「サポーターの暴力」欧州の現状 イタリア人記者は「大規模な事件が減少した代わりに人種差別が激しさを増している」
浦和レッズの熱狂的なファンが集まる埼玉スタジアムのゴール裏 photo by Yamazoe Toshio
【クラブが無力な理由】
イギリス政府はその後、スタジアムに入場する前に身分証明書を提示することを義務づけ、最も危険なグループを追跡するためにロンドン警視庁に特別チームを設置した。いくつかのスタジアムでは、最も暴力的なグループを投獄するための独房まで作られた。
それではクラブチームはこうした暴力的なサポーターに対し何をしているのか。ほとんどなんの手出しもできない、というのが現状だ。それどころか、実はクラブがウルトラスのグループから脅迫されているケースさえある。
その仕組みは単純だ。ウルトラスがスタジアム内で暴れない見返りとして、彼らはチームから無料チケットやシーズンチケット、そして多くの場合は資金援助さえ強請(ねだ)るのだ。というのも――ここがポイントなのだが?-原則としてスタジアム内で起こることすべてはクラブが責任を負うことになっている。つまりサポーターに課せられた罰則や、それによる失格処分などで痛い目を見るのはクラブ自身だからだ。
この時点で、クラブは組織化されたサポーターを押さえつける力を失っている。何人かの勇気あるクラブ会長は、サポーターたちの脅しに屈しない態度をとってきたが、彼らには殺害予告が送りつけられ、何年も護衛をつけて歩き回らなければならない始末だった。
サポーターの暴力という現象は、クラブチームだけでなく、代表チームにもあてはまる。たとえば今年の3月、イタリア代表対イングランド代表の親善試合がナポリで行なわれる予定だったが、中止となった。前のりしたイングランドのサポーター2500人以上がナポリの街中で騒ぎ、主催者には「試合を中止にするように」との脅迫が60以上も届いたため、危険と判断されたからだ。
ただ、イタリアではここ最近、何十人ものサポーターを巻き込んでの暴力事件は以前ほど見なくなった。これは警察などの努力にもよる。彼らは、どことどこのサポーターが激しく対立しているかを分析し、こうしたグループが接触するのを避ける戦略をとっている。たとえば、特に危険とされるアウェーの試合がある場合、アウェー側のサポーターは可能な限りバスや列車などを使って集団で移動させ、スタジアムに入るまで警察がずっと彼らを「マーク」し続けるのだ。これで地元のサポーターによる待ち伏せを避けることもできる。
【激しさを増す人種差別】
だが、残念ながらこれで完全に暴力事件がなくなったとは言えないだろう。今はあくまで平穏な時期が多少続いているだけで、火は消えたのではなく、灰の下でくすぶっているだけだ。
暴力への解決策は、付け焼き刃ではどうにもならない。未来のサポーターを幼い頃から教育し、スポーツマンシップと対戦相手への敬意という健全な原則を教え込まなければ根本的な解決はできないだろう。それでもなお、残念ながら、あらゆる暴力をサッカーから排除するのは難しいのではないかと筆者は思っている。なぜなら、こうした教えが行き届いている日本でさえ事件が起こるからだ。結局のところスタジアムの内外を問わず、サポーターたちは自分のなかにある怒りを爆発させるための口実を探しているのだ。
イタリアでは大規模大な暴力事件は少なくなってきた代わりに、こうした怒りのはけ口は別な形をとりつつある。肌の黒い選手を侮辱したり、激しくブーイングを浴びせたりすること、つまり「人種差別」だ。差別的チャントは、もともと存在していたが、最近ではピッチ外の移民問題もあり、激しさを増してきている。こうした行為に対してはスタジアム出禁や個人的な「D.A.SPO(接近禁止命令)」が課せられるが、今のところほとんど焼け石に水だ。これが現在のイタリアサッカーの真の文化的問題なのである。
サポーターの暴力行為に対し、JFAは強硬手段に出たが、それが功を奏することを願ってやまない。日本はまだイタリアのような、危機的な状況にはないのだから。