生成AIのインパクトに大きさに気づいた企業は、注意喚起しながら利用モードに舵を切りつつある(写真:jessie/PIXTA)

生成AIブームは一般企業にも瞬く間に広がり、IT戦略や事業戦略にも大きな影響を与えようとしている。

ChatGPTが騒がれ始めた当初、企業の多くは機密情報や個人情報がChatGPTの学習に使用されるのではないかという懸念から利用を禁止した。一般に公開されている無償のChatGPTをそのまま使うと、その入力内容はオープンAI側でモデルの再学習に使われるからである。企業ユーザーがうっかり社内の機密情報でも入力すれば、その情報をAIがたちまち学習し、競合他社のユーザーに向けて回答しかねない。

しかし、次第に生成AIの持つインパクトの大きさに気づいた企業は、「警戒モード」を緩め、注意喚起しながらも「利用モード」に舵を切りつつある。

『ChatGPT資本主義』を上梓した野村総研プリンシパル・アナリストの城田真琴氏は、著書の中で、さまざまな活用事例を紹介している。

夕食メニューの提案から購入までをサポート


企業が生成AIを利用するパターンとしては、大きく分けて「社内向け」と「社外向け」の2つがある。国内では大企業中心に、まずは社内利用を模索する動きが始まっているほか、一部の地方自治体でも活用が始まっている。社外向けについては海外企業が先行しており、すでに顧客向けサービスなどにChatGPTやBardなどを組み込んで運用するケースも出てきている。

Instacart(インスタカート)は米国とカナダを中心にオンデマンドの食料品配達サービスを提供している。多くのスーパーマーケットと提携しており、顧客はインスタカートのWebサイトやモバイルアプリを通じて食品や日用品を注文し、指定の場所に配達してもらうことができる。同社は2023年6月から自社独自のAIとChatGPTを組み合わせた新しい検索ツール「Ask Instacart」を展開している。

この検索ツールを使えば、「バーベキューパーティーには何がおすすめですか?」といった質問に、「すぐに焼けるようカット済みのコーンと〇〇〇です」と、写真を添えて提案してくれる。7万5000を超えるスーパーマーケットの位置データと商品データを持っているため、顧客が提案内容を気に入れば、そのまま注文し、近くのスーパーマーケットから指定した場所・時間に届けてくれる。

従来はバーベキューに必要な食材を調べるためにグーグルで検索し、それからインスタカートで注文することが一般的だった。しかし、ChatGPTを組み込んだことによってグーグルで検索するという最初のステップを省略し、インスタカートのアプリ内で検索から注文まで完結できるようになった。最初のステップがグーグル検索の場合、その後の買い物はインスタカートではない別のサービスになる可能性があるが、最初からインスタカートのアプリであれば流出してしまう確率は低くなる。顧客の囲い込みにもつながるはずだ。一方でグーグルにとっては痛手となるだろう。

ウェンディーズはドライブスルーに採用

日本でもおなじみのファストフードチェーンのウェンディーズは、グーグルの生成AIを活用したチャットボットを導入し、ドライブスルーの自動化を進めている。ドライブスルーを訪れた顧客が音声で注文した内容をチャットボットが理解できるようにすることで、注文プロセスを効率化し、ドライブスルーレーンの長蛇の列の解消を狙う。2023年6月にオハイオ州コロンバスの店舗から導入を始めた。

このシステムはグーグルの大規模言語モデルをベースとしてウェンディーズ用にカスタマイズされており、顧客がハンバーガーやフライドポテトなどを注文する際に使用する固有の用語やフレーズ、略語などを理解できるようにトレーニングされている。

たとえば、定番メニューの「フロスティ」は「ミルクシェイク」、「ジュニア・ベーコン・チーズバーガー」は「JBC」と注文されたりすることがある。これらをAIが理解できるようにするためには、素の言語モデルでは難しく、カスタマイズが必要だったという。

AIがドライブスルーで顧客の注文を受けるのは、一見すると簡単に聞こえるかもしれないが実際はそうではない。車内で音楽が流れていたり、後部座席の子どもが騒いだりしていると、途端に聞き取りが難しくなる。ノイズを取り除き、話者を特定し、さらには注文の途中で注文内容を変える顧客にも対処しなければならない。生成AIはこうしたことをこともなくこなし、さらには「Mサイズではなく、Lサイズはいかがですか?」「ご一緒にミルクシェイクはいかがですか?」といったアップセルやクロスセルまで可能だという。

ウェンディーズのフードオーダーのうち約80%がドライブスルー経由だ。注文プロセスを効率化できれば、より多くの顧客を捌けることにつながり、売上に及ぼす影響も大きい。

企業向け機能を次々にリリース 

日本では情報流出への懸念から、今のところ社内利用がメインとなっているが、オープンAIもその点は十二分に理解しており、つぎつぎと対策を講じている。

2023年4月には、会話履歴の保存と言語モデルのトレーニングへの利用をオプトアウト(除外)できる機能を導入した。これによってユーザーとChatGPTとの会話内容はモデルのトレーニングや改善には使用されなくなる。また、2023年8月末に発表された企業向けの「ChatGPT Enterprise」では、ユーザーのデータはデフォルトでモデルのトレーニングに利用されないようになっている。つまり、ユーザーが自分でオフにする必要はなくなり、ユーザーのうっかりミスを防止できる。

オープンAIはユーザーからのフィードバックを非常に重視しており、フィードバックをもとにサービスを常に改善していくというスタンスをとっている。そのため、今後も企業ユーザーの懸念事項を払拭するようにさまざまなアップデートを行っていくことが予想される。

これに先んじて2023年3月にChatGPTのAPIが公開されたことで、社外向けサービスの提供もしやすくなった。このAPIは外部の開発者がChatGPTの言語モデルを利用するためのインターフェースであり、企業からすると、自社のアプリやサービスにChatGPTの機能を統合できるようになる。

ChatGPTはすでにFortune 500企業の80%以上で採用されているという。こうした流れの中で、日本企業の警戒もゆるみ、本格的な「利用期」に入るのはそう遠くないと思われる。

(城田 真琴 : 野村総合研究所 DX基盤事業本部 兼 デジタル社会研究室 プリンシパル・アナリスト)