2022年1月の撮影時、数百羽のハマシギが一斉に飛び回り、ツクシガモやヘラサギも見えた(提供:大阪自然環境保全協会)

「2025年大阪・関西万博」をめぐり、建設費の大幅増やパビリオン建設の遅れとは別の深刻な懸念がくすぶっている。会場の夢洲(ゆめしま)は、ごみや浚渫土砂による人工島。埋め立て途上でできた湿地などにシギ、チドリなど渡り鳥の大群が飛来してきた。大阪市はここを万博終了後に埋め立て、売却する方針で、固化・地盤改良工事を進めている。

一方、環境団体は湿地を残したり創出したりするよう求めてきた。その方法について「2025年日本国際博覧会協会(万博協会)」は9月28日、環境団体との間で具体的な検討に入った。万博のテーマは「いのち輝く未来社会のデザイン」。真逆の結果に至ることを関係者は恐れている。

夢洲は生き物の王国となっていた

万博開催に向けた会場整備が本格化しようとしている夢洲を、約1キロ南の対岸にある「南港野鳥園」(大阪市の施設、正式名称は野鳥園臨港緑地)の展望塔からカメラの望遠レンズを通して見た。赤と白の工事用クレーンが立ち、万博協会のホームページで目をひく大屋根(リング)の一部だろうか、作りかけの木製の建物が見える。


2022年4月に夢洲の万博会場予定地で撮影されたハマシギの群れ(提供:日本野鳥の会大阪支部長、納家仁さんが撮影)


対岸の南港野鳥園の展望塔からみた夢洲(撮影:河野博子)

基本計画によると、会場の南側は「ウォーターワールド」と呼ばれるエリア(47ヘクタール)で、水上イベントなどが行われる。

このエリアと、その北側のパビリオンが並ぶエリア(65.7ヘクタール)は、大阪市が航路を確保するために浚渫した海底の土砂による埋め立てを行ってきた場所。最近まで湿地と砂礫地、雨水がたまった水たまりが広がり、渡り鳥をはじめ多様な生きものの生息地になっていた。

2014年、大阪府は「生物多様性ホットスポット(多様な生き物たちに会える場所)」を公表。夢洲と南港野鳥園は、Aランクの16カ所の一つに選ばれた。 その5年後の2019年から公益社団法人・大阪自然環境保全協会は、夢洲で生きもの調査を始めた。

調査グループの加賀まゆみさん(70)は最初に見た夢洲の光景をこう振り返る。「ペンペン草も生えないゴミの埋め立て地と聞いていたのに、カモの仲間のホシハジロが5000羽、猛禽類が上空をホバリングしていて、目を疑うような野生の王国でした」。

環境団体の監査請求は却下された

そこは今、どうなっているのか。大阪港湾局(大阪市の組織)は2019年から湿地の固化・地盤改良工事を進めてきた。セメント系の固化剤を入れた後、ペーパードレーンというプラスチックと紙でできている「吸い取り紙」のようなものをたくさん打ち込んで水を抜き、圧密させて固めて土を入れる作業中だ。


夢洲の位置(地理院タイルと国土数値情報を使用し、ごん屋が作成)

万博協会は大阪市の条例に基づき、環境影響評価(アセスメント)手続きを行った。環境アセス準備書はおおむね、生物多様性や生態系への影響について問題なしとするものだったが、これについて2022年2月に出された市長意見は「鳥類の生息・生育環境に配慮した整備内容やスケジュールなどのロードマップを作成し、湿地や草地、砂れき地などの多様な環境を保全・創出すること」と注文をつけた。

これを受けて2022年4月、大阪自然環境保全協会は「大阪港湾局によるウォーターワールド予定地の埋め立て及び地盤改良工事は違法・不当」とする住民監査請求を大阪市に提出した。しかし翌5月、この監査請求は却下された。

大阪府と大阪市は2017年に「夢洲まちづくり構想」を、2019年に「夢洲まちづくり基本方針」を定めた。それによると、夢洲は国際観光拠点として位置付けられ、万博のウォーターワールドエリアの跡地は埋め立てられ、長期滞在型リゾートのホテルなどが建つ予定だ。


2020年11月の撮影時、ホシハジロなどが水辺で羽を休めていた。後ろにペーパードレーンを打ち込む工事用機械が見える(提供:大阪自然環境保全協会)

大阪港湾局営業推進室・開発調整課の松田克仁(かつひと)課長代理は、現在も続く固化・地盤改良工事について「まず表層から1.5mをセメント系の固化剤で固めてから、地盤改良工事を行うことで、柔らかい浚渫土砂が比較的固い地盤になって土地が使える状態になる。ウォーターワールドエリアの水を張る場所は固化を終えた段階でいったん作業を止めますが、結果的に、底なし沼のような状態はなくなり、万博の来場者が誤って落ちても安全性が確保されます」と話した。

また、松田課長代理は「環境アセス手続きでの市長意見は、あくまでも夢洲まちづくり構想、方針による土地利用方針を踏まえてもの」とも強調した。つまり万博の期間中には、ウォーターワールドの一部に湿地を回復させるなど生物多様性や生態系保全に配慮した方策がとられるとしても、万博終了後の土地利用方針は変わらない、というのだ。

なぜ夢洲で湿地を維持・創出することが重要なのか

英国に本部がある国際環境NGO・バードライフ・インターナショナルは今年7月、万博協会と大阪市に対し、大阪湾に残された湿地環境の保全と回復のためにあらゆる手段を講じるよう求める書簡を送った。

シギ、チドリは、繁殖地であるロシアやアラスカと越冬地の東アジアやオーストラリアを行き来する渡り鳥。渡りの中継地としての大阪湾の重要性は一目瞭然だ(下図)。またバードライフ・インターナショナルの書簡は「シギ、チドリの個体数は著しく減少している」と強調している。


大阪湾に飛来するシギ、チドリのフライウェイ(環境省の委託を受け、山階鳥類研究所がまとめたシギ、チドリ類の追跡事業報告書=平成22年度、平成23〜令和3年度=をもとにバードリサーチが作図)

日本の状況をみると、2006年に専門家が書いた論文にはすでに「シギ・チドリ類は最近20年間で少なくとも4〜5割が減少した」とある。環境省が市民や環境団体の協力により行っている調査「モニタリングサイト1000」のデータによると、その後も減少は続く。

世界で300羽まで減ったとされ、環境省のレッドリストで「絶滅危惧IA類」に指定されているヘラシギについてみると、夢洲では2005年と2006年に観察された記録がある。その後は観察されていない。

日本野鳥の会大阪支部長の納家仁さん(62)は、「私はシギ、チドリが一番好きなので、ずっと悲しい思いをしています。これまでは身近な水辺で、今年もまた渡ってきたんだね、と季節になれば出会えた。大阪や関東では極端に減っているんです」と顔を曇らせる。


9月14日に環境団体が大阪港湾局の案内で入った万博会場予定地にいたトウネン( 日本野鳥の会大阪支部の大門聖さん撮影)

9月14日、日本野鳥の会大阪支部と大阪自然環境保全協会が大阪港湾局から現地で工事の説明を受けた際には、小型のシギであるトウネン約150羽を確認できた。

納家さんの嘆きは続く。「トウネンは今年春にシベリアで生まれた幼鳥が、子供たちだけで集団を作って渡って来るんです。夢洲の浅い泥状のところで、ユスリカの幼虫を食べたりしている。でも浅い泥の場所がなくなってしまえば、もう姿を見ることはできない」

世界的な生物多様性の危機に対処するには

「埋め立て途上の夢洲で偶発的に出現した湿地環境を維持することはできない」という大阪市のロジックは、正しいのだろうか。放っておけば干上がるなどの変化を止める難しさは別にして、人間による自然の改変の過程でたまたま生じた状態であり、維持する必要はないという考えがベースにみられる。

だが、高田直俊・大阪市立大学名誉教授(地盤工学)は「南港野鳥園も、東京の大井にある東京港野鳥公園も、埋め立て工事途中の水たまりが起源になっている」と指摘する。

これまで私たちは人間による改変の途中で出現した自然環境をも守り、楽しんできた。「まとまった広さの浅い水たまりがあれば、水生昆虫が発生し、それを目当てにシギ、チドリが飛来する」と高田名誉教授が言うように、湿地の維持や創出は可能なのだ。

さらに、万博協会が行った環境アセス準備書からは「夢洲で鳥の生息地がなくなっても、1km南にある南港野鳥園があるから大丈夫」という考えが見て取れる。また、大阪湾で渡り鳥の中継地となってきた湿地がなくなっても有明海の干潟があるから大丈夫、という説明を聞くこともある。

こうした見方に、日本野鳥の会の葉山政治常務理事は反論する。「南港野鳥園と夢洲の両方を鳥たちは利用していたんですよね。休息場所なり採餌場所として」。葉山さんは、その両方にできるだけ鳥が使える場所を残す、あるいは作るべきと考えている。

また「有明海の干潟でも、豪雨で流木が干潟を覆ったということが起きています。大阪湾で航路を維持するための浚渫土をうまく使えば、干潟のような環境は次から次へと維持できるはず。渡り鳥の生息地を確保していくことが可能ではないか」と葉山さんは指摘する。

万博協会と環境5団体による「検討会」始まる

万博協会は9月28日、環境3団体(日本自然保護協会、日本野鳥の会、世界自然保護基金ジャパン)と地元2団体(大阪自然環境保全協会、日本野鳥の会大阪支部)を招き「検討会」を開催。ウェブ上での会議で非公開だ。特にウォーターワールドエリアでどのように湿地環境の維持・創出をしていくかについて話し合い、後日、議事要旨を公表するという。

一方、環境3団体は利害関係者が参画した協議の場を設け、万博終了後の跡地利用を含め、大阪市、大阪府を含む関係機関と一緒に検討を進めていくよう求めてきた。

万博協会の持続可能性有識者委員会の委員を務める渡邉綱男・IUCN日本委員会会長も「環境団体や専門家を含む多様な利害関係者が公開の場で検討してみなの知恵を集めるべき」と主張してきた。より大きな視点で、大阪湾全体での湿地環境の維持・創出を求めているからだ。

28日にスタートした「検討会」には、大阪市や大阪府は参加していない。この点について聞くと、万博協会の永見靖・持続可能性部長は「大阪市との調整がそこまでには至っていない。環境団体のご意見は市には伝えていきます」と答えた。

大阪自然環境保全協会は10月1日まで岸和田市のきしわだ自然資料館で写真展を開き、夢洲の生きものの姿を伝えている。

会場で夏原由博(よしひろ)会長(名古屋大学名誉教授)はとつとつと語った。「博覧会(万博協会)は、自然環境や生物多様性の重要性を位置づけて、その実例として夢洲の自然をどうするか、しっかり考えるべきだ。大阪市は、万博跡地を民間に売ってリゾートにすると言っているが、いまやヨーロッパやアメリカの人たちは自然の豊かなところでないと足を運ばない。ホテルからシギ、チドリの群れが見えるようにしたほうが、夢洲の価値が上がることに気づいてほしい」。

万博では地球的規模の課題について一週間集中的に議論する「テーマウィーク」が設けられ、そのひとつに「地球の未来と生物多様性ウィーク」がある。万博が大阪湾での湿地環境の維持・創出につながっていくのだろうか。シギ、チドリが飛来する湿地環境が消えてしまえば、一種のブラックジョークとして歴史に残る万博となるだろう。


(河野 博子 : ジャーナリスト)