完全に時代遅れだと感じる慣行のひとつが「社長訓示」です(写真:Ushico/PIXTA)

一部上場企業の社長や企業幹部、政治家など、「トップエリートを対象としたプレゼン・スピーチなどのプライベートコーチング」に携わり、これまでに1000人の話し方を変えてきた岡本純子氏。

たった2時間のコーチングで、「棒読み・棒立ち」のエグゼクティブを、会場を「総立ち」にさせるほどの堂々とした話し手に変える「劇的な話し方の改善ぶり」と実績から「伝説の家庭教師」と呼ばれている。

その岡本氏が、全メソッドを公開し、累計20万部のベストセラーとなっている『世界最高の話し方』『世界最高の雑談力』に続き、待望の新刊『世界最高の伝え方── 人間関係のモヤモヤ、ストレスがいっきに消える!「伝説の家庭教師」が教える「7つの言い換え」の魔法』がついに発売され、発売たちまち大増刷するなど話題を呼んでいる。

コミュニケーション戦略研究家でもある岡本氏が「社長が『訓示』をする会社は即やめろ」について解説する。

いまだに「時代から取り残された企業」が数多くある

「スリッパの法則」をご存じでしょうか。


カリスマ投資家の藤野英人さんが唱えた「スリッパに履きかえる会社に投資しても儲からない」という考え方です。

スリッパは「経営者が会社を家と同じ感覚で見る悪しき家族主義の象徴」であり、ほかにも、「金ピカの高級腕時計をしている社長」「極端に美人の受付嬢のいる会社」も時代から取り残されている可能性があると指摘しました。

「さもありなん」という感じですが、「ほんのささいなこと」から会社の将来性は見えてくるものです。

これまで1000人以上のエグゼクティブの話し方の家庭教師をしてきた私が「これはあかん」と感じる「企業の3大NGコミュニケーション慣習」を紹介しましょう。

まず「完全に時代遅れ」だと感じる1つめの慣行が「社長訓示」です。

「社長の訓示」3つの問題点は?

「訓示」とは、辞書によれば「上位の者が下位の者に、物事をするに当たっての心得を教え示すこと」。つまり、エラい人が下々の者に一方的に「心構え」を言い渡す説教のようなものです。

「訓示」の問題点は次の3つです。

【1】上下関係に基づいた「一方的な言葉の押し付け」である

そもそも、フラットで対等な「対話型」のコミュニケーションが望ましいとされる時代に、「上から目線」で一方的、言いっぱなしの内容を、素直にありがたがって受け取る社員など、ひとりもいません

「お知らせ」「告知・報告」であれば、社内のイントラネットに載せればいい話。もしも「社員の心を動かそう、記憶に残そう」とするのであれば、「訓示」などといった「説教めいた手法」はまったく効かないのです。

【2】脳みそが解けそうなぐらい「中身がつまらない」

「イノベーション」「SDGs」「サステナブル」から「変革」まで、抽象的で心にはいっこうに刺さらない言葉の数々から、「不透明な国際情勢」などの社会情勢解説まで、企業名を置き換えて使い回しているのかというような、紋切り型の内容のものばかり。

1週間前のランチ同様、忘れ去られるのがオチなのです。

【3】話し方が「下手すぎる」うえに「長い」

ただでさえつまらない内容をとうとうと棒読みするのだから、たまりません

「お昼寝タイム」として重宝されるだけで終わるケースがほとんど。その貴重な10分、20分を業務に回したほうがマシです。

外資系企業からある大手日系企業に転職したある男性は、その「訓示」の多さにびっくりしたそうです。

「社内の停滞感を打破したい」というトップの思いや焦りが、効き目のない「訓示」の乱発につながっているのかもしれません。

というわけで、昭和の香りがプンプンと漂い、古く閉塞的な組織のイメージのする「訓示」ですが、いまだ多くの企業、役所が日常的に使っています

特に入社式の「社長訓示」の内容を堂々とプレスリリースする会社も多いのです。

一方で、三菱商事、伊藤忠商事、トヨタ自動車など多くの一流企業は、入社式の「訓示」ではなく「あいさつ」や「メッセージ」と表現しています。

仮にもグローバル企業を標榜するのであれば、「訓示」という言葉の古臭さを認識すべきでしょう。

「人の接着剤」として「雑談の役割」が見直されている

2つめの「NGコミュニケーション慣行」は「雑談・笑顔がない」です。

日本では職場での「雑談=無駄話」と考えられ、仕事を邪魔する存在として忌み嫌われている節がありますが、じつは「雑談」こそが職場活性化の切り札

たとえば雑談には、こんな効能があることが知られています。

見知らぬ人との気楽な会話は気分を上げる
●つながりを感じ、孤独感が和らぐ
●幸福感が上がる
●人に対して共感力を持って接することができるようになる

「偶然の出会いによる会話」は、社員のコラボレーション、創造性、イノベーションを高めることが知られています。人と人との摩擦熱が、組織に火をつけ活性化していくというわけです。

アメリカのラトガーズ大学などによる調査では、「オフィスのおしゃべりのメリットは、デメリットを大きく上回る」という結果でした。

雑談により「社員の気分が上がり、助け合おうという機運が高まる」のだそうです。

とくに昨今のリモートワークの普及により、社員間のつながりの希薄化が進み、「人と人との接着剤」としての雑談の役割が大きく見直されています

にもかかわらず、雑談が奨励されず、社内のコミュニケーションが不活発な企業もまだまだ多いのが実態です。

そういった会社には概して、笑顔の人が少ないもの。野球のセリーグ最下位の球団の監督が「ヘラヘラ笑いながらやっている選手は外すよ」と言い放ったそうですが、時代錯誤も甚だしいといえるでしょう。

3つめが「ポスター・標語」類の濫用です。

あまりに社員の士気が低い日本。職場のモラル高揚に、啓発ポスターを使う企業が多いのですが、べたべたと社内中に貼ってある企業は要注意です。

最近、ネットで「若手社員が独断で社内の啓発ポスターをすべて破り捨てたら、内定辞退者が激減したらしい」という話が話題になっていました。

「報連相を徹底しよう」「エレベーターを使わず、階段を使え」「3ない言葉は禁止」「明るい笑顔」「元気な挨拶」「整理・整頓・清掃」「感謝をしよう」などといった内容のポスター、みなさんの職場にもないでしょうか。もう、見慣れているという人も少なくないかもしれません。

もちろん、すべてのポスターがダメというわけではありません。貴重な情報が書いてある、誰もが知りたい情報が書いてある、行動を喚起するような内容であるといった場合には、その意義はあるでしょう。

しかし問題は、対話の努力を棚に上げ、「とりあえず、貼っておけば、見てくれるだろう、やってくれるだろう」という経営陣の甘い考え方が透けて見えることです。

幼稚園児でもあるまいし、「正しい挨拶」の仕方を箸の上げ下ろしを指図するように説くマナーポスター。その道徳観の押し付けに、あやしい宗教か共産主義の国のスローガンのような気持ち悪さを感じてしまいます。

「こうしたポスターがある企業はブラック企業であることが多く、今すぐ転職したほうがいい」と説くサイトもありました。

そうした会社ほど、「問題は社員にある」ととらえ、社員をポスターで洗脳しようという姿勢が見えるから、ということのようです。

「伝え方の常識」のアップデートが求められている

以上の「3つのコミュニケーション慣行」は本当に何気ないもので、多くの企業でまったく違和感を持たずに受け入れられているものですが、突き詰めると、「きわめて昭和的」

あらゆるものが秒速で変わっていく令和の今、この国の隅々で「伝え方」の常識のアップデートが求められているのです。

(岡本 純子 : コミュニケーション戦略研究家・コミュ力伝道師)