教員不足はすでに子どもたちへ重大な影響を及ぼしているかもしれない(写真:Fast&Slow/PIXTA)

教員不足が問題視されるなか公立学校教員の2024年度採用試験への志願者が全国的に減っており、改善の兆しが見えない。文部科学省が行った「『教師不足』に関する実態調査」(2022年1月発表)では、学校に配置すべき教員定数に対して実際に配置されている人数を調査。2021年の始業日時点で、全国の小学校で1218人が不足していた。

岸田文雄政権が9月に内閣改造を行い、新たに文部科学大臣に就任した盛山正仁大臣が教員不足について「妙案はない」と言って波紋を広げたが、教員不足はすでに子どもたちへ重大な影響を及ぼしているかもしれない。

担任や学校への不信感を抱える日々

「ななしのごんべえ。これ、本当の名前じゃないですよね。戒名って知っていますか?仏壇にあるものですよ。死んじゃった人が名前を変えることを戒名と言うんです」

関東地方にある公立小学校の小学1年生のクラスで、担任教師(50代)が児童たちを前に、そう叱っていたことが、ボイスレコーダーに残っていた。

算数のテスト用紙に名前を書き忘れた児童がいたためだった。テスト用紙の名前の空欄に赤字で「ななしのごんべえ」と書き込み、それを見せながら戒名だと言って、書き忘れないよう注意していたのだ。

こうした奇妙かつ物騒な指導がたびたびあることを知った母親の田村由紀さん(仮名)。それ以降、担任や学校への不信感を抱える日々を一年近く送ることになった。

もともと由紀さんの息子の浩之君(仮名)は入学直後、登下校班の列にうまく並べなかったことで、担任に強く注意を受けていた。担任が後ろから浩之君のランドセルを掴んで強く揺さぶりながら「先生は言うことを聞くまで言うからね、先生はしつこいからね」と叱責している場面を由紀さんは目撃もしていた。

4月下旬になると、浩之君がふいに「学校で先生に動画を撮られた」と口にした。どういうことだろうと疑問に思っていると、あるとき担任から呼び出された。「休み時間が終わってもふざけていたので、親御さんに見てもらえるように動画を撮りました。撮れていなかったんですけど」と言われた。

浩之君に聞くと、黒板の板書をノートに書き写すことが遅い時や、算数の授業でわからないことがあって落ち込んでいる時に、動画を撮られたことがあると打ち明けた。

問題ある教師が、学校側に守られてしまう現実

「これは指導の範囲を超えているのではないか」

そう感じた由紀さんは校長に相談したが、校長は動画の撮影について「クラスだよりに使うためではないか」と、担任をかばうような口ぶり。モヤモヤした感情が残ったまま夏休みに入った。

9月に入って新学期が始まると、浩之君が帰宅してから家でよく泣くようになった。ある日、家で宿題をしている途中で「自分は、なんで勉強ができないの?なんで、皆みたいに覚えられないの?」と言って激しく泣き出した。「学校で何かあった?」と聞くと、また「算数の時間に先生に動画を撮られた」と言うのだ。テストの点数が悪いと、「そんなのもできないの?」と言われて、教室で立たされていた。

10月になると、同じクラスの児童の母親から、「図工の時間に浩之君の絵が下手だと言って先生が黒板に貼り出して皆の笑いものにしていたと、うちの子が心配して言っていた」と聞かされた。担任が絵を貼り出したのは、クラスの皆が同じような構図と大きさの絵を描くなかで、浩之君の絵だけが小さかったことが理由だったようだ。その他の行為も含めて校長、副校長、担任と面談を行い、学校側は由紀さんに謝った。

その1週間後、担任は浩之君一人を図工室に呼び出して、「先生は、皆に意地悪をしていますかぁ?」と迫った。浩之君は、ただ首を横に振るのが精いっぱい。浩之君を呼び出した後で、クラスの児童を並ばせて順に同じことを聞いていった。浩之君の絵が下手だと言ったことを誰が保護者に言ったのか、その犯人捜しをしたようだった。

浩之君は泣きながら帰宅。翌日は「学校が怖い」といって欠席した。由紀さんの夫が学校に連絡をすると、複数の保護者からも苦情が来ていたことを知った。浩之君は「自分だけ怒られる」「ぼく、どうすればいいの」と泣きながら震え、しばらく学校に行くことができなくなった。

何度も校長や教育委員会に相談して担任への指導などを要望したが、「先生を良いと思っている保護者もいます。特定の人が言っているだけではないですか」とのれんに腕押し状態。浩之君の精神状態はみるみるうちに悪くなっていった。

その間、業を煮やした由紀さんら複数の保護者は子どものランドセルにボイスレコーダーを忍ばせ、前述したような担任の言動が次々に判明。1年生が終わる頃、録音があることを教育委員会に告げ、学校との話し合いで翌年の進級時に担任を変えてもらうことができたが、由紀さんは今も不信感をぬぐえない。

「ここまでして、やっとです。けれど、今また同じことを次に担任したクラスでもしていると聞いています。公立学校の教員は公務員だから、よほどの事件でもなければクビにはならないのでしょうか。教壇に立たないでほしいと願っても、難しいのです」(由紀さん)

こうした、教育者としての資質に疑問を感じるほかない教師が“学校側に守られる”理由のひとつに、「教員不足」があると筆者は考えている。

浩之君が通う小学校がある県でも、2024年度の公立小学校の教員選考試験の志願者数は昨年度より大幅に減っている。

ある教育関係者は「教員が心身の不調で休職しても代替の教員が見つからず、副校長や校長が授業をしている現状もあります。そうしたなかで、たとえ資質のない教員がいても、代わりの人材がいないと打つ手がないのです」と苦しい胸の内を語った。

本来は資質ある教員だったとしても、現場に余裕がないことで「皆と同じことを、同じペースで、同じように」を求めてしまい、それができない児童を疎んじてしまうケースもある。

審査を通さず、特別支援に移そうとするケースも

そうした影響は、特別支援学校や特別支援学級にも及んでいるかもしれない。特別支援の場で働く複数の教員は、こう口を揃える。

「本来なら特別支援を受けなくても良い子どもたちが送られてくるのです。少し目立つタイプというだけで、教員が『子どもを見きれない』と普通の学級から特別支援に移そうとするケースは少なくありません」

特別支援学校や特別支援学級は、心身に障がいがあり特別な支援が必要な子どものためにある。特別支援学級は小中学校のなかに設置される少人数クラスとなる。ほかに、通常の学校に在籍しながら週何日か通う「通級指導教室」などの支援もある。いずれも専門家による審査などを通して入学や通学が決められるが、そうした審査を通さずに担任の考えだけで保護者に勧めてしまう実態もある。

ある女性の娘は発達障がいがあるわけではないが、小学1年生のうちは落ち着きがなく、嫌なことがあると動かなくなってしまった。それでも、経験豊富な担任に見守られながら学校生活を送っていた。

それが2年生で経験の浅い教員に担任が変わると、不登校気味になった。娘に手を焼いていた担任からは4月下旬の面談で「困り感はないですか」と聞かれ、「親御さんも苦労すると思うんです。娘さんのためにも特別支援学級に行ったほうが良いのではないか」と勧められたという。

発達障がいの検査を受けるよう、担任から勧められ…

他の女性の息子は、小学1年生の時に発達障がいがあるかないかの検査を受けるように担任から勧められた。理由は学校に行きたがらずに親と一緒に登校し、それでもなかなか教室に入ることができなかったから。

女性は「先生と息子の信頼関係ができれば、息子は変わるはず」と感じていた。実際に検査を受けると何も指摘されず、2年生になって担任がベテランに変わると見違えるように楽しそうに登校するようになったという。

前述の特別支援学校の教員らは「教員の休職や離職は増加しています。現場に余裕がないと、手のかかる子を見たくない気持ちも働いてしまうのかもしれない」と指摘する。

文部科学省の「学校教員統計調査」(2022年度)の中間報告では、公立小学校を「定年以外」で辞めた教員は2012年度の6015人から2021年度は7016人に増えている。理由は転職や家庭の事情のほか、精神疾患も多い。

思うように教員が増えないなかで文部科学省は、「教える科目を減らすことで教員の負担を軽減するよう『教科担任制』を強力に推し進めている」と説明する。例えば算数や図工などの教科だけを教える教員を加配する場合、国から補助が出る。学級担任はその時間、空き時間になるため別の授業の準備や書類作成などの業務に当たることができる。

文科省の「公立小・中学校等における教育課程の編成・実施状況調査」を見ると、「教科等の担任制」(2022年度計画)は、小学校の高学年で導入する率が高まる。6年生で見ると、理科が最も高い65.4%、次いで音楽の59.6%、外国語の48.9%、家庭の41.9%なども高くなっている。

ただ、低学年では実施率が低いことから、ひと学級当たりの児童数をより少なくするか、クラスの中での大人の目を増やす必要があるだろう。ある公立小学校で発達支援の必要な児童がいる学級に補助員として入っている女性は、こう話す。

「教室から出て行ってしまう子を追いかけたり、授業についていけない子をサポートするための補助員は必要です。発達支援が必要でなくても、地域によっては中学受験のストレスで荒れている5〜6年生の子も少なくありません。そうした子どもたちを教室で見る担任以外の大人がいることで担任が落ち着いて授業ができるようになります。複数の大人がいることは、担任が適切でない指導をしていた場合の早期発見と改善にもつながります」

複数担任学級は「夢のまた夢」

筆者の取材では教員からの「教室にもう一人の大人を」と願う声は決して小さくない。クラスに副担任が常時いるような「複数担任学級」があれば理想だろうが、「教員不足のなかでは夢のまた夢」(教育行政関係者)。文部科学省では複数担任学級の実施状況について把握しておらず、東京都の教育庁に尋ねても「複数担任学級を実施している学校はない」としている。

東京都には、小学校に配置される新卒採用教員のうち教職・社会人経験のない大卒新卒者を対象に「学級経営研修」制度がある。1年間、経験豊富な短時間勤務の再任用職員(定年退職後の非正規の職員)を育成担当教員としてペアにした学校現場の実務研修を行っており、2020年度で228校が実施している。そうした仕組みが拡大されていくことも、大人の目を増やす方法として期待できるのではないか。

これまで小学校は1クラス40人が上限とされてきたが、2021年に義務教育標準法が改正されたことで、上限が35人に引き下げられることになった。40年ぶりに学級編成が変わることになり、段階的に引き下げが実施されて2025年度に完全に1クラス35人になるが、それより少ない人数での学級編成を求める声も根強い。

ある教員(30代前半)は「新型コロナウイルスの感染拡大期、分散登校で一度に見る児童が15人ほどだった時は、一人ひとりを丁寧に見ることができました。コロナで初めて、ああ、教員って、本当にやりがいある仕事だなと痛感しました」と話す。やっと35人学級が実現するところだが、これで理想的な態勢ということではなく、子どもたちが安心安全に学校に通える人数の精査、少人数制について、さらなる議論も今後必要になるだろう。

(小林 美希 : ジャーナリスト)