起業と経営の違いはどこにあるのでしょうか(写真:EKAKI/PIXTA)

元起業家で作家・珈琲店店主で『グローバリズムという病』著者の平川克美氏、POPER代表取締役CEOの栗原慎吾氏、そして奈良県東吉野村で人文系私設図書館「ルチャ・リブロ」を運営する青木真兵氏。グローバリズムと株式会社制度はどこに向かうのか。起業家と経営者の違いとは何か。異色の組み合わせによる鼎談をお届けする。

作りたかったのは会社ではなくコミュニティー

青木:今日は平川さんのご著書『グローバリズムという病』を2人で読み、資本主義と会社経営の折り合いの付け方という観点からぜひ話を聴きたいと思い、やってきました。


実は栗原慎吾くんは僕の従兄弟でして、15年ほど前、僕が大学院生で彼が会社員をしていたころ、往復書簡をしていました。内田樹先生と平川さんの『東京ファイティングキッズ』に思い切り影響を受けて始めたんです。

先週、慎吾と一緒に内田先生にお話を伺い、今日はまた2人で平川さんにお話を伺えるなんて、とてもありがたい気持ちでいっぱいです。まずは慎吾から自身がやっている事業の簡単な説明をしてもらえますか?

栗原:はじめまして、栗原と申します。私は塾や習い事など、主に教育機関のバックオフィスを効率化するためのITサービスを提供するPOPERという会社を経営しています。

かつては私自身も塾の講師をしていたのですが、生徒が増えるとそれにしたがってバックオフィス業務が煩雑になります。結果的に肝心の「教える」ことに向き合えないという課題に直面しました。

そこでバックオフィスなどの「教える」以外の業務をITの力で効率化し、現場の先生方の時間を創出することで心の余裕をもってもらい、「教える」ことに集中してもらいたいと思いComiruというツールを開発・販売しています。おかげさまで全国4800教室以上でご利用いただいており、昨年の11月に東証グロース市場にも上場しました。

青木:そういうことでPOPERは上場したのですが、一方で会社のカルチャーは失いたくないと。平川さん、このあたりどう思われますか?

平川:そもそも俺は会社をやりたかったわけじゃないんだよ。ある種のコミュニティーみたいなものを作りたかったんだろうね。でも会社がどんどん成長して、50人くらいになって事業部ができていくと大きなオフィスに何十人も人がいたりする。それを見てるだけでげんなりしてきちゃってさ。

青木:内田先生が「平川は成功しそうになると自分から壊しちゃうんだよ」って言ってました(笑)。

平川:ある人が『共有地をつくる』(ミシマ社)っていう俺の本を読んで、平川さんは会社を作って、その会社を成功させて金儲けするってことがしたいわけじゃなくて、共有地であったりコミュニティーのようなものを作りたかったんですねって言われたんだけど、確かにそういうところもある。だけど本当はそうじゃなくて作家になりたかったんだよ。でも作家になれなかったから、その代償として何か創造的なことをやりかったの。

株主資本主義への疑問

栗原:やっぱり経営者って我慢したり、つらいですよね。中国古典にもありますけど、諌められたら聞かなきゃいけないのが経営者の徳であると言われる。私も創造的なことをしたいという思いもあったので、当初は事業を通じて自分の表現したいことをするんだと思って事業と表現を合体させようとがんばっていたときもありました。


【写真右】栗原慎吾(くりはら しんご)/POPER代表取締役CEO。1983年埼玉県さいたま市(旧与野市)生まれ。明治大学経営学部卒業後、住友スリーエム(現:スリーエム ジャパン)に入社する。歯科用製品事業部に配属され、2010年にはグローバルマーケティングアワードを受賞。その後ソウルドアウトに入社し、Webマーケティングを担当。2012年、友人に誘われ塾の共同経営者として参画し、経営から講師まであらゆる業務を経験。当初20名ほどの生徒数を60名にまで増加させる。塾業界のシステム化を進めるべく、2015年にPOPERを設立し、現職。2022年、東証グロース市場に上場【写真左】青木真兵(あおき しんぺい)/「人文系私設図書館ルチャ・リブロ」キュレーター、古代地中海史研究者、社会福祉士。1983年生まれ、埼玉県浦和市に育つ。「人文系私設図書館ルチャ・リブロ」キュレーター。古代地中海史(フェニキア・カルタゴ)研究者。博士(文学)。社会福祉士。2014年より実験的ネットラジオ「オムライスラヂオ」の配信をライフワークとしている。2016年より奈良県東吉野村に移住し自宅を私設図書館として開きつつ、現在はユース世代への支援事業に従事しながら執筆活動などを行っている。著書に『手づくりのアジール──(土着の知)が生まれるところ』(晶文社)、妻・青木海青子との共著『彼岸の図書館──ぼくたちの「移住」のかたち』(夕書房)、『山學ノオト』シリーズ(エイチアンドエスカンパニー)などがある

でもやっぱり事業は表現活動とは違って、どうしてもニーズに合わせていくということだと思います。だから真兵と話せることはとてもよくて。経営者としてではない領域と関わるのは大事ですね。

それと会社とは何かっていうときに、コーポレートガバナンスのことが気になっていて。ここ数十年どんどん会社が株主のものだと言われるようになっているけど、株主資本主義に対していろいろな疑問がもたれているのが今という時代なのかと思います。

代表的なものがSDGsやESGなどで、会社の価値を利益創出力だけに目を向けずに、地球環境問題などにどれだけ貢献しているかなどの指標を導入すべきといったことに大きな関心が集まっています。そういう意味で、今後は新しいコーポレートガバナンスのあり方が出てこざるをえないんじゃないかという期待があります。

何年後か何十年後かわかりませんけど、そのときにPOPERっていう会社が株主資本主義に代わるような地域社会とか地球環境、もちろん株主も含む多様なステークホルダーを見据えて経営をしていたと思われたらいいなと思っていて。

平川:それは大事なことだね。

青木:そういうことを慎吾は目指しているんですけど、平川さんが本書でも書かれていますが、グローバル化した世界においてそういう「身の丈の経営」をしていくためにはどうしたらいいのでしょうか。

平川:栗原さんの立場に立つと、今のマインドを持ち続けながらやるのはすごく難しいこと。

だけど、例えばAppleが最初に出て来たときにヒッピー文化を企業文化の中に入れたんです。Tシャツで仕事したり上下関係をなくしたりね。


平川克美(ひらかわ かつみ)/作家、隣町珈琲店主。1950年、東京・蒲田の町工場に生まれる。75年に早稲田大学理工学部機械工学科卒業後、内田樹氏らと翻訳を主業務とするアーバン・トランスレーションを設立。1999年、シリコンバレーのBusiness Cafe Inc.の設立に参加。2014年、東京・荏原中延に喫茶店「隣町珈琲」をオープン。著書に『株式会社の世界史』(東洋経済新報社)、『小商いのすすめ』(ミシマ社)、『移行期的混乱』(ちくま文庫)などがある

それを僕は「1回半ひねりの働き方」って言ってるんだけど。それが外側から見るとものすごく魅力的に見えたのね。そもそもヒッピーっていうのは主流から離れて周縁にいた人たちでしょう。この人たちの文化を取り入れて、魅力的に見せたんだよね。そういうことが鍵だと思う。

やっぱりやっている人たちが楽しんでいることは大切だよね。僕らが最初の会社で成功できたのは、僕ら営業で商社を回るんだけど、そのときにみんな話を聞きたがるんだよ。お前らなんでそんなに楽しそうなのって。みんなバイクで乗り付けて、翻訳の仕事ありませんかって営業して回る。なんか自由な感じに見えたんだよね。それを楽しそうにやっていたことが重要だった。

僕は最初の会社の社訓を「面白がる精神」っていうのにしたのね。面白くないかもしれないけど、まあ面白がろうよと。どうやったら面白がれるかをみんなで考えようっていう。やっぱりやってる連中が面白がってやること。そういうところを目指せるかどうかなんだろうね。上からの改革は難しいかもしれないけど。

ブルシットジョブとの付き合い方

栗原:最近よく聞くいわゆるブルシットジョブってありますよね。もちろんPOPERの中でもブルシットジョブがすごく多くて。それにずっと付き合っていると「自分が何のためにこの仕事をしているのか」がわからなくなってくる。無意味なことをやり続けていることで、自分が傷ついているのがわかるんですよね。でもその無意味な仕事が売り上げにつながるからやらなくちゃいけないという側面もある。だけど経営者としては、現場の人たちにそういう仕事が集中しないように腑分けすることが大事だと思っています。

そういう無意味な仕事をどう処理していくかということを、構造的に避けられるようにしていくことが大事だと思っています。

平川:前に『株式会社という病』を教科書にしていますっていう会社があったけど、やっぱり上場したらやめちゃったもんね。やっぱりそういう風にせざるをえなくなっちゃうのよ。とくに株主が、平川の本なんか許さないわけですよ。

「帳尻合わせ」を内在的に必要とする制度

栗原:そこに自分は挑戦していきたいと思っていて。例えば短期的な投機目的の株主の目線からすると、ある会計年度の利益が上がっていれば株価が上がるから、どんな手段であっても利益を上げてほしいと思っているのだろうなと、私たちのような経営者は考えるわけです。

例えば3カ月先の売り上げをこっちに持ってきて帳尻を合わせるみたいなことをする。それをやらなかったら下方修正になっちゃうから株主から怒られるだろう、株価も下がるだろうっていう恐怖心の延長線上に現在のよくない株式会社の状態があるんじゃないかと思っていて。

平川:今何人くらいでやってるの?

栗原:今は70人ですね。

平川:売り上げはどれくらい?

栗原:8.3億円程度です。今回これは本質的じゃないよねっていうことで、下方修正したんですよ。

平川:そんなことできるの?

栗原:しました。

平川:進行基準で厳しいんじゃないの?

栗原:厳しいんですけど、でもそれは自分たちがこれまでやってきたことが、別に間違ったことをやっているとは思わないから。どう反応されるかわからないからやってみようと。でももし自分が今回無理して売り上げをつくるために先々の売り上げをこっちに持ってくるみたいないことをしてしまったら、たぶんずっと帳尻を合わせ続けなければならないなと。そういう負のスパイラルに入ってしまう分岐点もあるんじゃないかと思っていて。これをこの先もずっと続けられるかどうかですね。

平川:そうか。でも売り上げが200億、300億円ぐらいまではやっぱりキツイよね。500億円ぐらい突破するといろんなところに資産も溜まってるから揺るがなくなるんだけど。売り上げ10億、20億円っていったら自転車操業的なところもあるから本当にキツいと思うよ。よくやってるよ、たいしたもんだよ。

青木:やっぱり2人のお話を聞いてると、「会社をやる」って思わないほうがいいんじゃないかっていう気がしてきますね。平川さんも運動体みたいな段階のときはモチベーションが維持されている。慎吾ももしかすると、会社をやって売り上げをどんどん上げていきたいというよりも、運動として社会をよくするためにやっている部分が強いんじゃないかと思う。

栗原:そう。先ほど平川さんも、自分がやりたいのは会社じゃなくてコミュニティーなんだとおっしゃってたと思うんですけど、自分もまさにそうなんです。それがどのレベルまで、どのくらい規模感までいけるのか。真兵は見てると思うけど、POPERってコミュニティーな要素がまだ残ってるじゃない。これをどこまで残しながらいけるのか。

起業家精神は表現活動に近い

平川:やっぱり栗原さんはアントレプレナー、要するに起業家なんだよね。通常の場合の起業家は、起業はするけどその後の経営はもうしないんだよ。上場したら、ファウンダーとしてストックオプションをもらってもう辞めちゃうの。その後の経営って全然違うからさ。アントレプレナー精神なんてないからね。現場はほんとに数字合わせとか細かいどうでもいいような仕事をやらなきゃいけないのが現実だからさ。

あと70人とかいると、人間同士の関係調整。あいつとあいつが仲悪いとか。給料も俺が決めてたけど、なんで自分は彼より下なのかとか言われて。めんどくせぇから俺、数式作ったのよ。その数式に当てはめてやったら全然実態とそぐわない数値しか出てこない。エビデンスベースドなんてのはまやかし。印象と実感を取りこぼしてしまうからね。だから難しいんだよね。

青木:起業家精神は表現活動に近しいということなんでしょうね。

平川:起業家はそうだよ、ロマンチシズムで。ああしたいこうしたいって金引っ張ってきてね。それは僕もすごい興味があった。やってて面白かった。だから俺十いくつも会社立ち上げたんだけどさ。それが仕事だったんだよ。だけど持続させていくのは全然違う話。それから第2次成長、さらに発展させていかねばならない。その段階によってやるべきことが全然違うんだよね。でもその道のプロみたいなのを連れてくると、会社の文化は死んじゃうからね。お話をお伺いしていると、栗原さん自身に文化があるから会社の文化がありそうだね。企業文化は大事だよ。

青木:企業文化を保ったまま、市場のニーズとか株主のニーズに囚われず、身の丈の成長を目指したいんですけれど。

平川:それは難しいのよ。会社の目的は2つあって、1つは利益の最大化。公開していれば株主利益の最大化だし、公開していなければ経営者一族、社員の利益の最大化。これを目指さなかったら会社じゃないんですよ。

ところがもう1つあって、それは存続させることなんだよね。会社がこれから持続的に存続していけるかどうか。自己利益の最大化っていうのは瞬間風速で作ることができるんだけど、下手にやると会社の信用を失う。そうすると持続しなくなってしまう。自己利益はバランスシートに書かれるんだけど、信用ってどこにも書かれないのよ。形がないから書きようがない。でもその信用と自己利益のバランスを取りながら、どうやって持続させていくのかっていうのが会社経営なんですよ。

でもそれがなかなか難しい。昔の商人が「損して得取れ」とか言うじゃない。やっぱりすごいなと思うんだよね。ちょっと損しても、インビジブルアセット、見えない資産は増えてるんだっていう話なんだよ。この見えない資産が増えているのか減っているのかがわかるのが経営者じゃないかと思うんだよ。こういうのは口では言えるんだよ(笑)。現場入るとそんなこと考えられなくなっちゃう。

でも商売を駆動していくのはインビジブルアセット。信用があればバランスシート上の資産が減っても、長い目で見れば回復できるんだよ。いや、まあ少なくとも今までは「できた」と言えるかもしれない。これから先はちょっとわからない時代になっちゃったよね。

青木:先ほどの江戸時代の商人の話って、商店街の話と似ていて有限性を前提にしていると思うんです。有限性があるとある種の循環性が機能している世界だから「損して得取れ」が実感としてわかる気がするんですけど、グローバル化してしまった後は「損して得取れ」が実感としてわからないっていうのが問題だと思っていて。

「暖簾」という価値

平川:俺、MBAで教えていたときにその教え子のなかに会計士が結構いたのね。彼らに修士論文を書かせるのに、何人かの人には「暖簾」をテーマに出してたの。これは東アジア特有なんじゃないかな。少なくともヨーロッパにはないよね。「Since何年」とかって看板掲げているけど、時間的な「歴史」しかない。

ところが山崎豊子の『暖簾』っていう小説を読むと、船場の商人たちは金がなくなるとその「暖簾」を実際に銀行に持っていくとそれを銀行が預かって金を貸したんだよ。だから「暖簾」っていうのは、まさにインビジブルアセットを可視化したものなの。かつては文化として経営者だけじゃなくて銀行も社会全体の信用といったものが、実は社会を突き動かす一番大きな鍵だったことを共有してた。でもそれは合理主義的にはありえないから、どんどんなくなっていっちゃった。俺はそれを復活させたいんだけどね。

平川:内田くんの受け売りなんだけど、東アジアに独特のものとしてもう1つ重要なのが修行なんだよ。修行の目的は忘我なんだよ。則天去私なんだ。自分を捨てること。自分探しの正反対なの。

青木:そうか、そう考えると起業はある種の自己表現かもしれないけど、それから先は修行になっていくのか。

栗原:自分は完全にそう思ってます。だから中国思想とか東アジアに帰っていくんですよね。周公旦みたいに自分の周りに優秀な二番手、宰相を置いてその人の話を聞いて経営を行うほうが自分には合っているとも思いますし。

青木:そうか、だから僕が今POPERでやってる「社内ラジオ」って、インビジブルなものの存在を語り続けることなのかもしれない。目に見えないものがあるよっていう。「空有」だよね。

平川:インビジブルなものは全部金では買えないんですよ。実はいくらでもあるんですよ。金で買えるのは、目に見えるものかつ値札のついたものだけなんです。だから、インビジブルな物に価値を置くというのは、商品経済に対するアンチテーゼなんだよね。商品経済は、欲望に取り憑かれた人間なしには成立しませんよね。

しかし、東アジアの経営者には、人間として徳を積むこと、修行して忘我の境地に至るとか、我執を捨てるっていうところを目指すなんて人が出てくる。これは本当に東アジア独特の文化なんですよ。なかなかいい文化だと思うんだけど。

一神教の世界はどこまでも自分を確認していく。自分を確認すると自分が固定化されちゃって成長がなくなる。揺れ動いていたほうがいいんだと。自分なんてものはいくらでも変わりうるから。

二者択一をやめて「程度の問題」として考える

栗原:うちはPOPERっていう名前の会社ですけど、僕が卒論を書く時に科学哲学をテーマにして、その中でカール・ポパーに出会ったんです。『開かれた社会とその敵』でもプラトンを全否定して、プラトニズム、本質主義みたいなものを否定するんですよね。自分探しの旅っていうのもそこから来ているのかなって思います。物事には本質がある、イデアがある。それが答えであって、そこに辿り着くことがゴールなんだと。でも東アジアは全く別で、真ん中には何もないわけですもんね。だからポパーの立場からしても結果としては忘我に至るんですね。

平川:どんどんいい加減になっていけばいいんですよ。二者択一っていう合理主義をやめて、程度の問題として考えるっていう。どの程度までだったら共有できるのか。なかなか難しいことなんだけど、これが一番大事なんです。グローバリズム由来の二者択一の論理に侵食されすぎちゃってるから、もう1回いい加減さを取り戻したいよね。でも栗原さんは柔らかい雰囲気だからいいよね。栗原さんの感性のままで生きていくのは苦労するとは思うけど、頑張ってね。

(平川 克美 : 作家、隣町珈琲店主)
(栗原 慎吾 : POPER代表取締役CEO)
(青木 真兵 : 「人文系私設図書館ルチャ・リブロ」キュレーター、古代地中海史研究者、社会福祉士)