。

具体的には、自分たちの町の課題は何か、大変な思いをしている人のために何ができるか、観光客を呼ぶにはどうしたらいいか、特産品を広く知ってもらうにはどうしたらいいか、ということを調べて、議論して、フィードバックをもらって改善していくという実践を、学校の授業でもやっています。

遠藤 毎年「Kumamoto Education Week」というオンラインのイベントを続けていて、ここでも、モデルになるようなプログラムをいくつか公開しています。

宮田 教育へのアクセスをどう広げていくかという点からも興味深いイベントですね。

遠藤 前回も触れましたが、これまで技術的にできなかったことが、できるようになっている。1人1台の端末を持っていれば、クラス全員の意見をあっという間にシェアすることもできます。

順番に発表してもらって、他の人はそれを聴きながら待っているというこれまでの授業では、手を挙げて意見を言うのはハードルが高いという子もいます。そうした子でも、みんなに自分の意見を見てもらえて、ちゃんとフィードバックを得られるという技術ができている。

また、オンラインの環境があれば、自宅や病院からでも授業に参加できます。それを活かさない手はないだろうと考えて、いろいろな技術を試そうとしているところです。

不登校の子に、自律走行できるロボットの遠隔操作を介して授業に参加してもらうとか、VR技術を使って授業に参加してもらうといった実験です。これらは文科省からお金をいただいてやっています。

宮田 教育行政の可能性も、テクノロジーの発展で広がっていると。

遠藤 10年前には、授業中にタブレット端末で疑問を調べることはできなかった。それがいまでは誰でもできるようになっています。これは大きな変化だと思いますし、教育を大きく変えていく要素になるでしょう。

これから人が身につけるべき資質とは

宮田 これから人生100年時代を生きる子どもたちに必要な資質、能力についてはどうお考えですか。

遠藤 それは、私にはわからないですね。誰にもわからないのが人生100年時代なんでしょう。

必要な資質・能力は変わっていきます。例えば、これからの時代は、暗記ではなく、思考力や課題解決能力が必要だと言われてきました。しかし、それも怪しくなってきた。

 東大の入学試験で、ある絵を示して、その絵を英語で説明しなさいという問題がありました。まさに、単語や文法の暗記力ではなく、思考力、判断力、表現力を問おうとしたものです。

遠藤 しかし最近、ChatGPTが画像を読み取れるようになったんですね。そこで、この画像を英語で説明してくださいと入力してみたところ、すぐに答えが返ってきました。


AIという技術があれば、小学生でも東大の入試問題を解けるようになったということです。思考力、判断力、表現力こそが、AIの得意分野になりつつあります。

そういう技術がある時代に、この問題を独力で解くために、小中高の12年間も学習を続ける意味とは何だろうと考えてしまいます。

これから必要だと言われていた資質もそうだし、人間にしかできないと言われていたことも、この先すべてAIのほうがうまくできるようになるかもしれない。

こうなると、AIができないことを人間がやるという発想ではなく、AIより人間のほうが得意なものなどない、という前提で、それでも人間としてどう生きていくかを考えなくてはいけないと感じています。

あえてよくない選択肢を選べるか

宮田 私は、そのカギは主体性にあると思っています。

人は自ら目的を持ったり、よりよく生きたいと思ったときに、さまざまな課題が見えてくるものです。最初は自分の課題かもしれませんが、それがだんだん外に広がって、地域の課題とか、もっと大きな課題の解決につながっていく。

となると、より自然に、主体的でいられるための経験やマインドセットを持つことが大事かと思います。

遠藤 おっしゃるとおりです。病気になったときに、あなたはこの薬を飲むのがいいとか、地球に対してもあなたにとっても優しい行動はこれだといった「正解」は、機械が提示してくれるようになる。

そこで、主体的でいられるかというのは、あえてよくない選択肢を選べるか、というのが、人類の分かれ目になるのかなと思います。

宮田 主体性を育むために行政や学校がやるべきことはなんでしょうか。

遠藤 人や機械から言われたことをやるのではなくて、自分で決めていくという練習を常にやっていくことでしょう。それは学校だけでなく、家庭とか、社会とか、いろいろな場でそうするということです。

外食したときに、何も言わなくても「いつものもの」が出てくることをかっこいいと思うかどうか。

今までの日本の価値観とは違うかもしれませんが、某サンドイッチチェーン店のように、パンはどれにするか、レタスは必要か、トマトはどうか、ドレッシングは何にするか、飲み物は、という具合に、いちいち意見を求められるという経験が、ある程度必要だと思います。

(第3回に続く)

(遠藤 洋路 : 熊本市教育長)
(宮田 純也 : 一般社団法人未来の先生フォーラム代表理事)