さいとう・こうへい/1987年生まれ。東京大学大学院総合文化研究科准教授。専門は経済思想・社会思想。ベルリン・フンボルト大学哲学科博士課程修了。博士(哲学)。『人新世の「資本論」』(集英社新書)は50万部を超えるベストセラーに(撮影:梅谷秀司)

2023年2月に事業計画が東京都に認可され、すでに工事が始まっている明治神宮外苑の再開発。約1000本の樹木が伐採されると日本イコモス国内委員会が2022年はじめに警鐘を鳴らしたのをきっかけに、反対運動が遼原の火のごとく広がっている

なぜ、神宮外苑の再開発に市民がここまで反発するのか。経済思想の視点から、『コモンの「自治」論』(集英社)を8月に上梓した気鋭のマルクス研究者、斎藤幸平・東京大学大学院准教授に読み解いてもらった。

神宮外苑のような空間は「社会の共有財産」だ

――斎藤さんは、神宮外苑再開発の執行停止などを求める裁判の原告にも加わっています。なぜ、行動を起こしたのですか。

1970年代の公害問題については、学者も弁護士や市民と連携して各地で訴訟を起こし、さまざまな権利を勝ち取って公害を抑えていくことに貢献した。一方、50年たった今、学者が訴訟で政府や企業に責任を問うような動きはほとんどなくなっていて、そうした状況をどうすべきか自分なりに考えていた。

そのようなときに、神宮外苑の再開発反対の運動をしている市民から問題の深刻さを教えてもらった。神宮外苑のような空間は「コモン」(社会の富、共有財産)であり、それは私たちの手で守るべきものだ。

共編著『コモンの「自治」論』(集英社)で述べたように、破壊されようとする「コモン」を市民の手で守り、ケアしようという市民の動きは、自治の土台だ。神宮外苑に限らず、市民による自治を取り戻そうと、私自身も訴訟に参加することにした。

――事業者側は、民間事業者が所有する土地での再開発であることを強調しています。

そもそも神宮外苑の4分の1は、国有地だ。そして私有地の部分についても、何をしてもいいわけではない。私的所有の権利は、すべての自由を保障するものではないからだ。

さらに言えば、神宮外苑の公共性の高さには特別なものがある。歴史を見ればすぐにわかるが、100年前に全国から献金や献木があり、10万人以上の勤労奉仕でつくりあげられた。現代で言う、クラウド・ファンディングであり、ボランティアだ。戦後に国から明治神宮に格安で払い下げられた際にも、「民主的に管理すること」という条件付きだった。

だから当然、その再開発の仕方には市民の声が反映されてしかるべき。にもかかわらず、みんなが知らないうちに水面下で再開発の計画が立てられ、計画発表と同時に大きな反発が起きても、強引に工事が進められようとしている。

空や景観を企業が独占するために超高層ビルを建てる


誰でも自由に出入りできた「建国記念文庫の森」は囲いで覆われ、多くの樹木が伐採される(記者撮影)

例えば、市民に開かれていた場所が、会員制テニスクラブやショッピングセンターなど、たくさんのお金を使わなければ楽しめない公共性の低いものに置き換えられていく。これは「コモンの潤沢さ」の破壊だ。空や景観を企業が独占するために、あの静かなエリアに200メートル近い超高層ビルを建てるというのも尋常ではない。

この話をネットやSNSですると、私有地に対して部外者がとやかく言うべきではないとか、神宮外苑を維持するにもお金がかかるのだから、(再開発で維持費を稼ぐことは)仕方ないといった意見が寄せられる。しかし、このような考え方はまさに「魂の包摂」(※)の典型だ。

※マルクスが『資本論』で論じる概念。例えば、ベルトコンベヤーを導入して、単調な作業を繰り返させるのが典型的な「包摂」。労働者は自律性を失い、資本の命令に従う従順な労働者になっていく。これを発展させて、現代のマルクス主義者は、労働の現場だけでなく資本の論理に従って生きるようになることを「魂の包摂」と呼んでいる。

資本主義は、私たちを商品や貨幣に依存させ、自分たちで何かを決めたり、作ったりする力を奪っていく。自治の力を奪っていくのだ。資本は、あらゆるものを独占しようとし、所有の論理だけで市民を排除し、民主主義も終わらせていく。

1970年代のように、公害問題で企業を追い詰めるような大きな反対運動になった時代と比較すると、今の時代は企業の思考、資本の論理に順応するようになってしまった。「包摂」の度合いが強くなり、人々の思考や欲望を規定している。そこにくさびを入れていかないと、いくら社会を変えていこうと言っても広がらない。


神宮外苑の見慣れた風景は一変する(記者撮影)

ところが、今回の神宮外苑の再開発に反対する運動では、少し希望を持てる変化の兆しがある。いろんな立場の市民が、自分なりの運動の仕方をやっているが、それに触れる形で、私もこの問題と出会ったし、坂本龍一さんも市民に背中を押されて反対の声をあげた。サザンオールスターズの桑田佳祐さんの反対も、その流れの中にある。市民の小さな声が世論を変えつつある。

手っ取り早いお金稼ぎとして「商品化」

――資本主義に対するある種の疲れ、違和感のようなものが反対運動の背景にあるのでしょうか。

日本でも資本主義は明らかに行き詰まり、新しいフロンティア(市場)がなくなった。イノベーションや新しい産業でお金を儲けていくという一般的な資本主義のあり方が機能不全に陥っている。そんなときに、手っ取り早いお金稼ぎとして、これまで商品になってこなかったもの、公共性の高い富として管理されてきたものを無理やり商品化している。

神宮外苑は都心にありながら、商品化してはならない場所だとされてきたが、そうした社会規範を無視して、土地の所有者がどう使うのも自由であるという思考に変わった。これが広がっていくと、公共性の高い土地や物でも、大企業とお金持ちが好き勝手にできることになる。それは民主主義と相容れない。

100年にわたって守られてきた神宮外苑のような場所を、ごく一部の政治家や企業の意思決定で壊すことへの反発は強い。行き過ぎた商品化(再開発)に対し、自分たちで「コモン」について議論し、決定し、管理したいという、自治の力を取り戻していくプロセスが始まったと思う。

――再開発に反対する市民活動は広がっています。

神宮外苑の再開発反対の運動では、ネット上の署名活動だけでなく、いろんな人が再開発反対のビラを作るようになったり、清掃活動をしながらアピールをするようになったり、さまざまな形で皆さんが動くようになってきている。この経験がほかの地域の問題にも伝わってきている。

例えば渋谷区の玉川上水旧水路緑道の樹木を約190本切る計画は、疑問を感じた地域の住民が署名活動を始め、さらに専門家を呼んで独自の調査をし、伐採不要だという判断をもらい、渋谷区は伐採計画を見直すことになった。

まさに「コモン」の自治の動きが広がり、包摂された状態から自分たちが街を作っていく主体性を取り戻していくという変化が起きるようになってきている。


9月24日、市民団体のゴミ拾いボランティアに参加した斎藤幸平氏(左手前の男性、記者撮影)

「魂の包摂」に亀裂が走っている

少なからぬ人たちが問題を感じるようになっているのは「魂の包摂」に亀裂が走っているということではないか。1人では違和感を持ってもどうすることもできない。同じような思いを持つ人たちが出会って、問題を共有していく。

自治は面倒くさいイメージがあると思うが、私はそういうところで人々が出会っていくことが包摂を乗り越えて、主体性を形成していくことだと思う。やってみれば楽しいことでもある。神宮外苑の開発を止められるかどうかはまだわからないが、ここでの経験は日本全国で進められている再開発への牽制にもなるだろう。

(森 創一郎 : 東洋経済 記者)