貧困国支援というイメージが強かったフェアトレードだが、気候変動対策や、農産物の安定した供給の手立てとして捉える動きが出始めている(写真:筆者撮影)

各国で起きる山火事や洪水。気象庁もこの夏の酷暑について、「圧倒的な高温で異常気象だと言える」と先日の会見でコメント、日本にも確実に気候変動の影響が出始めている。

こうした中、変化しつつあるのが「フェアトレード運動」への視線だ。フェアトレードとは、公平な貿易を促す運動のこと。開発途上国の原料や製品を適正な価格で継続購入することで、立場の弱い開発途上国の生産者や労働者の生活の改善と自立を目指すというもの。

貧しい国の人を助けるというイメージが強かったが、気候変動対策や、農産物の安定した供給の手立てとして捉える動きが出始めているのだ。

各国で始まった人権デューデリジェンスにまつわる法律の策定を受けて、フェアトレード認証に注目する企業も出始めた。

フェアトレード商品にも地球温暖化の影響が

ところが、そのフェアトレード商品自体が今、地球温暖化の波にさらされている。

たとえば、中南米のバナナ。中南米のフェアトレード生産者団体の代表団によると、今年3月と4月の豪雨によって、ペルーのバナナ農園では木が水に浸るなど大きな打撃を受けたという。

「バナナを育てるには根を張る土壌と日光が大事です。バナナは雨量に敏感に反応します。洪水の影響は甚大で、非常に厳しい状況です」(生産者団体)


洪水により一面水で覆われたペルーのバナナ農園(写真:フェアトレードラベルジャパン)

国際的なフェアトレード認証組織のひとつ、国際フェアトレード認証ラベルの報告によると、バナナは産品別に見たフェアトレード農家、労働者の数では全体の2%たらずだが、総生産量としては1位。フェアトレード商品の主力と言っていいほどだ。

フェアトレード総生産量2位のコーヒーも中南米で多く生産されているが、こちらも地球温暖化の影響が危惧されている。

美味しいコーヒーの代表格として世界中で愛飲されているのはアラビカ種。その生産地も温暖化の影響を強く受けており、2050年までに栽培できる農地は現在の50%にまで減少するとの予測が出ている。産地が減れば当然、豆の収穫量も減少するし、味の品質も保たれなくなる可能性があるという。

「日本は(フェアトレードコーヒーの)取引量としてはイギリスやアメリカに比べてかなり下回ります。しかし、日本は上質な豆を多く買ってくれています。日本に買ってもらうためには上質な豆を育てるようにと農家に伝えているところです」(同団体コーヒー担当Joao Mattos氏)

価格競争の中で生産国に出るひずみ

そもそもフェアトレードを知らないという人も多い日本。最近はフェアトレードが小学校の教科書に載るようになり、子どもから聞いて初めて知ったという大人もいる。

フェアトレードは、第二次世界大戦後にアメリカのNGO団体がプエルトリコの女性の生活を支援するため、彼女たちが作った手工芸品を自国で販売したのがきっかけだという説がある。その後、開発途上国の経済的自立を支える運動へと発展していく。

開発途上国の農産物の大きな取引先として、力を持っていたのが先進国だ。例えばコーヒーの場合、価格はニューヨークなどの先物取引市場で決まる。開発途上国の多い中南米でコーヒーを栽培する農園は小規模農園が多いため、自分たちだけで市場に参入することは難しい。中間業者を頼らなければグローバル市場への展開ができないのが現状だ。だが、投機の影響も受けるため、コーヒー豆は価格の高騰や急落が激しい。そのしわ寄せを農園が受ける形になっていた。

豆を安値で買いたたかれた農園では、安く大量に生産するため、安価な農薬を使わざるをえなくなるという事態もおきた。だがこの選択が農地を荒らすことにつながる。また、土壌だけでなく、そこで働く人々の健康にも影響を及ぼしてしまう。

欧米を中心に各地でフェアトレード運動が起こる中、1997年に設立されたのが国際フェアトレードラベル機構(Fairtrade International)だ。この組織は、国際的に最も知名度を誇るフェアトレード認証ラベルの一つを作り上げた。

安心で安全な商品であることを伝える認証ラベル

フェアトレード運動では、小規模農園を束ねた組合組織を作り、直接市場とつながり交渉する力をつける手助けをしている。また、生産者の生活を守るため、取引の際の「最低価格」を設定、市場の暴落にかかわらず、生産者が安定した金額を手に入れられるよう働きかけを行っていた。同機構はこうした公平な取引によりできあがった商品、農産物であることを示す認証ラベルをつける取り組みを始めた。

同機構では、経済的基準、社会的基準、環境的基準といった3つの「公平性」を軸に、以下5つの項目を設けている。

1.生産者への適正な価格と長期的な取引

2.生産者の社会的・経済的な発展

3.生産物の品質と技術の向上

4.生産者の労働環境と労働条件(強制労働と児童労働の禁止など)

5.生産地の環境保全(農薬使用、水質、森林、土壌の保全、廃棄物の扱いに関し、国際規約を遵守)

審査は厳格で、基本的には対面による監査によってライセンスの発行を行っている。生産者向けの認証や、輸入業者向け認証など、認証カテゴリーが分かれるが、いずれの場合も基準を元にした無数のチェック項目をクリアしなければならない。

また、一度審査を受けたら終わりではない。認証を受け続けるには、定期的な監査を受けなければならない。こうして発行される認証ラベルは、人と地球に公平であることを示すラベルとなり、消費者に安心で安全な商品であることを伝える役割を果たすようになっていく。


日本で手に入る認証ラベル商品の数々。飲食物以外にもサッカーボールなどもある(写真:筆者撮影)

小売り大手のイオンなどでも取り扱いが始まったフェアトレードラベル認証商品。イオンでは包材やサプライチェーンの短縮により、一般商品と同等の値段を実現したが、まだまだ、一般的な商品と比べて割高な店も多い。これは、フェアトレード・プレミアムと呼ばれる金額が含まれているからだという。フェアトレード・プレミアムは、生産者の生活を支える活動や、農園の技術向上、教育活動支援などに使われている。近年はこれまでの支援に加えて生産者に対し、地球温暖化対策に関する知識と技術の教育も行うようになった。

一見高く見える商品だが、コーヒーの場合、プレミアムの金額を1杯に換算するとわずか0.6円程度。温暖化が進み、土壌改良などが必要な中、コーヒーを飲み続けるための研究や、生産者の生活支援に使われる金額と考えればそれほど高い金額でもない。


フェアトレード・プレミアムを使い現地で行っている、環境に配慮して農作物を作る方法を伝える講座(写真:筆者撮影)

フェアトレードという気候変動対策

日々進む温暖化について、中南米の生産農家としてはやるせない気持ちもあるようだ。温暖化にブレーキをかける施策として、各国が取り組む脱炭素。CO2排出国ランキングには先進国がズラリと並ぶ。だが今、温暖化の影響を最も受けているのは貧困国の農家の人々だ。フェアトレード・ラベル・ジャパンの潮崎真惟子事務局長はこう話す。

「日本の場合、気候変動の対策として、炭素を出さない脱炭素化にむけた動きは活発になりはじめていますが、すでに生産国で起きてしまった災害にどう対応するかにも目を向ける必要があります」


総務省統計局「世界の統計2023」を元に外務省が作成

こうした中、中南米を「気候変動課題先進国」と捉える動きもあるという。代表団によると、すでにイギリスの企業がフェアトレード農園に対して投資を開始しているという。彼らの目的は気候変動に強い土壌作りにある。雨に強い土壌を作るため、フェアトレード農園でバイオ技術についての共同研究が始まっている。

農産物を売る小売り企業の場合、売る農産物がなければ商売はなりたたない。代表団の一人は、フェアトレード活動に対する資金提供は貧困国救済というよりも、自分たちの売る商品を守るための先行投資ととらえる動きが出てきたと語る。

フェアトレード商品を買うことは、自分たちの食料を守ることにつながるという考えが広く認知されはじめたからか、イギリスではフェアトレード商品の売り上げも伸びている。

国際フェアトレード機構の調べでは、イギリスにおけるフェアトレード認証製品の推計市場規模は約3000億円と世界トップ。一方で日本はというと、2020年から2021年にかけて推計市場規模が20%増加したとはいえ金額は157.8億円と、かなりの差がある。

国際社会に押し寄せるビジネスと人権にまつわる法規制

先進国でフェアトレード市場が伸びているのには各国で広まるビジネスと人権に対する法整備の動きも関係している。欧州を中心にして進められている「ビジネスと人権に関する指導原則」をきっかけに、各国では企業の人権に対する責任を求める法律が制定されはじめた。

イギリスはすでに2015年から年間売り上げ3600万ポンド以上の営利団体や企業に対して、奴隷労働や人身取引が確実にないことを毎年声明として公表することを義務づけていた。2017年にはフランスで親会社が海外子会社やサプライチェーン上で及ぼす人権・環境に対する悪影響がおこらないよう計画書の作成・実施、有効性評価を行い、それを開示するよう義務づける法律ができた。

その後も各国で人権と環境を守るための法案が成立、今年1月にはドイツでサプライチェーンデューデリジェンス法が始まり、従業員数が一定規模以上の企業の場合、間接的な取引先を含めて、自社のサプライチェーンに関わる国内外すべての企業が人権や環境リスクにさらされないようにする報告書を作成、公表することが義務化された。

また、EUでは人権や環境への悪影響を予防、是正する義務を果たすよう指令案を発表、違反した場合、売り上げに応じた罰金や、民事責任、リスク製品の輸入禁止など、厳しいペナルティが導入される見通しだ。人権や環境に配慮した経済活動を促す法律の基準はフェアトレードラベル認定基準と見事に合致する。欧米の企業の中にはこの意味でフェアトレード認証を取得した原材料を使おうという動きも見られるようだ。

人権や環境に配慮することが求められる法案が国際社会で一般化する中、日本企業がこれを無視すれば、製品を輸出することも難しくなるだろう。日本も昨年9月に人権尊重のためのガイドラインを発表したが、発表から1年が経とうとする今でもどう対応したらいいかわからないという企業も多いのが現状だ。潮崎事務局長によれば、国連が行ったSDGsに関する調査でも、日本は環境に対しての関心は高まりつつあるが、人権に対する関心が世界と比べて非常に低いという。

「国際社会が人権や環境に関する法案を制定する中、日本ももう少し関心を高めていく必要があると思います」(潮崎事務局長)

物価上昇の折、少しでも安い商品を買いたいと思う消費者としては懐の痛むところだが、農地を守れなければ食料が得られなくなるのも本当だ。日本でフェアトレードラベル認証団体フェアトレード・ラベル・ジャパンができて30年。世界と比べて伸び悩む国内のフェアトレード商品普及だが、国際社会の人権・環境デューデリジェンスの流れの中で、市場拡大に向かう可能性はある。

気軽に美味しいコーヒーを飲み、バナナを食べる日常を守るためにも、私たち消費者も、地球を守るためのアクションの後押しを、購買活動を通して推進していく必要がありそうだ。

(宮本 さおり : フリーランス記者)