シンガポールは自然災害が比較的少ない国である。その理由とは?(写真:Dayo/PIXTA)

「『地理』を知れば、国や地域の自然・環境だけではなく、歴史・民族・文化・経済・政治までを理解できます。地理を知るだけで、世界は一気に面白くなります」――そう語るのは、筑波大学教授で地理教育を専門とする井田仁康氏。

本稿は、そんな井田氏が編著者として上梓した『世界の今がわかる「地理」の本』より、本文を一部引用・再編集してご紹介します。

東京23区の広さしかない国

シンガポールは、マレー半島南端の先に位置する島国である。マレーシアの都市ジョホールバル(1998年のサッカーW杯で、日本が本戦初出場を決めた地として有名になった)と、ジョホール海峡をはさんだ対岸にあり、この海峡が国境となっている。

シンガポールは東京23区の1.2倍程度の大きさで、本島と55の島からなる。そのほとんどを市街地が占める「都市国家」であるが、南西部にはジュロン工業地域、中央部には熱帯雨林が生い茂る自然保護地域が見られる。

国土の平均標高は30メートル程度であり、地形の起伏はほとんどない。また、赤道直下に位置することから、一年中高温多湿の気候である。平らな土地や温暖な気候であるが、第一次産業従事者の割合は0.3%(2020年)と極端に低く、国内で消費される食料のほとんどは海外に依存している。

第二次世界大戦後のイギリスからの独立に際し、1963年にマレーシア連邦の一州となった。しかし、人口の多くは中国南部からの出稼ぎの中国系住民が占めていたため、マレー系中心の政策や国づくりを推し進めるマレーシア政府との間で対立が生じることとなった。そのため、2年後の1965年にはマレーシアから独立、シンガポール共和国が建国された。

現在の人口構成比は、約75%が華僑・華人と呼ばれる中国系住民、次いでマレー系住民が約15%、インド系住民が約10%からなる「多民族国家」である。

インド系住民が多いのは、イギリスの植民地であったことに起因する。植民地時代に、同じくイギリスの植民地であったインド南部から、出稼ぎで多くのインド人(タミル族)が流入してきたのである。

公用語は4つあり、民族構成に合わせて中国語、マレー語、インド系のタミル語、そして英語である。英語が普及した背景には、異なる民族がコミュニケーションを図るのに便利だったという事情がある。シンガポール人が話す英語は独特の抑揚や言い回しがあることから、「シングリッシュ」とも称される。

◎日本との時差はなぜ1時間?

一般的に時差は、経度15度差で1時間とされる。シンガポールは東経105度付近に位置するので、この計算でいくと、東経135度の日本との時差は2時間差のはずである。しかし、両国の時差は1時間と、シンガポールの標準時は本来より1時間進んだ設定となっている。そのため、日本に暮らす私たちがシンガポールに行くと、日の出と日の入りが遅い印象をもつ。

ではなぜ、シンガポールの標準時は1時間進んでいるのだろうか。その理由の1つは、マレーシアの標準時に合わせたからだ。

前述の通り、シンガポールはマレーシア連邦の一州であったこと、また、独立後も両国間では人やモノの移動が活発であることから、マレーシアの標準時と合わせるのが好都合だったのだ。マレーシアは、東西に広い国土の標準時を1つに決めた際に、シンガポールよりも東部に位置する島嶼部の時刻を優先したといわれている。

別の理由に、金融市場として競合関係にある香港や上海の存在がある。中国は国土が広いが、全土で北京時間を使用していて標準時は1つ。日本との時差は1時間である。

つまり、株式市場が香港や上海よりも遅れて開いたのでは経済活動において不利益を被ると考えて、1時間早めて中国と同時刻にした、とする経済発展を重視するシンガポールらしい理由といえる。また、シンガポールは中国系住民が多いこともあり、中国とのつながりが強いことを示す一例だともいわれる。

「自然災害が少ない」2つの理由

東南アジアといえば、毎年のように火山の噴火、大地震の発生、それに伴う巨大津波の襲来、台風がもたらす暴風雨など自然の猛威にさいなまれている。その中にあって、実はシンガポールは自然災害が比較的少ない国である。

まず、火山の噴火や大地震の発生の要因には、プレート境界の存在がある。東南アジア地域のプレート境界は、見事にシンガポールを避けている。そのため、シンガポールは地震が少ない。

2004年のインドネシア・スマトラ島沖地震発生の際に、シンガポールでは揺れは感知したようだが、大きな被害は出ず、津波の襲来もなかった。


(出所:『世界の今がわかる「地理」の本:紛争、経済、資源、環境、政治、歴史…“世界の重要問題”は「地理」で説明できる!』)

また、赤道直下のシンガポールには台風がやってこない。台風が発生する条件はいくつかあるが、台風の渦(空気の渦)が生まれるのは地球の自転による転向力(コリオリの力)が働くからである。

このコリオリの力は低緯度では弱く、高緯度では強くなる。そのため、赤道直下(緯度0度)ではコリオリの力がほとんど働かないため熱帯低気圧は発生せず、台風も襲来もしない。

一方で、モンスーンと呼ばれる季節風の影響で、降水量が多い時期があることや、日々のスコールの発生による一時的な豪雨は見られる。

◎雨は多いのに水不足問題

熱帯雨林気候のシンガポールの年降水量は約2100ミリと、比較的雨量の多い東京(約1600ミリ)に比べても格段に多い。しかし、シンガポールは慢性的な水不足の状態にある。大きな原因は、平らな地形にある。高低差がほとんどない地形では、雨が大量に降っても雨水を貯めておくのが難しい。

貯水池は数カ所あるが、国内で使用する生活用水や工業用水をまかなうだけの量にはならず、建国以来、隣国マレーシアからの水の輸入が必要不可欠である。ジョホール海峡には、道路や鉄道の橋の横に、水道管が掛かっている。

シンガポールはマレーシアと上水道の供給を受ける契約を数十年単位で結んでいるが、近年、値上げを迫られている。そこでこれまで水の「自給率」を上げるためにいくつかの政策に取り組んできた。

具体的には、ダムの建設とともに貯水池の整備、海水の淡水化プラントの稼働、そして、下水処理水を高度に浄化した水である「NEWater(ニューウォーター)」プラントの稼働などである。これらの事業には日本企業も数多く参画しており、シンガポールの水不足解消に一役買っている。

「スマートシティ先進国」の産業

シンガポールは周辺諸国に比べ天然資源に恵まれないことから、古くから地の利を生かした「中継貿易」の拠点として発展してきた。

中継貿易とは、二国間の貿易に第三国(シンガポール)が仲立ちする貿易のことで、第三国は貿易品の通過による運賃や、荷役・若干の加工などで収入を得る。シンガポールにおける中継貿易は、中国系住民によって担われてきた。

マレーシアからの独立後は、輸出指向型の工業化を推し進め、「アジアNIEs」(新興工業経済地域)の一国と呼ばれるようになるまで経済は急成長した。特に、1960年代に開設された「ジュロン工業地域」は、石油化学工業をはじめとする各種工業が立地し、工業化を率いてきた。

また、人・モノの往来にも力を入れ、1981年に開港した24時間稼働のチャンギ国際空港は、東南アジアのハブ空港としての役割を担っている。すでに東南アジア随一の規模を誇るが、現在でも空港拡張工事が進められている(2025年完成予定)。

シンガポール島という限られた国土において、公共交通を中心としたコンパクトで合理的な町づくりを行い、都市ブランドとしてのシンガポールを確立した。また、ICT(Information and Communication Technology=情報通信技術)環境や通信ネットワークの整備も進んでいる。

さらに、英語やアジア圏で使用される複数の言語が普及していることから、世界的な多国籍企業の支社・支店が集積するようになり、国際的な金融市場としての地位が高まってきている。

また、海外からの観光客の誘致にも積極的であることも広く知られている。このように経済発展目覚ましいシンガポールは、2020年の1人当たりGNI(国民総所得)が5万5010ドルとなっており、これは世界最高水準である。

自然災害リスクが低いと経済が発展

周辺諸国に比べて自然災害のリスクが格段に低いことは、さまざまなメリットを生んでいる。

たとえば、建築物の耐震基準は日本に比べて低く、その分、建築コストも抑えられる。また、自然災害対策の予算を低くし、その分、経済発展のために多くの予算を配分することも可能となる。これらも、現在のシンガポールの繁栄につながっているといえるだろう。


また、シンガポールは「データセンターの集積地」として注目されている。アジア圏では北京に次いで2位の施設規模を誇る。

データセンターとは、サーバーやネットワーク機器などの装置を多数設置する施設であり、センター内は高度なセキュリティで保護されている。テレワークの広がりや、デジタルトランスフォーメーション(DX)の進展で、急速に需要が伸びてきている。

なぜ、シンガポールにデータセンターの立地が増加しているかというと、これも自然災害が少ないからである。機器の損壊やサーバーへのダメージのリスクを最小限にとどめることができる。もちろん、シンガポールがアジア圏における金融の中核を担っていることも理由としてある。

一方で、データセンターの急増は、電力の大幅な需要増をもたらすこととなり、電力需給に大きな負荷を掛けている。実際にシンガポールでは、一時的にデータセンターの増築停止という対応も取られている。

シンガポールは、アジアの東西を結ぶ中継貿易の拠点として発達し、経済発展をみた。現在ではデータセンターが立地することで、情報の「中継貿易」の拠点として、さらなる発展が望まれるといえるだろう。

(井田 仁康 : 筑波大学人間系長、教授/博士(理学))