神宮球場「ビールの売り子」に密着取材 重要なのはコミュニケーション能力、シフトに入るための「レギュラー争い」も?
「ビールの売り子」に密着取材@神宮球場 前編(全2回)
暦の上では秋を迎えているというのに、まだまだ暑い日が続いている。それだけに、野球を観ながらの一杯は格別なのだろう。
「球場で飲むビールは最高です! 一番うまい!」
神宮球場の内野上段でグループ観戦していた中年の男性がビールを飲むペースは早く、試合はまだ序盤の2イニング目だというのに、すでにカップを3杯分も空にしていた。
試合開始前からスタンドに入ってビール販売をスタート
8月半ばのこの日、東京ヤクルトスワローズが迎えるのは横浜DeNAベイスターズ。夏休みも終盤に差し掛かり、チケットはソールドアウトとなっていた。満員の観客に対応するべく、この日は160人の売り子がビールを注いで回っていた。
「今日はお子さまを対象にしたイベントがあり、夏休みということもあって、多くの子どもたちが来場されています。当然、アイスやソフトドリンクは売れるんですけど、ビールはあまり売れないんですよね」
明治神宮野球場販売部の安留大貴さんがこう話すのが、にわかには信じられないほどだ。これでも少ないほうなのであれば、売り上げが多い日はどれほど忙しいのだろうか。おそらくバックヤードは想像を絶するほどの慌ただしさで戦場と化しているのではないだろうか......。
明治神宮野球場販売部の安留大貴さん
【採用はコミュニケーション力を重視】
球場でビールを売り歩く売り子といえば、たびたびメディアでも取り上げられており、大学生を中心に人気のアルバイトだ。その彼女たち売り子を統括するのが安留さんだ。
販売前には、当日の注意点などを確認するミーティングが行なわれる
安留さんは、明治神宮野球場販売部の職員。安留さんもまた大学4年間、神宮球場でアルバイトをした経験があり、卒業後に明治神宮外苑に就職した。売り子の統括の他に、ビールや弁当、神宮球場名物の唐揚げ「じんカラ」などの仕入れを行なっている。
「ロスにならないように仕入れをしないといけません。ビールは冷蔵庫に入れておくことができますが、6連戦ということで仕入れすぎちゃって、冷蔵庫がパンパンで入りきりません。なので、たくさん売ってほしいところです(笑)」
午後6時のプレイボールに向け続々と売り子たちがスタンドへ
ビールの基地は、神宮球場の場合、内野は三塁側と一塁側に1カ所ずつ、外野はライト側に1カ所の合計3カ所ある。売り子はそれぞれ配置が決まっており、内野と外野の行き来はできない。
売り子の全体の統括は安留さんが行なっているが、現場指揮や採用面接は今年から別会社に委託するようになった。
売り子の募集は、プロ野球が開幕する前の2月から3月にかけて行なわれ、面接を経て晴れて採用となる。
「よく『顔採用なんでしょ』なんて聞かれるんですけど、決してそういうわけではないんです。自信を持って楽しそうに売っていれば、みんな、いい顔になっていくんですよね」
こう話すのは、三塁側のバックヤードを仕切る木崎憲史さん(株式会社ウエストスクエア)。観客とじかに接する仕事ゆえ、面接ではコミュニケーション能力を重要視しているという。
また、長く続けられるか、高い頻度で働けるかという点も大事で、新規採用されるのは大学1、2年生が多い。
スタンド各所で売り子たちのスマイルが輝いていた
ちなみに、他球場でも売り子をしている人もいれば、大学卒業後もフリーターや他の仕事と掛け持ちしながら売り子を続けている人もおり、なかには20年以上も神宮球場で売り子を続けている女性もいるという。
「日中はOLをして、仕事が終わってから売り子をしている方もいますよ。ジムに通うような感覚なのかもしれません」(安留さん)
ただし、面接に合格したからといって、必ずしも希望どおりに働けるわけではない。日によって働ける人数が決まっているのに対して、売り子のアルバイトの登録数は400人もいるからだ。この日は160人が出勤していたが、ビール半額デーなどのイベントがある日は190人まで増員するそうだ。
男性スタッフのすばやい樽交換で販売時間を確保する
「売り上げはもちろん、しっかり頑張っているかどうか、そういった点をしっかり精査して、シフトを組んでいます。結果を出せるかどうか、ちょっと厳しい世界です。新人研修の時に言っているのですが、"レギュラー争い"のようなものです」
木崎さんが言うように厳しい争いに勝ってこそ、希望どおりに現場に出られるというわけだ。さながら支配下登録を目指す育成契約選手のようだ。
神宮球場では、キリンビール(ハイネケンを含む)、アサヒビール、サッポロビール(エビスを含む)の3社の生ビールおよび、サワーやハイボールの売り子がいる。ちなみにコカ・コーラとサーティワンの売り子は、それぞれの会社で採用を行なっている。
木崎さんがシフトを組む際には「どこのユニフォームが似合うかも考えなければならない」のだそうだ。たしかに蛍光イエローのキリンビールのユニフォームと、アサヒビールのピンクのユニフォームとではあまりにも違う。似合うかどうかの差は大きいかもしれない。
カラフルなユニフォームはスタンド内で見つけやすい
気になる給料形態は歩合制だ。つまり、ビールを売れば売るほど、売り子の収入は増える仕組みだ。ビール1杯につきインセンティブがいくら支払われるかなど詳細は企業秘密だが、安留さんによれば「多い人だと1日で2万円ぐらい稼いでいる」という。
ただ、ノルマは設けておらず、基本給は保証されている。その点はご安心あれ。
後編<一日700杯も!? 神宮球場・人気「ビールの売り子」の販売術「お客さんとアイコンタクト」「常連さんの前は20分おき」>を読む