「やっと始まるなという思いです」

 5年間、待ち続けた舞台に女子野球界のレジェンドが戻ってくる。


女子野球ワールドカップ6大会連続出場となる里綾実

【女子野球を取り巻く環境の変化】

 9月13日から広島でグループステージBが始まる第9回WBSC女子野球ワールドカップ──もともとは隔年で行なわれており、本来なら前回の2018年大会から2年後の2020年に第9回大会が行なわれるはずだった。

 だが、世界中に広がった新型コロナウイルスの影響もあり、開催が一向に決まらず。それが今年になってようやく2023年にグループステージ(A組は8月8日〜13日にカナダ・サンダーベイ/B組は9月13日〜18日に広島)を行ない、2024年に世界一をかけたファイナルステージがカナダ・サンダーベイで開催されることが決まった。

 前回大会で3大会連続となるMVPを獲得した投手の里綾実(さと・あやみ)は、すぐに次の大会に照準を絞っていたが、5年の月日が流れ、その間、周囲の環境は大きく変化した。

 女子野球全体で見ると、里も所属していた日本女子プロ野球機構が無期限の活動休止となった。一方で阪神と巨人の球団組織内に女子チームができ、高校野球の決勝が春は東京ドーム、夏は甲子園で行われるようになるなど、ポジティブな要素も多い。

 現在はクラブチームの西武ライオンズ・レディースでプレーする里は、プロ野球時代のありがたみを今あらためて感じることは多いという。

「プロと付くことで女子野球のことをあまり知らない人でも食いついてもらうことがありました。また毎試合ネット配信があって、ピリピリとした中で結果を求めていたなと思います」

 里を取り巻く環境は大きく変わったが、モチベーションが下がることはなかった。前回大会時は28歳だった年齢は33歳になったが、「ワールドカップ7連覇」と「その決勝の先発マウンドに立つ」という目標は変わらずに、今もそれを実現する一心で日々のトレーニングに励んでいる。

 歳を重ねることでパフォーマンスが落ちるどころか、経験を生かし、さらなる高みを目指している。

「トレーニングも走り込みもできていますし、コントロールの精度や配球は経験を生かしてもっと詰めることができると思うので、がむしゃらに力任せではなく、冷静にできたらいいなと取り組んでいます」

【女子野球を当たり前の文化に】

 そして里は、女子野球を未来へと受け継いでいくため、その思いを行動に移している。『一般社団法人 野球はみんなのスポーツ』を立ち上げ、女子野球の普及活動に努めるとともに、所属するチームでも日本代表でも投手陣最年長となったことで、「思いの継承」を大切にしている。

「何もないところから切り拓いてきた先輩たちの思いを、次の世代に伝えていきたいと思っています。そうした先輩たちがいたからこそ、私たちが今、当たり前にできている大会などがあるので......」

 5月下旬から6月上旬にかけて香港で行なわれたアジアカップでは、多くの海外選手からサインや写真撮影を頼まれ、気さくに応じた。また宿舎では、同部屋となった21歳の小野寺佳奈(巨人)に惜しげもなく自身の経験などを伝えた。

 8月に行なわれた第18回全日本女子野球硬式クラブ野球選手権決勝では、小野寺が西武の里に投げ勝ち、完封勝利で巨人の初出場・初優勝に貢献。「次世代のエース候補」として、今回のワールドカップでも活躍が期待されている。

 なにより今回は、2014年の第6回大会(宮崎)以来となる日本開催とあって、女子野球の魅力を発信するためには、この上ない舞台である。里は今大会の意義について、次のように語る。

「"女子野球を当たり前の文化に"という女子野球界が掲げるスローガンのために、ただ勝つだけではなく、女子野球を知ってもらうことはもちろん、元気や感動、憧れを与えられるプレーをしたいです」

 5年という長い年月が経ちながらも、変わらないどころか、むしろ上がり続ける向上心と女子野球界の発展への思いを胸に、里綾実は懸命に腕を振る。