いざ聞かれてみるとはっきり答えられないような身近な疑問の数々に、東京大学の教授陣が「大真面目に」「学問の視点から」挑みました(写真:mits/PIXTA)

「どうして疲れると眠くなるの?」「どうして楽しい時間はあっという間に過ぎるの?」「現代アートはなぜあんなに難しいの?」

なんとなく知った気でいるけど、いざ聞かれてみるとはっきり答えられないような身近な疑問の数々。そんな疑問に、東京大学の教授陣が「大真面目に」「学問の視点から」挑んだのが『素朴な疑問VS東大 「なぜ?」から始まる学術入門』です。

本稿では、そんな同書から一部を抜粋、再構成してお届けします。

寝息のパターンを探って眠気の正体に迫る

夜になると自然に眠たくなってきます。運動したり頑張って働いた日にはいつもより眠たくなる気がします。そもそも眠気とは何なのでしょうか。なぜ眠たくなるのでしょうか。 

―回答者(上田泰己/東京大学大学院医学系研究科教授)

この疑問に関して以前から知られていたのは体内時計(概日時計)の存在です。

体内の1つひとつの細胞に時間周期で時を刻む分子があります。脳の視床下部にある視交叉上核という神経細胞がそれらと連携して時刻合わせをすることで正確な時を刻み、地球の自転周期に基づいて眠くなるという仕組み自体はかなり解明されてきたのですが、一方で眠気というものの正体はよくわかっていませんでした。昼によく働いて疲れると夜に眠くなりますが、その疲れとは何を意味するのか。眠気はどのようにたまるのか。

動物の睡眠を測定するのはなかなか難しく、従来は脳外科のような手術をしないといけませんでしたが、私たちは寝息のパターンを使って動物を傷つけずに測定する技術を2016年に編み出しました。マウスの呼吸パターンを指標に睡眠時間を測るSSS法です。

この技術は遺伝子改変したマウスの睡眠に起こる変化を確かめるうえで非常に有効で、それほど操作に慣れていない人でも睡眠を解析できるようになり、研究が進んだのです。私たちが開発して磨いてきた脳や全身を透明化するCUBIC(透明にした脳や全身の顕微鏡による観察と、画像解析を組み合わせた全臓器・全身全細胞を解析するための技術)という技術も役立ちました。

そうして見えてきたのは、眠気の正体はカルシウムだということでした。

眠気の正体はカルシウムだった!

体内の細胞の隙間にカルシウムが存在します。神経細胞が興奮すると細胞の外から細胞内にカルシウムが入ります。カルシウムが入るとCaMKIIというリン酸化酵素が働いてそれを数えます。これが眠気の正体ではないかと予測し、21種類の異なる遺伝子改変を施したマウスで検証したところ、やはりカルシウムイオンによって調整されるメカニズムが睡眠時間を制御していました。眠りに入るには神経細胞にカルシウムイオンが流入する必要があり、覚醒するにはカルシウムイオンが神経細胞から流出する必要があったのです。

従来はカルシウムが神経を興奮させると思われていましたが、実際にはカルシウムがブレーキとなり、神経の興奮がさめて眠気のもととなっていました。昼に何かを学んだりすることで興奮した神経細胞がカルシウムを取り込むことで夜によく眠れるのです。

人の睡眠の研究を始めたのは、特定健康診査に睡眠測定を入れたいと思ったからです。睡眠を定期的に測ることで脳の状態を把握し、病気の予兆を早めにとらえる仕組みを作りたかったのです。

睡眠状況が悪くなった人には薬や医療機器がありますが、未病の時点で悪化を防ぐという面が睡眠医療では弱い。そこをなんとかしたいと思って技術を磨き2020年8月に睡眠健診の社会実装を目指すベンチャーを立ち上げ、同年10月には睡眠健診運動を始めました。日本の国民皆保険制度の特徴を活かして睡眠健診を広げる運動です。検便や検尿のように、事前に装置を渡して健診日に提出する形で、1週間ほど装置を腕につけて過ごすだけで脳の状態を確認できます。

日本人の睡眠の質の低さがよく取り沙汰されます。そこが可視化されると、睡眠は基本的人権の1つだという認識が強まり、その質の確保が国や雇用主の責務となるでしょう。

最近の研究により、睡眠は単なる休養ではないとわかってきました。睡眠をとることで記憶を担う神経細胞同士のつながりが強くなるようです。睡眠は人を人たらしめる脳の活動を支える重要なプロセスです。睡眠検診の重要さは増していくと思います。

どうして歳を取るとボケるの?

人の名前が思い出せなかったり、同じことを何度も言ったりといった症状が現れる認知症。脳の中で何が起こっているのでしょうか?

―回答者(富田泰輔/東京大学大学院薬学系研究科教授)

認知症で一番問題なのは、記憶したり、考えたり、判断したりといった認知機能が低下することです。脳では神経細胞同士がコミュニケーションを取ることによって、記憶ができたり、感情が生まれたりしていますが、認知症の過半数を占めるアルツハイマー病の患者さんの脳を見ると、多くの神経細胞が死んでしまっています。

そのメカニズムを理解するための研究が、100年以上前から行われてきました。

タンパク質の分析技術や遺伝子の解析の進歩などによりわかってきたのは、老人斑と神経原線維変化と呼ばれる「ゴミ」が脳内にたまり、それが神経細胞死を引き起こしているということです。老人斑はアミロイドβ、神経原線維変化はタウというタンパク質からできています。実は両方のタンパク質は、脳ができたときから脳内にあります。すべてのタンパク質は、作られては壊されるというプロセスをつねに繰り返していますが、とくにアミロイドβについては、歳を取ると代謝が下がり、脳内に蓄積しやすくなります。

今考えられているのは、このアミロイドβが蓄積し、その状態が長時間続くと何かしらのストレスがかかりタウがたまる。それが最終的に神経細胞死を引き起こすということです。

脳に光を照射しゴミを分解

アルツハイマー病に対する根本的治療法は、まだ確立されていません。神経細胞は死んでしまうとほとんど復活できないというのが脳の病気の難しいところ。近年では発症前の治療法として、脳内に蓄積したタンパク質を除去するための研究が、さまざまな研究機関や製薬企業で行われています。


最近、アミロイドβに対する抗体医薬が承認され、期待されています。私の研究室が金井求教授の研究室と共同で取り組んでいるのが、光認知症療法です。光を当てると活性化してアミロイドβが分解されやすくなる薬(光酸素化触媒)を投与しておき、脳に光を照射するという方法です。

薬剤の問題の1つに副作用がありますが、この治療では光を当てたところだけ活性化するため、薬が全身に巡っても悪さをしません。

今後数年以内に治験を開始できればと思っています。

認知機能低下のリスクを下げるために日常生活でできることは、頭を使いながらの運動と健康的な食生活です。ありきたりですが、確実に一定のリスクを下げることがわかっています。最近では睡眠との関係も注目されていて、マウスの実験では、睡眠中に脳からゴミが除去されていることがわかってきました。


(出所:『素朴な疑問VS東大 「なぜ?」から始まる学術入門』)

いま私が注目しているのは、アミロイドβが蓄積するとなぜタウがたまるのかということです。アミロイドβ蓄積➡タウ蓄積➡神経細胞死というプロセスは全部で10年から20年ほどかかりますが、それぞれの間で何が起こっているのかはまだわかっていません。また、アミロイドβやタウが脳内に蓄積していても、神経細胞が死んでいない人もいます。そこをきちんと解明したい。そのときの脳の変化や体の変化を調べることができれば、アルツハイマー病の診断にも治療にもつながると思っています。

(東京大学広報室 : 広報室)