中小企業が生産性を伸ばせない大きな理由とは(写真:mits/PIXTA)

世界的に見て生産性が低いとされる日本企業。なかでも、全企業の99%以上を占める中小企業の労働生産性は、大企業と比較して40%程度にとどまっています。コンサルタントの山元浩二氏はその原因を「『戦略』を仕組みとして実行できていないから」と考えています。中小企業ではなぜ戦略が機能しないのか。著書『小さな会社の〈人を育てて生産性を高める〉「戦略」のつくり方』で詳しく見てみましょう。

「1人マネジメント」の限界

中小企業が生産性を伸ばせない、あるいは低下させてしまっている大きな要因を2つご説明しましょう。

1つ目は、社長が1人で会社をマネジメントしていることです。

社長が会社の方向性や目標を定め、戦略を考えてリーダーに指示します。

社員の役割も決めて実行管理を行ないながら現場に口出しする場合も多いです。また、社員全員の評価も社長が行ない、賃金を決めます。

これらは、文章で示したりルール化したりするのではなく、すべて社長の頭の中で考えられ決まり口頭でやりとりが行なわれます。評価制度がなくても、賞与は支払われ昇給しているので、社員全員を評価しているということになります。

中小企業では、これらを社長が1人、もしくは社長と1〜2人の幹部、あるいは社長と妻などの親族のみで行なっているケースが非常に多いのです。こうして人に頼って組織を動かしながら、社員が増えていくと、どういうことが起こるでしょうか。

生産性に限界が訪れ、いずれ下がっていってしまいます。

人が管理・コントロールできる限界を超えてしまうからです。社員全員の役割を決め、実行状況を管理しながら必要な改善や指導を指示しようとしても、社員が増えていくと社長のキャパシティを超えてマネジメントできなくなってしまうのです。

そこで、必要となってくるのが仕組みで組織をマネジメントすることです。

社員が増えてくると目標や役割を文章やデータで示したり、手順書やルールを決めてリーダーに管理、指導を任せたりしなければ組織全体を適正にマネジメントすることはできません。

つまり、人が直接組織を動かすのではなく、仕組みを介して組織を動かす構造にしなければ、統制が取れなくなるのです。多くの社長と接してきましたが、その限界は社員10〜15名です。

この規模を超えて人に頼ったまま組織を大きくしてしまうと、必ず生産性は落ちてしまいます。

情報に振り回される社長

“もぐらたたきゲーム”に興じている。これが、多くの中小企業が生産性を高められないもう1つの要因です。

どういうことか、解説しましょう。

中小企業の社長は、手をつけなければならない多くの課題を抱え、悩んでいます。

賃上げ対応や人手不足に対する人材確保、人材教育、原材料高、営業力や集客力強化、IT・デジタル化、後継者問題、資金の確保などなど……。
では、こうした課題にどのように取り組んでいるのでしょうか。

正解は、「社長自身が重要で緊急度が高いと判断した課題から解決に取り組んでいる」です。

「当たり前だ」という方もいらっしゃるかもしれませんが、これが中小企業の収益力の伸びに限界を招いてしまう大きな問題なのです。社長が、対象とする課題を選択し、取り組むところからもぐらたたきゲームがスタートするのです。問題となってしまう要因は、次の2つです。

【問題となる社長の行動】

・社長独自の環境と気分で何に取り組むかが決まること
・単発で短期的な対応となってしまうこと

社長は、自社の経営や業績向上に役立てようと、さまざまなところから情報収集に努めていることでしょう。新聞や経済紙などの媒体。ニュースや経済番組などのメディア。YouTubeをはじめとしたインターネットコンテンツや、ポッドキャストやSNSなどの情報。また、地域や経営者団体などの場で、人づてで情報を得ている人もいるかもしれません。

一方、こうしたところで話題となる経営課題やその解決策は、一時的な流行だったり、比較的多くの企業が悩むことを取り上げたりする場合がほとんどです。もしくは、社長本人の生活スタイルや行動パターンから得られたかたよった情報の可能性もあります。

「同業者の多くが取り入れている」「○○に取り組んで大きく業績を伸ばした」と聞くと、「自社もやらないと乗り遅れてしまう」と焦って即取り入れてしまう中小企業の社長も多いものです。

このような経緯で取り組みをスタートした経営課題が、自社にとって最善かつ早急に取り組むべき課題かというと、そうではない場合のほうが多いのです。

次々にあらわれる課題に対応できない

また、このようにして中小企業の社長が課題へ対処する場合、解決後の目標やゴール、目的を定めずに取り組む場合が大半です。そのため中途半端で終わってしまうか、一時的な成果しか得られないというケースが圧倒的に多くなってしまいます。

さらにこのような課題解決の進め方では、1つの課題をクリアしてもまた次の課題、そしてまた次……といった具合にさまざまな経営課題に1つずつ対処していかなければなりません。

しかも、退治しそこなうもぐらもたくさん出るので、数匹のもぐら(課題)を撃退できたとしても、戦果(成果)は限定的です。多くのもぐらを撃退することができても疲れ果ててしまう、あるいは実際の経営課題はもぐらたたきのように単純ではなく、複雑で難しいので途中であきらめてしまう社長もいます。その結果、生産性が下がり続け、人材は離れてしまう……。

これが「”もぐらたたきゲーム”に興じている」中小企業の実態です。
こうした状況に陥らないためには、社長が経営課題を決めるのではなく、リーダーが主体的に課題を発見し「戦略」を通じて部下をマネジメントしながら解決していく必要があります。

ここで、「戦略とは何か」について明らかにしておきましょう。

「戦略」とは、”目標を達成するための打ち手”です。

「目標」とは、自社が達成すべき将来の業績数値のことを指します。したがって、「戦略」のゴールは将来の数値目標の達成ということになります。業績数値目標は、理念やビジョンの実現に向けて、組織が成長するために必要な売上や利益などを明確にしたものです。

企業は「戦略」の実行を通じて顧客を増やし、売上や収益を拡大し、成長できるといえます。

「戦略」の定義については、さまざまなとらえ方や表現が使われてきました。しかし、難しい考え方や複雑な表現を覚えたからといって、よい戦略ができ、業績が上がるわけではありません。とくに、中小企業では、「目標達成のために実行すべき打ち手(仕掛け、取り組み)」とシンプルに伝えたほうがリーダーや社員にうまく伝わります。

続いて、「戦略」の役割を考えてみましょう。「戦略」の役割は次の2つです。

【戦略の役割】

1. 組織のベクトルを合わせること

2. リーダーを教育すること

どちらも組織の成長には欠かせない要素です。

「戦略」は目標達成のための打ち手ですから、戦略を明文化することで社員は会社がどんなことをやっていくのかがわかります。さらに、戦略を実行するのは社員ですから、社員の仕事の一部も戦略から決まってくることになります。

つまり、戦略を通じて目標達成に向けて組織全体でやるべきことと、これに伴う仕事を示すことで、社員のベクトルをそろえることができるのです。

「戦略」がリーダーを育てる

では、もう1つの役割、リーダーを教育する、とはどういうことでしょうか。

これは、リーダーに戦略の推進を任せることで実現します。戦略を通じて、リーダーが身に付けることができるスキルは、「組織マネジメント力」です。

残念ながら、中小企業には、部門やチーム、店舗などの組織をマネジメントする能力を兼ねそなえているリーダーはほとんどいません。とくに、管理職クラスの人材のマネジメント力不足が、組織成長の足かせとなっている場合が多いです。

その原因は、シンプルです。これまで学んでいないし、任されていないからです。

一部を除いて、中小企業のリーダーで、マネジメントやリーダーシップなど本来リーダーが身に付けておくべきスキルを学び、実践できている人はいません。

ではなぜ役職を与えられ、それなりの給与をもらって、リーダーとなっているのか⁉

それは、主に次の3つのパターンです。

【リーダーになれる人】
・部門でいちばんできる人
・性格がよい人
・勤務年数が長い人

1つ目は、いちばん業績を上げている営業社員や技術のスペシャリストがそのまま役職者となるパターンです。次に、人当たりや後輩の面倒見がよく、誰からも人間的に好かれているパターン。3つ目は、勤務年数が長く、いわゆる年功でリーダーとなったパターンです。

リーダーとして必要な能力は別物

いずれも、リーダーとなった理由とマネジメント力、リーダーとして必要な能力は別物です。リーダーとなった後にマネジメントについて教育を受けたり、奮起して自己啓発に取り組み続けたりしている人であればある程度のマネジメント力を持っているかもしれませんが、中小企業ではめったにいません。

しかし前述したように、適切な手順に沿って、明文化された「戦略」の推進役を任せることで、リーダーは組織マネジメント力を身に付けることができます。人材育成にとっても「戦略」は重要なツールなのです。


(山元 浩二 : 日本人事経営研究室 代表取締役)